第21話

「ところで、おまえたちなんでここにいる?」

 一通りの電話の手配を追えたらしい吉田が、瓢一郎を問いつめる。

「なんでって……、今はそんなことをいってる場合じゃなくってよ」

「いや、言葉を変えよう。なんで陽子が襲われることがわかった?」

 吉田はヨーダそっくりの目で、見透かすように瓢一郎の目を覗き込んだ。

「わかったわけじゃありませんわ。なんとなく、いやな予感がしただけ」

「ほう? それを信じろっていうのか? そもそもおまえたちは何者なんだ? さっきの動きはほとんど忍者だったぜ。ただの女教師と、ほんの一週間前に胸を撃たれたばかりの小娘にできる動きじゃないな」

 面倒なことになったと思った。一刻も早く陽子を探さないといけないのに、下手をすると動けなくなる。

 もっとも今の状況では陽子がどこにいるのかまったく見当が付かないので、動きようがないのもたしかなのだが。

「ねえ、刑事さん、わたしたちに構わず、礼子さんを追った方がいいんじゃないかしら」

 葉桜が割って入るが、吉田は耳を貸さない。

「もちろん追っている。水村礼子の家はまもなく捜査員が踏み込むはずだ。もし他にアジトのようなものがあるのなら、教えろ」

「そんなところ知っていたら、とっくに動いてますわ」

 それは本心だ。礼子の隠れ家など知っているはずもないし、知っていたらいつまでもここにはいない。

「まあ、いずれにしろ、あんたたちをこのまま帰すわけにはいかんな。参考人として事情聴取をするから一緒に来てもらえるかい? とくに姫華さん、あんたには興味がある。あんた偽物だろう? 本物はどうした?」

 逃げられるのを警戒したのか、五味が静かに玄関口を固めた。

 ベランダ側の道路からはパトカーと救急車の音が響く。応援部隊が来たらしい。このままじゃ窓から飛び降りてもパトカーから逃げるのは緩くない。

 そのとき、やはり外からバイクのエンジン音と叫び声が聞こえた。

「姫華様、いったいなにがあったんですか?」

 伊集院だ。心配になって駆けつけたらしい。都合のいいことにバイクで来た。

「逃げよう」

 隣の葉桜に小声でいった。同時にベランダをちらりと見る。葉桜は頷いた。

 瓢一郎はアルミサッシを開け、ベランダに出た。葉桜が続く。

「お、おい。なにを?」

 動揺する吉田の顔が見えた。下を見ると、担架で救急車に運ばれる佐久間。それにバイクに乗ったまま警官ともめている伊集院の姿が見える。

 瓢一郎はベランダの手すりを掴むと跳んだ。掴んだ手を支点に振り子のように揺れるとその反動を利用し、雨樋に飛びつく。そのまま滑り降りていく。

 葉桜も同様にして続いた。思った通り、それくらいのことはこなす。姫華はフィオリーナの体が覚えた体術を駆使し、あっという間に追いつくと瓢一郎の肩に乗った。

「ま、待て。貴様ら何者だ? おい、外の警官。そいつらを捕まえろ」

 上から吉田が叫ぶ。

 瓢一郎は二階の高さまですべり降りると、外の塀に向かってジャンプした。さらに塀のてっぺんから伊集院のもとに跳ぶと、近くにいた警官数名を一瞬で蹴り倒す。

「伊集院。バイク貸して」

 唖然とする伊集院に向かっていった。

「い、いやしかし、今のは……?」

「いいから貸せ」

 瓢一郎は躊躇する伊集院を蹴り倒す。バイクは免許こそ持っていないが、動かし方は知っていたし、自在に操る自信もあった。

 主のいなくなった380㏄のバイクにまたがり、アクセルをふかす。そのころには葉桜が追いつき、後ろ座席の上に落っこちた。

「絶対逃がすな」

 上から絶叫する吉田。制服警官たちは瓢一郎たちを挟んで道路を囲む。

「観念しろ。逃げ場はどこにもな……」

 瓢一郎はバイクを走らせると同時に前輪を上に跳ねさせた。そのままパトカーを踏み台にし、空高く跳ぶ。

 隣の民家のブロック塀の上に飛び乗ったかと思うと、そのまま綱渡りさながらバランスを取って走らせ、包囲網を突破する。

 パトカーがサイレンを鳴らし、必死で追いかけてきた。

「しゃらくせい」

 瓢一郎はそう叫ぶと、今度は民家の屋根に飛んだ。そしてそこからムササビのように民家から民家へと飛び移る。

「あなたってサーカス芸人でしたの?」

 姫華が呆れたようにいった。

「ねぇ、瓢一郎くん。必死で逃げ回るのはいいけど、どうやって陽子さんを探す気?」

 後ろで葉桜が聞いた。

 それをいわれるときつい。少なくとも瓢一郎には目星がつかない。

「とりあえず礼子の家に行ってみるか? 姫華、おまえ場所知ってるか?」

「知ってるわけないでしょう? 第一、警察が踏み込むってあのヨーダがいったばかりじゃないですの。わざわざそんなところへ行ってどうする気ですの?」

 それもそうだった。もし礼子が間抜けにも自分の家に連れ込んだのだとすると、警察が陽子を救出してくれるだろう。そもそもあいつは学校に届けた住所に住んでいるのか? いないとすればどこに住んでいる?

「こんなときに役に立ちそうなやつは……」

 そこまでいって、思いついたことを口に出した。しかもその声は姫華とハモった。

「理恵子!」

 いや、なぜ理恵子なら陽子の居場所を特定できるかと聞かれると、答えに詰まる。しかしなんとなく彼女なら手がかりを知ってそうな気がした。少なくとも名簿に載っている住所はわかるはず。

「手がふさがってる。先生、スマホ取り出して理恵子を呼び出してくれ」

 さすがに屋根の上を飛び回りながらの片手運転は危険きわまりない。

「オッケー」

 葉桜は脳天気に答え、ポケットからスマホを奪う。後ろから操作音が聞こえる。

「はい」

 耳に後ろからスマホを押し当てられた。

『はい、理恵子です』

「姫華です。あなた、生徒のことを詳しいですわね。水村礼子がどこかに隠れるとしたらいったいどこへ行くと思います?」

『え? 水村礼子ですか? ええっと、さすがにわかりません』

 そりゃそうだ。少しでも期待を繋いだのが馬鹿だった。

「くそっ、陽子はどこだ?」

 理恵子の電話に繋がっていることも忘れ、素の言葉で嘆いた。

『あ、あの~っ、姫華様なら陽子さんの居場所、わかるんじゃないんですか? テレパシーで』

「な、なにいってんの、あんた?」

 馬鹿かこいつは? それともなにか大いなる誤解をしているのだろうか?

『あ、すいません。それって秘密だったんですね。部外者に漏らすわけにはいきませんよね?』

 なにか寂しそうな口調でいう。まったくなにを考えているんだか。

 とにかく知らないのなら用はない。後ろの葉桜にスマホを切るようにいおうとすると、理恵子がとんでもないことをいった。

『もっともあたしだって陽子さんの居場所ならわかりますけどね』

「え?」

『えへっ、じつは発信器の付いた名刺をわたしてあるんです』

 なぜそんなものを? 非常に疑問に思ったが、いまはそんなことはどうでもいい。

『だってあたしも仲間になりたかったんです。だから陽子さんのことをいろいろ調べようと思って、手始めに行動範囲を……』

「陽子はどこだ?」

 瓢一郎はスマホに向かって叫んだ。

『ほんとに探してるんですね。じつはあたし近くにいるんです。合流していいですか?』

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