マニエルは見た!

 マニエルは今日もポーションを手に、王宮の入り口近くに馬車で乗り付けた。


「では、三時間後にここに迎えにきて」

「畏まりました」


 初めこそ必死に止めていた侍女も今や慣れたものである。猫の姿に変わった主を笑顔で送り出していた。


 しっかりと手入れの行き届いた木々に、整備された石畳の小径。マニエルは今日もツンと澄ましてその合間を通り抜けた。この地面の低い位置から見上げる景色もすっかりと見慣れたものだ。


 マニエルはこの日、いつになくご機嫌だった。それには三つ理由がある。


 まず第一に、昨日は大好きなルーエンがマニエルに会いに来てくれた。花束は持っていなかったが、代わりに王都で有名なアクセサリーショップの可愛らしいリボンのチョーカーをプレゼントしてくれた。


「マニィに似合うと思った。可愛い」


 リボンを首に付けたマニエルを見て、ルーエンは元々たれ目の目尻を更に下げて微笑んだ。チョーカーは、なんとなく猫の首輪のような変わったデザインだったが、流行からちょっと外れていたって構わない。マニエルがルーエンの『可愛い』という言葉を聞き、泣きそうな位に感激したことは言うまでもない。


 第二に、マニエルの愛読している連載小説にやっと続きが出たのだ。長らく男色家だった主人公の騎士が、ある日、夕暮れの下で佇む美しい乙女に出会い、たちまち恋に落ちるのだ。そして、彼は真実の愛に気付くが、そうは問屋が卸さない。

 その恋路を邪魔する悪役令嬢が現れたのだ。この顔だけは文句なしの悪役令嬢のキャラたるや、侍女への暴言、ヒロインへのいじめなど、かなり強烈だ。まさに悪役令嬢を絵に描いたような悪役令嬢っぷり。これはもう、続きが気になって気になってならない。


 最後に、今日は今から愛しの婚約者──ルーエンに会いに行くのだ。ルーエンは思った通り大の猫好きで、猫姿のマニエルを見つけるといつも膝に乗せて『可愛い』と言って優しく撫でてくれる。マニエルにとって、まさに至福の一時だ。


 いつものように魔術研究所まで辿り着いたマニエルは、そこで異常に気付いた。なんと、目の前で愛しの婚約者──ルーエンが罵倒されているではないか!

 マニエルはこっそり回り込んで罵倒しているにっくき宿敵をみた。金の髪を高く結い、豪華な衣装を着た絶世の美女──プリリア王女殿下だ。


「私が育てたのに例の少女のような効果が現れないなんて、おかしいわ! あなたの攻撃の仕方が悪かったのよ!!」

「そうは言われましても、いつも通りです」

「ならば、例の少女の時にわざと軽い攻撃魔法を使って誤魔化しているのね?」

「天に誓って、そのようなことはしておりません」


 目尻を吊り上げるプリリア王女の前にはしなしなに萎れた花や、焦げてもはや原型を留めていない何かが積み重なっている。プリリア王女はそれを指さしながら、困り顔のルーエンに詰め寄っていた。マニエルがその焦げた物体をそっと前足で触れると、ハラハラと灰が崩れ落ちた。


「あなたは魔術研究所でも一、二を争う優秀な筆頭魔術師と聞いたわ。この花に聖魔法の力を授けて」

「そうして差し上げたいところですが、僕には出来ないのです」

「なんですって? 筆頭魔術師と聞いて呆れるわ」


 プリリア王女は眉間に深い皺を寄せてそれだけ言うと、くるりと踵を返した。マニエルは険しい表情を浮かべたままプリリア王女を見送るルーエンに擦り寄った。ルーエンは足に擦り寄るマニエルに気付くと表情を綻ばせた。


「エル。来てたんだね」


 少ししゃがんで手を伸ばすルーエンを見上げ、マニエルは「ニャー」と一鳴きしてその胸に飛び込んだ。ルーエンは今日もマニエルを抱き上げ、優しく撫でる。


「王女殿下のご機嫌が斜めだね。困ったお方だ」


 ルーエンは珍しく、マニエルを撫でながらも終始浮かない顔をしていた。


 ──ルーエン様、どうしたのかしら?


 マニエルは愛しい婚約者の事がとても心配になった。なにか心配事があるようだ。

 帰り際、マニエルが庭園を通りかかると、聞き覚えのある声がした。


「きっと場所なのだわ。この薬草園のそばの花畑が特別な場所なのよ。それに、花の種類が影響している可能性もあるわ。同じ花を用意したのだから、今度こそ間違いないはずよ」


 声の主であるプリリア王女が庭師に向かって何か指示している。いつもなら気にも留めずに素通りするシーンだが、先ほど愛しいルーエンがプリリア王女に叱責されているのを見たマニエルは、なんとなく気になった。そっと隠れるように近づいて、その様子を伺った。


「ここの花畑の花を全て引き抜いて、その後に、同じ品種の別のものを植えるの。きっと同じように不思議な力が生まれるはずよ」


 プリリア王女は、以前マニエルがルーエンに横恋慕していると勘違いした、あの少女の花畑を引き抜けと指示しているようだ。

 マニエルは花畑をぐるりと眺めた。最近あの少女は見かけないが、花畑の花はまだ綺麗に咲いていた。引き抜く必要性がわからない。


 ──なぜこんなことをしているのかしら?


 そうこうする間に、庭師はプリリア王女に命じられるがままに植えられていた草花を引き抜いてゆく。王女殿下の命令なのだから、庭師は言うことを聞くほか無いだろう。その後には似たような花の株が植えられており、本当に何のためにこんな真似をしているのか、マニエルには意味がわからなかった。


 マニエルはしばらくその様子をじっと眺めていたが、やがて見ている事に飽きて、その場を後にした。

 

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