すれ違い
アルフォークは目の前にその人物──プリリア王女が現れたとき、最後の聖域を犯されたような、言いようのない苛立ちを覚えた。プリリア王女はこれまでも前触れなく魔法騎士団の訓練中に現れることはあったが、公開訓練では初めてだった。
先日の舞踏会以降、一部の貴族の間ではプリリア王女がアルフォークに降嫁すると誠しやかに囁かれている。今プリリア王女がアルフォークに公の場で会いに来れば、噂に信憑性をもたせることになる。
「アル、ご苦労さま」
和やかに微笑むプリリア王女は、女神の如く美しい。しかし、アルフォークにとって、そんなことは何の意味もなかった。何かを喋っているが、さっさと帰ってくれとしか思えない。
「そう言えば、お父様の側近から聞いたわ。例の不思議な花を育てる少女は、しっかりと繋ぎとめるようにと命じられていたそうね。お兄様がするべきなのに、アルにその役を押し付けるなんて。親しくしていたのはそのためなのでしょう?」
プリリア王女がスーリアのことに触れたとき、アルフォークは強い不快感を覚えた。確かに、エクリード第二王子は国王陛下にスーリアを繋ぎ止めろと命じられたと言っていた。しかし、アルフォークは自分の意思でスーリアと親しくなったのだ。
「リア様、それは──」
訂正しようとしたところで陶器が割れる大きな音がして、振り返るとスーリアがいた。呆然とした様子でこちらを見つめている。
「スー、何でここに……」
アルフォークは咄嗟に顔を歪ませた。今の会話をスーリアは聞いただろうか。目の前のスーリアの瞳に、みるみるうちに涙がたまってゆく。
「スー、待ってくれ!」
踵を返して走り去るスーリアに、アルフォークは叫んだ。スーリアは振り返らない。
「くそっ」
きっと、今の会話を聞いて誤解している。そう悟ったアルフォークはすぐにスーリアを追い掛けた。周囲の人々が突然のことに驚いた顔をしていたが、構わない。
「スー、待って!」
アルフォークが訓練場の外でスーリアを掴まえたとき、スーリアの顔は涙で濡れていた。
「スー、誤解なんだ。俺は……」
両肩を掴み、逃げようとするスーリアにこちらを向かせた。スーリアが涙の浮かぶ目でキッとアルフォークを睨みつける。
「誤解? そうだね。私、アルの事を恋人だって誤解してた。アルは仕事で私のこと、繋ぎ止めないといけないんでしょ? 私、特別な花を作るんだもんね。そりゃあ、繋ぎ止めないとだよね。アルはあの王女様と結婚するの? 私、すっかり勘違いしちゃった。浮かれる私を見るのは、さぞかし滑稽だったでしょう?」
「違う!」
「違う? じゃあ、アルはもう、私が花を育てなくてもいい?」
「それは……」
アルフォークは言葉に詰まった。
スーリアがフッと鼻で笑う。
「それは困るんでしょう? やっぱり、花の力を利用したいから私を騙していたんでしょう?」
誤解を解かなければと思うのに、言葉が出て来なかった。
アルフォークは間違いなくスーリアに惹かれている。好きだと伝えた言葉に偽りはない。だが、最初に近づいたきっかけは花の力に興味を持ったからだった。それに、スーリアを繋ぎ止めろとエクリード殿下を通して国王陛下から命じられたのも事実だ。
「私、バカみたい。好きだったのに……」
涙をボロボロと溢すスーリアが走り去るのを、アルフォークは呆然と見送ることしか出来なかった。
***
その日の会合は、いつになくどんよりとしていた。
「アル、やらかしたらしいね」
「……」
何も答えないアルフォークを見て、ルーエンはハァッとため息をついた。アルフォークが公開訓練でスーリアと一悶着あったことは、あっという間に知れ渡っていた。
更に、プリリア王女を放置してアルフォークがスーリアを追いかけたものだから、プリリア王女が激怒してあの後の公開訓練場は大変な騒ぎになった。
「その後、リアちゃんには会えたの?」
「……会いに行ったら、家の手前で追い返された」
「誰に?」
「お父上に」
「それはそれは……」
どうやら父親にまで不誠実な碌でなしと誤解されているらしい。ルーエンは顔を引き攣らせた。
「キャロルが先日、謝罪に来ていたぞ。スーリアを公開訓練に誘ったそうだ。善かれと思っての事だろう」
エクリードの言葉にも、アルフォークは項垂れたまま顔を上げようとしない。エクリードはアルフォークを見て、眉を寄せた。
「アル。なんだそのざまは?」
答えようとしないアルフォークを、エクリードは冷ややかに見据えた。声の調子が一段低いものへと変わる。
「俺はスーリアを繋ぎ止めろと言った。俺はお前がその役目を放棄すると考えてよいのか?」
「違う!」
アルフォークが顔を上げ、二人は睨み合うような形になった。
「では、もっとしっかりしろ。たかだか女のことで、情けない。魔法騎士団長の名の恥だ」
「っ!! ちゃんと任務はこなす!」
カッとしたアルフォークはガタンと椅子をならし、立ち上がった。エクリードとルーエンを一睨みすると、ふいっと背を向けて立ち去ってしまった。
「あーあ。殿下、言い方……」
ルーエンがジトッとエクリードを見る。エクリードは涼しい顔でティーカップに手を伸ばし、紅茶を口に含んだ。
「あれくらい焚き付けた方が、アルにはいいだろう。あいつは負けず嫌いだからな」
「まあ、ねえ」
ルーエンは苦笑する。確かに、アルフォークは負けず嫌いだ。そうでなければあの若さで魔法騎士団長になどなれない。
「プリリア王女、ご機嫌斜めみたいですね。何とかリアちゃんの花がまやかしだと証明して、アルから遠ざけようと躍起になってます」
「放っておけ。どうせ証明は出来ない。それに、経緯は違うが今はアルとスーリアは距離をおいている。リアの望み通りだ」
「そうは言っても、しょっちゅう魔術研究所に押しかけてくるから困るんですよ」
ふうっと息を吐いたルーエンは、エクリードの顔を見つめ、真面目な顔をした
「リアちゃんの花の、力が落ちています」
「先日もそのような事を言っていたな?」
「先日よりもさらに落ちてます。全く無いわけではないのですが、今までで一番弱まってる」
「なぜだ?」
エクリードの問いに、ルーエンは首を横にかしげた。エクリードはどさりと背もたれに寄りかかり、天を仰いだ。前回、花の力が弱まったときはスーリアの猫が体調不良だった。今回、なにか変わったことは無かったか。前回との共通点が……
「猫の体調は?」
「キャロルに聞きましたが、先日、花畑のまわりを元気に散歩しているのを見たそうです」
「そうか……」
エクリードは眉間に皺を寄せた。ルーエンはそんなエクリードの様子を伺いながら、ゆっくりと口を開いた。
「ただ、リアちゃんはとても気落ちしていたそうです。これは完全に僕の想像なのですが……」
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