第11話
「十一人、ヒットしました」
生徒会室でパソコンの前に座っていた理恵子がいった。
「十一人? 案外少ないな。それならアリバイ調べも楽勝ですよ、姫華様」
伊集院がまかせてくださいとばかりにいう。
瓢一郎はあのとき自分が見た記憶を頼りに、犯人の身長、体重を概算で出し、それに該当する生徒を探させようとした。伊集院の力を借りれば二、三日でできると思ったのだ。
だが二、三日どころか、ものの五分で理恵子がはじき出してしまった。なぜか生徒会室のパソコンには全生徒のデータが詰め込まれているらしい。
それが姫華の命令なのか、伊集院のたくらみなのか、あるいは理恵子の趣味なのかは知らないが、とりあえずそれを詮索するつもりはない。あとで姫華に聞けばいいことだ。
瓢一郎はパソコンのモニターを見た。
生徒の顔写真、住所氏名、ケータイ番号、身長、体重ほか体の数値、クラス、入っている部、趣味、家族構成、さらに科目別成績まで、個人情報がてんこ盛りになっている。
「うわっ、こんなのどうやって?」
どうやって? には触れないつもりだったが、あまりのことについ素でいってしまった。
「住所氏名は生徒名簿を調べれば書いてますし、ケータイ番号は簡単に調べられます。成績や身体情報は、姫華様のお名前を出せば、先生がこっそり教えてくれました。あとはそれをまとめるだけですから簡単です」
理恵子はまるでCIAのスパイを気取っているかのように胸をはる。
う~む。侮れない女だ。と思ったが、もちろん顔には出さない。
「そうだったわね。それでどうなのかしら? 一番怪しいやつは?」
自分を詮索されては堪らないので、理恵子と伊集院の意識をモニターの中の生徒に移す必要があった。
「さあ、それはこれから一緒にデータを見ていただきたいのですが」
とりあえず最初に表示されているのは見たこともない生徒だった。一年生で歴史研究会所属。成績は数学が苦手。体育も同程度の成績で、そもそも目つきがあのとき見た男とはぜんぜん違う。
「次は?」
そう指示すると、理恵子はマウスを操って次の候補を出す。その調子で、片っ端から十一人のデータを見たが、これというのはひとつもない。
だいたいどれもかなり背が低いだけあって、運動が苦手のタイプが多いし、見た感じがぜんぜん違う。マスクをしていたので目つきと顔の輪郭しかわからないが、どれもこれもあのときの男とは思えない。実物に会わないと断定はできないが、写真でもある程度はわかる。
「佐藤、とりあえず全員のデータをプリントアウトしろ。剣道部員に手分けしてアリバイを調べさせる」
伊集院が指示すると、理恵子はすぐにパソコンを操作した。たちまちプリントアウトされる。
だがその分は無駄に終わるような気がした。今の中にはいそうにない。
「これって卒業生の分もあるのかしら?」
ダメ元でいってみた。
「ええと、去年の分ならばあります。それ以前はあたしまだ入学してませんでしたから」
去年の分はあるんかい? と突っ込みたい気もしたが、あるならそれに越したことはない。
「じゃあ、去年の卒業生も調べられるわね。それと必ずしも男子とは限らないですわ。さらしを巻いたり、逆に着込んだりして体型を補正しているかもしれない。女子と職員も同様に調べてくださる?」
「わかりました」
理恵子はじつに嬉しそうにパソコンのキーを叩きだした。
外部の人間の犯行ならどうしようもないが、校内の人間が犯人ならこいつの方が警察よりも役に立つかもしれない。
「では姫華様、部員を呼び出して、このデータの男たちのアリバイを調べるように指示しておきましょう」
伊集院はプリンターから出たデータを取ると、そういった。
『瓢一郎、大変ですわ』
突然、姫華のテレパシーが頭に響いた。
『覆面の男が現れましたわ。陽子のあとを追ってるんですの』
『なんだって? どこだ?』
姫華から場所のイメージが送られる。
「伊集院、なにをやっているの? 呼び出すなんて悠長なこといっていないで、おまえ自身が行って、部員に指示してきなさい。グズ。」
瓢一郎はドアを指さし、叫んだ。伊集院は罵倒されたにもかかわらず、嬉しそうな顔で「はっ」と短く返事をした。
「廊下には護衛を置いておきますのでご安心ください」
そういい残し、廊下に走った。
続いて自分も駆け出したかったが、廊下には護衛を置いているといっていた。抜け出せば付いてくるに違いない。校外に出ようとすれば邪魔されるかもしれない。
窓から出るしかない。理恵子が邪魔だが、そんなことをいっている場合じゃなかった。
「理恵子。これはあなたとわたくしだけの秘密よ」
「はいっ、姫華様」
理恵子は眼をきらきらさせながら答えた。
なにを期待しているか知らないが、今は構ってる場合じゃない。窓を開け、足をかけた。
「姫華様、ここは四階……きゃあああ」
聞いちゃいなかった。窓から飛び出すと、下の植え込みの木の枝につかまり、それをクッションにして勢いを殺し、塀の上にふわりと飛び降りた。さらに道路に向かって跳ぶ。走っている車の屋根から屋根に飛び移り、道路向かいの民家の屋根に飛び乗った。
理恵子がどう思おうと、もう知ったことじゃない。
瓢一郎は屋根から屋根へと最短距離を走る。
間に合え。
あと少しで着く、というとき、瓢一郎の耳にかすかにくぐもった銃声が聞こえた。
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