第4話
これはいったいなにごとだ?
瓢一郎は意識を取り戻したとき、まずそう思った。
体はベッドのようなものに仰向けに寝かされているが、大の字になったままぴくりとも動かせない。両手両脚を広げた状態でそれぞれの手首足首に枷が付けられている。しかもパンツ一丁の裸に剥かれていた。
ここはどこなんだよ?
次にそう思った。首の動く範囲であたりを見回すと、壁にはやたらと複雑そうな機械が設置されている。モニターだのランプだのメーターだの、まるでSFマンガの宇宙船の中だ。
「うひ~ひっひっひ。どうやら気づいたようだな?」
薄気味悪い笑い声とともにドアが開き、三人の男女が入ってきた。
ひとりは白衣を着た小柄な猫背の男で、少しカールのかかった長髪を顔に垂らし、頬の痩けた青白い幽霊のような顔に楽しそうな笑みを浮かべていた。変な笑いの主はこいつらしい。
ひとりは燕尾服を着た禿頭の頑固そうなじじい。たしか佐久間とかいう姫華の執事兼運転手だ。おでこに大きな絆創膏を貼っているから、さっき倒れたときに負傷したんだろう。
そしてもうひとりは、なんと瓢一郎の担任であり、誘拐の張本人でもある葉桜だった。
「先生、これはいったいどういうことなんだよ? 姫華を襲ったのはあんたらの陰謀か? あんたら何者だよ? だいたいどうして俺をさらった? しかもなんで裸?」
「やれやれ、なんとも騒がしい男だわい。こんな小僧の面倒を見ないといかんのか?」
佐久間がうんざりした口調でいう。
「あら、これでも瓢一郎くんは学校じゃ物静かなのよ。ねぇ、瓢一郎くん?」
葉桜はいつもののんびりにこにこした顔で、楽しそうにいう。
「ひい~っひっひ。まあ、それだけパニックになってるってことだ。まあ、無理もないだろうな。まるで悪の組織に改造手術を受けるまえの正義の味方みたいな状況だ」
悪の組織のマッドサイエンティストそのもののような男は、そういうと腹を抱えて笑った。もちろん不気味な声でだ。
マジか? 本気で俺を改造する気か?
瓢一郎はびびった。現代の科学力でそんなことができるはずがない、と思う反面、こいつらがまともじゃないのは明らかだ。
「だいじょうぶよぉ。なにも体の中に変な機械を埋め込んだりはしないから。うふっ。改造するっていっても、ほんのちょっぴりだから。ね?」
「やっぱり、するんかよ?」
「改造手術なんていうから、この小僧がビビるんだ。ただの整形だ」
「せ、整形?」
「だいじょ~ぶ。ほんのちょっとだから。ぜんぶ終わればちゃ~んと元に戻してあげるからぁ」
「ひ~っひっひっひ」
「ふ、ふ、ふ、ふざけんな。俺をなんだと思ってやがるんだ?」
そう叫んで、いくらもがこうと動くのは首だけだった。
もがき疲れたころ、瓢一郎は観念していった。
「あんたらの目的はいったいなんなんだ? 俺にわかるように説明してくれ」
「それもそうねぇ。なんか思いっきり誤解してるみたいだし。あのねえ、あたしたちべつに悪の組織ってわけじゃないの」
「それでも犯罪集団には変わりないだろ? そうか、花鳥院家を乗っ取るつもりだな? そんなの勝手にやればいいけど、俺を巻き込むな」
「ワシらが花鳥院家を乗っ取るだと? 馬鹿め、乗っ取ろうとしているのは
佐久間が顔を真っ赤にして怒鳴った。
「風月院? なんだそりゃ?」
「いくら世間に疎い高校生のおまえでも、花鳥院家が日本、いや世界にどれほどの影響力を持っているか、少しくらいは知っているだろう? 風月院とは、花鳥院に比べればほんの取るに足らない弱小財閥だ。虎と猫の差くらいある。もちろん花鳥院が虎だぞ」
「まあまあ、佐久間さん。そんなに意地にならなくても、だいじょうぶよぉ」
葉桜がにこにこしながら、佐久間の肩をぽんと叩いた。
「と、とにかく、風月院はことあるごとに、花鳥院を倒し、自分が成りかわろうとしているのだ。わかったか?」
ぜんぜんわからん。だから?
「え~っと、少し補足するとね、花鳥院家には姫華様のお姉さんに
葉桜がのんびりした口調で辛辣なことをいう。
「彼女は花鳥院家の当主、つまりお父様と折り合いが悪くて、数年前に家出したの。それがよりによって風月院の長男と恋仲になったからさあ大変」
ちっとも大変そうに聞こえない。
「なんと皇華様は、姫華様を暗殺して花鳥院家を乗っ取ろうとし始めたってわけ」
ようやく話が少しは見えてきた。つまり今度の事件はその皇華様とやらが命じたわけだ。
「そこであたしは花鳥院家に姫華様のボディガード兼お目付役として、姫華様にも内緒で雇われたってわけなの」
「つまり学校の先生っていうのは仮の姿で、ほんとうは私立探偵かなんかなのか?」
「あらあ、そんな誰でもなれるようなちゃちなもんじゃないわよ」
葉桜はちょっとプライドを傷つけられたといった顔をした。
「いい? 世界には君なんかが知らないことがあるのよ。例えば特殊工作員を育てているような組織とか……」
「特殊工作員? あんた外国のスパイかよ?」
「あらあ、外国のスパイ?」
なにかツボにはまったらしく、葉桜は笑い転げた。
「ちがう、ちがう。民間業者よ。そういう人材を育てて、企業なんかに貸し出す組織。一般には知られてないけど、世界的に見るとたくさんあるのよ。もちろん、電話帳や求人広告には載ってないけどね。日本にだって複数あるわ。あたしが思うに姫華様をおそった犯人も同業他社の工作員よ」
ほんとかよ?
たしかにそれは瓢一郎の常識を覆すようなことだ。
「もうここまで話したから、ぶっちゃけちゃうけど、あたしの組織は『闇の黒猫』って呼ばれてる日本ではナンバーワンの民間工作員派遣業者なのよね」
葉桜はちょっと自慢げに話す。
「民間工作員派遣業者? しかもその名前が『闇の黒猫』?」
「うふふ。かっこいいでしょ? 『闇の黒猫』っていうのはコードネームみたいなものよ。そういう組織がなんとか派遣会社じゃかっこつかないでしょ?」
「ふん。それなのに、任務をまっとうできず、姫華様をみすみす殺されてしまったってわけだ」
佐久間がそういうと、初めてしょぼ~んとなった。
「そう。そうなのよ。旦那様にばれれば当然クビ。それだけじゃすまないかも。もちろん佐久間さんもね」
「いっとくが小僧、その怪しげな組織の一員なのは、この葉桜だけだぞ。ワシは真っ当な花鳥院家の従業員だ。ここをクビになることはあっても、変な組織に処分されることはない」
「あら、べつにあたしだって任務に失敗したからって、べつに殺されたりしないわよ。佐久間さん、マンガの見過ぎ」
「い~っひっひっひひ。安心しなさい。姫華様は死んでなどおらん。仮死状態になってるだけだ。必ず私が蘇らせてあげよう」
「ちょっとまて。このふたりの素性はわかったが、あんたは何者なんだ?」
「私か? 私は花鳥院家に資金援助されている科学者だ。花鳥院家の役に立つ研究を続けている」
幽霊博士(瓢一郎命名)はそういって手に持ったリモコンのようなものを操作すると、異変が起こった。瓢一郎のベッドの隣の床からなにかがせり上がってきたのだ。
それは透明なカプセルだった。中にはベッドに横たわっている裸の女がいた。
姫華だった。彼女の体には無数のチューブやら電極やらが繋がれ、枕元のモニターには心電図や脳波と思われるものが映し出されている。
「生きてるのか?」
「もちろんだ。この機械に繋がれている限り死ぬことはない。かならずや、この私が元に戻してみせる。いつの日か」
「つまり、すぐには無理ってことだろう? ごまかしようがないね」
気の長い話だと、瓢一郎は思った。いずれにしろ佐久間と葉桜はクビになる。知ったことじゃないが。
「ふん、おまえに心配してもらう必要はない。さいわい旦那様と奥さまはしばらくプライベート旅行で外国に行っていて帰ってくるのは二週間後。連絡されるのを嫌って連絡先を教えないくらいだ。もちろん、今度の事件が報道されないように警察とマスコミには圧力を掛けた。旦那様から連絡が入ったとき、ワシらさえ黙っていたらわからんことだ。だからその間に身代わりを立てればすむ」
馬鹿じゃねえの、こいつ。
瓢一郎は本気でそう思った。誰を身代わりに立てるつもりか知らないが、ばれないとでも思っているのだろうか? どうやって両親をごまかすつもりだ? それに学校でもあいつは注目の的だ。少しでも変わればすぐに怪しまれるに決まっている。
「というわけで、わかったでしょう? あたしたちは悪の組織でもなんでもないのよ。それどころか姫華様を襲った犯人を捕まえようとしているの。身代わりを囮にすればもう一回襲ってくるのは間違いないってわけ」
葉桜は胸を張っていった。
「ま、だいたいわかった。だけどわからないことがひとつある。それも決定的に」
「あら、なにかしら?」
葉桜は不思議そうな顔で瓢一郎を覗き込む。
「なんで俺がこんな目に合ってるかってことだ。今の話に俺に関係あることはひとつも出てこない」
「ええ! こんだけ説明してもわからない? 瓢一郎くんて意外と鈍いのね」
今の話だけでわかる方がどうかしている。
「瓢一郎くんが、姫華様の身代わりになるに決まってるでしょう」
な、なんだって? 今なんていった、このいかれ女。頭腐ってんじゃねえのか?
「じょ、じょ、冗談じゃ……」
『冗談じゃないですわ』
瓢一郎の頭の中にヒステリックな声が鳴り響いた。
同時に物陰から白い物体が瓢一郎の腹の上に飛び乗る。
フィオリーナだった。フィオリーナは葉桜を睨み付け、瓢一郎の腹の上で地団駄踏む。「あら、なにかしらこの猫ちゃん?」
「まったくどっから紛れこんだやら」
佐久間は無造作に追い払おうとした。
「ちょ、ちょっと待て。そいつは俺の飼い猫だが、姫華の霊が取り憑いてるぞ」
「は?」
悪の科学者と頑固じじい、それにいかれた女教師は三人とも間抜け面して固まった。
「ば、馬鹿馬鹿しい。なにをいい出すんだこの小僧は?」
「そ、そもそも瓢一郎くんは、いったいなにを根拠にそんなことをいい出すのかなぁ?」
佐久間と葉桜は妙に顔を引きつらせつつも、そんなことをいい出した。なにか、ここを脱出するための作戦か、さもなければ頭がおかしくなったとでも思っているのだろう。
「なにを根拠にって、姫華が俺にテレパシーでそう訴えてるんだから仕方がない。俺はなぜか猫とは子供のころからテレパシーで通じ合えたんだ」
瓢一郎がそういうと、ふたりはますます混迷の極みといった顔で互いを見た。
「ひ~っひっひい。面白い。つまり君は死んだ姫華様の霊がその猫に取り憑いているというんだね。もしそれが本当ならば、姫華様を生き返らせるのが楽になるよ。体さえ治せば、あとは魂を元の器に戻せばいいだけだからね」
ただひとり、幽霊博士だけが大喜びした。
『できるんですの?』
「姫華ができるのかって聞いてるぞ」
「おお、心配なさらないでください、姫華様。この四谷に不可能はありません。人間の精神のダウンロードこそ私の生涯を掛けた研究。大船に乗ったつもりでお任せください。ただ心臓を撃たれていますので、姫華様の細胞からクローン技術で心臓を作り出さねばなりません。それに少し時間がかかってしまいます」
幽霊博士は四谷という名前のようだ。よくわからないが、とにかくこの幽霊博士は姫華を元に戻せるらしい。
「そりゃ、よかった。つまり、俺はお払い箱ってことだろ?」
「馬鹿馬鹿しい」
佐久間が顔を真っ赤にして怒鳴った。
「それがいいたいがための虚言か? 研究のことしか頭にない四谷はだませても、このワシをそんなことで謀れるとでも思ったのか?」
『もう本当に佐久間は頭が固くて困りますわ。まさか本気でわたくしをこのまま猫の体に住まわせておくつもりじゃないでしょうね』
「おい、姫華がどうしようもない頑固じじいっていってるぞ」
「な、なんだとぉお?」
「まあまあ、そこまでいうなら、テストしてみればいいじゃないですか? たとえば姫華様しか知らないことを瓢一郎くんに聞いてみるんですよ」
あきれ顔だった葉桜がいつのまにか楽しくて堪らないといった顔になっている。
「よおし、馬鹿馬鹿しいが付き合ってやる。第一問~っ」
この爺さん意外とノリがいい。
「姫華様が子供のころ死ぬほど好きだったテレビ番組は?」
『……』
『どうした? 答えろよ。このじじいを説得しなきゃ、生き返れないんだぞ』
『……ち、血みどろ美少女探偵、ルイ』
おぉ、そういえばあったな、そんなの。まだ小さい女の子が、なぜか最後にはいつも血まみれになって事件を解決する推理アニメが。今考えれば、よくあんなアニメの存在が許されたよな。それにしても、こいつはあんなのが好きなのか?
瓢一郎はそう思いつつ、その題名を告げた。
「おおぅ?」
佐久間がのけぞった。当たるはずがないと思っていたのだろう。
「た、たまたまだ。この佐久間それくらいのことでは納得せんぞ。第二問だぁあ!」
「いえ~い」
葉桜がクイズ番組のアシスタントのように、拳を振り上げて佐久間を盛り上げる。
「姫華様が子供のころ、三度の飯より大好きだった遊びは?」
『……』
『どうした? もっと恥ずかしい秘密でもあるのか? お医者さんごっこか? それとも勇ましすぎて恥ずかしいやつか?』
『うるさいですわ。ただ……、ただ……、リカちゃん人形をバラバラにして、ドールハウスに入れて、密室状態を作り上げたりして……、お父様に挑戦したんですわ。「名探偵さん、できるもんなら解決して見なさい」って』
う~む。なかなかユニークな子供だったらしい。それを許す親も親だが。……っていうか、どっちも馬鹿だろう? それも重度の。
そう思いつつ、佐久間に猟奇殺人ごっこの実態を教えてやった。
「ぬおおお? ま、まさか、それまで見破るとは? だがこの佐久間、そんなことでは信じぬぞ。第三問だ。姫華様が子供のころ、もっとも恥ずかしい……」
『いい加減にしなさい、佐久間! いったいこの男にいくつわたくしの恥をさらす気なの?』
姫華はフィオリーナの姿で佐久間に飛びかかり、顔を思い切りひっかいた。佐久間は「ぎゃああ」と叫ぶと、姫華を跳ね飛ばす。
『このっ、このっ。おまえなんか若いメイドの着替えをこっそりのぞいているくせに』
「……っていってるけど、ほんとか爺さん?」
瓢一郎が姫華のいいたいことを代弁してやると顔色を変えた。
「ええと、それからこうもいっている。ええと……」
「ま、待て。わかった。この猫はなぜか知らんが姫華様だ」
よほど後ろ暗いことがあったらしい。ちょっと、秘密を暴くことを匂わせただけでこの始末だ。
「ええ~っ、終わりなんですか? もっと姫華様の秘密を暴いてくださいよ」
葉桜はじつに残念そうにいう。
「ひ~っひっひ。とにかくこの猫が姫華様だというなら、あとはこの四谷に任せるがよい」
「あんた詳しいようだから聞くが、姫華が乗り移る前の猫の意識はどうなったんだ?」
瓢一郎としてはフィオリーナがどうなったのか心配だった。
「たぶん姫華様の意識に取り込まれたんだろうな。姫華様の記憶や嗜好、性格に多少の変化が生じるかも知れん」
『冗談じゃないですわ。わたくし、魂まで猫になりたくありません』
「分離できるのか?」
「ひ~っひっひっひ。だいじょうぶ。元に戻すときちゃんと魂を分離させて見せるよ」
それを聞いて少しほっとした。つまり姫華の魂を戻せば、フィオリーナも復活するってことだ。姫華も安堵のため息をついた。
「まあなんにしてもよかった。これでみんな幸せってもんだ。さっさとこれ外して欲しいんだけど」
「まあ、本物が戻るんなら、わざわざ偽物を使うまでもないが……。ところで四谷博士、姫華様が元通りになるのに何日ほどかかる?」
「何日? 佐久間さん、少し軽く考えすぎですぞ。心臓を作らないといけない。機械を作るのとはわけが違う。細胞を培養して体の一部を作るのですから、最低でも一年は見てもらわないと……」
「一年!」
幽霊博士以外の全員が叫んだ。
「やっぱり、それまで瓢一郎くんには身代わりをしてもらわないとだめね」
「む、無理だ。どうやったって無理がある。たしかに顔が少し似ているのは認めるが、男と女だぞ、体がぜんぜん違うだろうが」
「あ~ら、そうでもないわよ。隣と見比べてみなさいよ。身長もほとんど同じ、手足の太さだってそう変わらないわ」
そういわれて、瓢一郎はカプセルの中の姫華の裸体を見る。たしかに身長はほぼ同じらしい。手にしろ脚にしろ姫華は意外と鍛えているようだ。太くはないが、弱々しい細さではない。むしろ脚などはそのせいでかえって脚線美が色っぽくなっている。一方瓢一郎は筋肉を付けすぎると敏捷性が落ちるということで、筋トレとかはいっさいしない。だから案外手足は細いのだ。
だが、あの腰のくびれと、そして、あの……胸が。ミサイルのような、あの胸がぁあ!
『な、な、なにを見てるんですの、この変態』
姫華が爪を立て、飛びかかってきた。葉桜はそれをあっさり制し、首根っこを掴む。じたばたする姫華を無視し、いい放った。
「ほうら、いけそうでしょう?」
「無理だ。あの腰はどうする?」
「そんなのコルセット使えば、一発ですよ」
「じゃ、じゃあ。……胸は?」
「パットってもんがあるじゃないですか」
「じゃあ、脚は? 太さはたいして違わないが、形が違うぞ。うちの制服のスカートは短いからな。すぐばれる。俺の脚はあんなに色っぽくない」
「い~っひっひっひ。心配ない。これを嵌めればだいじょうぶ」
幽霊博士が高笑いしつつ持ってきたのは、姫華の脚を型取ったものだった。葉桜はそれを受け取ると、にこにこ笑いながらそれを瓢一郎の脚に嵌めていく。材質はわからないが一ミリほどの厚さでけっこう堅い。見る見る瓢一郎の脚は姫華の脚そっくりの形に矯正されていった。
「後は上から特殊メークを掛けて、ついでにパンストでも履けばわかりっこない。ひ~っひっひっひ」
「ついでにコルセットも嵌めてみましょう」
いつの間に取り出したのか、葉桜がじつに楽しそうにコルセットで瓢一郎の腹を思い切り絞る。
「ぐわっ」
思わず声を出したが、それほど窮屈でもない。もともと瓢一郎は腹が出ているわけじゃない。こっちも姫華の体型に補正されるような設計になっているらしい。形だけ見ればかなり色っぽくなりつつある。
「だ、だけど顔だってけっこう違うぞ。それに声はどうする?」
「微妙な違いは整形するからだいじょうぶ。化粧でもごまかせるしね。声の方は……」
「い~ひっひっひ。心配するな。簡単な手術で声帯に声を変換する機械を取り付けてやる。それでそっくりの声が出せるようになるさ」
「だ、だけど、見た目だけそっくりにしたってだめだろうが。動きとか知識とか喋り方とか、そういうのですぐにばれる」
「それはワシがたたき込んでやるから心配するな。どうせ撃たれたのはみんな知ってるし、しばらくは治療という名目で通学しなくてすむ。その間に地獄の特訓を受けるがいい」
佐久間の目が、サディスティックに光った。
「それに都合のいいことに、姫華様が猫になった上、テレパシーで通じ合えるんでしょう? 猫のまま学校に行ってもらって、いろいろテレパシーで助け船を出してもらえば完璧よ」
『冗談じゃないですわ。おまえたちみんなクビにしますわよ』
姫華の叫びはやつらに聞こえない。頼まれるまでもなく瓢一郎は代弁したが、やつらは笑い転げて聞く耳を持たなかった。
「さあて、そうと決まれば、本格的な改造は四谷博士に任せるとして、とりあえずいらないものを取り除いちゃいましょうか?」
葉桜は嬉しそうにそういうと、ベッドのわきで床屋にあるようなシャボンのセットで泡を立て、カミソリを取り出した。
非常にいやな予感がした。
だが葉桜はあぶくを腕に塗りたくると、カミソリを滑らせていく。
「うふふふふぅ。ほうら、きれいになっていくわよぉ」
目が尋常じゃない。いつものにこにこのんびりの面影はなく、なんというか、エロい。 あっという間に腕は無毛になった。しかしそれだけでは満足せず、葉桜は当然のように脇の下にシャボンを塗りたくった。
「うわっ、ま、まて。それは……」
だが待つわけがない。葉桜は唇をぴろっと舐めながら、カミソリを当てていく。
「しょりーん。しょりーん」
楽しそうに口でそういいながら、仕事を進めていく。瓢一郎の脇の下は、年ごろの女の子のようになってしまった。
「これで済んだと思ったら大間違いよぉ」
葉桜は薄ら笑いを浮かべながら、トランクスに手を掛けた。そして陰毛が露出するまでずり下げる。竿の根本はかろうじて隠れていた。
「ぐわあああ。なにしやがるこのエロ教師。セクハラもいいところだぞ。やめろ、まて、早まるな。そこの毛は、姫華にだってあるだろうが」
『な、なにを見てるんですの、このエロ猿』
「だめよぉ。姫華様のここの毛は、こんなにぼうぼうじゃないの。もっとおしゃれに刈りそろえてあげないとね」
「うわあああ。変態。サド教師。色キチガイ」
必死の哀願もむなしく、瓢一郎の下の毛は美しい長方形に刈りそろえられた。
「ちょっと待てぇええ」
ここまで来て、瓢一郎は重大なことに気がついた。
「よく考えたら、俺がそんな理不尽なことをする必要はない。なんのメリットもないし、逆にやらなくてもなんの不都合もない。おまえたちになんか、ぜったい協力してやらないぞ」
「あら、そういわれてみればそうね」
三人は顔を見合わせた。その後、葉桜がとんでもないことを笑顔でいう。
「じゃあ、いうことを聞くように、四谷博士に爆弾でも埋め込んでもらいましょうか?」
「そりゃあ、いい」
三人は腹を抱えて大笑いした。
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