第28話
「ひゃあああ!」
理恵子は思わず叫んだ。エレベーターの天井パネルの隙間から怪物が顔を出したからだ。
「せ、先生は?」
「ぐふふふ。死んだよ。壁にめり込んでぺちゃんこになってな」
半分髭に覆われた厳つい顔が、サディスティックにゆがむ。
ライは両手を天井の上にかけ、大きな体を引きずり上げる。ただでさえ不安定な籠の上がゆさゆさと揺れた。
「さあて、下は下で片が付いただろうし、こっちもけりを付けるかな」
ライはエレベーターの籠の上に立つと、その大きな手をゆっくりと理恵子の方に向ける。
「あわわわ。やめて、殺さないでくださいぃい」
理恵子は絶望しつつ、命乞いした。
だがライは真っ白い歯を見せながら、そのグローブのような両手を理恵子の首にかける。
その瞬間、堅いものがぶつかり合う音が鳴り響いた。
一瞬遅れて、怪物の叫び声。理恵子はなにが起こったのか理解するのに数秒を要した。
「伊集院さん」
「待たせたな。もう心配するな」
目の前には木刀を持った伊集院の姿がある。木刀には血痕が付き、ライの額は真っ赤に染まっていた。
「な、なんで、……ここが?」
力なく聞いたライのみぞおちに、伊集院は木刀の切っ先をたたき込む。
「必死で追ってきたんだよ。姫華様たちをな。見失ってこのあたりを探し回っているとスマホに連絡が入った」
「ここに出たら電波がつながるようになったんですよ」
そう、地下にいるときは通じなかった電話が、エレベーターの上に出ることで通じるようになった。理恵子は速攻で伊集院と警察に連絡を入れた。下では戦いに夢中で理恵子がスマホを使ったのがわからなかったらしい。
上を見ると一階のエレベータードアが開いている。伊集院はそこをこじ開け、ちょうど窮地に陥っている理恵子を見て、飛び込んできたってわけだ。
「そうかい?」
ライは腹に突き込まれた木刀を両手で掴むとぞうきんのように絞った。めきめきと音を立て木刀が砕けていく。
「ば、化け物め」
伊集院に驚愕の表情が浮かぶ。
木刀で頭を割られ、みぞおちを突かれたのに倒れることもなく、反撃してくる不死身ぶり。まさに怪物にふさわしい男だ。
「うひゃあああ」
ライは木刀をばらばらにすると、顔面から真っ赤な血を滴らせながら両手を振り上げる。
「動くな、そこまでだ」
斜め上から声が聞こえた。一階の開口部から若い大男と小さな年寄りの刑事ふたり組が拳銃をライに向けている。
「うおおおおお」
ライは獣のような咆哮を上げると、刑事が拳銃を構えている一階のホールめがけて跳んだ。着地するや否や、ふたりの刑事を突き飛ばし逃走する。
「逃げれると思うなよ。完全に包囲されてるぞ」
上の方で刑事の叫び声が聞こえる。
とりあえずこれで殺される危険は去った。
「そ、そうだ。先生は?」
理恵子は天井の穴から下を覗く。たしかに葉桜は壁にめり込んでいた。
「はぁ~い。なんか終わったみたいね」
葉桜はかろうじて笑みを浮かべつつ、手を振った。
あまり元気そうではないが、とりあえず死ぬ心配はなさそうだ。
「姫華様はこの下か?」
伊集院が怒鳴る。
「はい、でも電源が切られて動きません」
「ふん、ならばそこに開いた穴から入るか」
伊集院はエレベーターの屋根から床に降り立った。理恵子もそれに習う。
もっとも床に開けられた大穴から下を覗く限り、ここから降りるのは無理っぽい。伊集院はなんとか降りられないかどうか思案しているようだが、彼とてべつに忍者でもクライマーでもない。なぜそんなことができるのかはわからないが、ここから登ってきた葉桜とは違うのだ。
「理恵子、なんとかしろ。姫華様を助けるんだ」
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