公開訓練

 久しぶりに訪れた公開訓練は、相変わらずすごい観客の数だった。訓練場をぐるりと囲むように設けられた観客席は、ご令嬢や魔法騎士に憧れる若者、それぞれの魔法騎士達の友人知人で溢れかえっている。

 スーリアは観客席を見渡して、たまたまいていた若い女性の隣に腰を下ろした。


 訓練場を見下ろすと、今日は試合形式ではないようで、騎士たちが来ている防具は前回の全身プレートアーマーよりだいぶ軽装だ。それでも、刃を潰した剣や魔法から身を守るため、魔法騎士達はチェーンメイルのような防具を身に着けていた。

 スーリアはその中に、水色の髪の青年を見つけて目を凝らした。アルフォークだ。日の光を浴びてきらきらと輝く水色の髪、遠目で見ても整った容姿、団員達の前に立ち指導する凛々しい様子。久しぶりに見るアルフォークの姿があまりにも眩しくて、スーリアは口元を綻ばせ、感嘆のため息を漏らした。


 本当に自分には勿体ないような素敵な男性だ。

 容姿、肩書、人望、仕事ぶり、どれをとっても非の打ち所がない。

 スーリアは公開訓練中、最初から最後までアルフォークだけを見つめていた。


 訓練が終わると、毎回多くの女性達が意中の魔法騎士にプレゼントを渡そうと殺到する。前回、その人垣に圧倒されてスーリアはアルフォークと話すことが出来なかった。しかし、今日は絶対にアルフォークと話したかったので、スーリアはその人垣が掃けるまで気長に待つ事にした。

 スーリアの位置からはアルフォークの横顔が少し見えるだけだ。女性に取り囲まれて、少し困ったような顔をして言葉を交わすアルフォークは、スーリアの目には少し窶れたように見えた。


 ──疲れているのかしら?


 スーリアはアルフォークの様子を見て心配になった。最近、忙しいのだろうか。体調を崩さないかと心配でならない。そのまま静かに様子を眺めてた。


 と、その時、周囲にざわめきがおき、一人の豪華な衣装を纏った若い女性がアルフォークに近付いた。それまで取り囲んでいた女性達が、その若い女性を見た途端に頭を垂れてぱっくりと道を開く。

 スーリアはその女性に視線を移した。輝く金色の髪を高く結い上げ、豪華なドレスを身に纏っている。ぱっちりとした瞳は魅惑的で、女性でもため息が出るような美しさだ。


「プリリア王女だわ」

「プリリア王女?」


 隣に座る女性の呟きに、スーリアは思わず聞き返した。

 よく見ると、確かに、あの舞踏会の日にアルフォークがエスコートしていた女性のように見えた。プリリア王女に気付いたアルフォークは腰を折り、その手を取ってキスをしている。


「ねえ、知ってる? アルフォーク様は最近爵位を賜ったのだけど、それは下準備だって言われているのよ」


 隣の女性は噂好きのようで、スーリアに話しかけてきた。こげ茶色の髪をきつく縛ってお団子にした女性は、メモ帳とペンを手に握っている。スーリアはその女性を見つめ、先を促した。


「伯爵位を突然賜るなんて、異例だわ。だから、プリリア王女が降嫁するための下準備だって言われているの。アルフォーク様はとても優秀な方だし、あのお二人は美男美女で絵になるものね」

「降嫁?」


 スーリアは訝し気に眉をひそめた。降嫁とはつまり、アルフォークとプリリア王女が結婚するということだ。

 スーリアはアルフォークとプリリア王女を見た。二人は何か会話をしており、ここからでは何も聞こえない。プリリア王女はアルフォークに見事な花束を渡していた。本当に絵になる二人だ。

 スーリアは慌てて首を振る。アルフォークは褒賞を賜ったときに、おかしな噂が立つかもしれないが、それは出鱈目だと言った。おかしな噂とは、きっとこのことに違いないとスーリアは思った。なぜなら、最後に会った時、アルフォークはスーリアが好きだと言って抱きしめてくれたのだから。それに、昨日は手紙もくれた。


「それはきっと出鱈目だわ」


 首を振るスーリアを見て、隣の女性は目を丸くした。


「まあ! あなた、気が合うわ。私も出鱈目だと思うのよ。だって、私見たのよ。夕闇に染まる空の下で──それはそれは情熱的で。ちょうど、相手の子はあなたによく似た髪色だったわ」


 隣の女性が饒舌に何かを語りだしたが、スーリアは殆ど聞いていなかった。アルフォークが自分をを裏切るようなこと、あるわけがない。確かめなければと思った。

 意を決してスーリアはアルフォークとプリリア王女を取り巻く人垣に近づいた。アルフォークの後ろ姿とプリリア王女の顔がよく見える位置でひょこりと顔をのぞかせると、二人の会話もよく聞こえてきた。


「ねえ、アル。このお花、私がお水をあげたのよ」

「そうですか。綺麗ですね」

「でしょう? 私、この花が大好きなのよ。アルも知っているでしょう?」


 微笑むプリリア王女が指さす花はデンドロビウムだった。

 かつて、アルフォークがスーリアに花言葉を聞き、楽しそうに笑っていた花。スーリアはその時のアルフォークの顔を見て、アルフォークがデンドロビウムを好きなのだと思っていた。でも、もしかして王女殿下が好きな花だから微笑んでいたのだろうか。スーリアの中で、疑念が膨らんでゆく。


「そう言えば、お父様の側近から聞いたわ。例の不思議な花を育てる少女は、しっかりと繋ぎとめるようにと命じられていたそうね。お兄様がするべきなのに、アルにその役を押し付けるなんて。親しくしていたのはそのためなのでしょう?」

「リア様、それは……」


 眉をひそめるプリリア王女を見て、スーリアは息が止まるような衝撃を受けた。

 自分の花に不思議な力があるから、アルフォークは任務として自分と親しくしていた。プリリア王女はそういったのだ。

 足元から何かが崩れ落ちるのを感じた。

 持っていた袋が手から落ちて中の鉢植えの鉢が割れ、あたりに大きな音が響く。その音のせいでこちらに顔を向けたアルフォークがスーリアに気付き、驚愕の表情見せた。


「スー、何でここに……」


 アルフォークの表情が、驚きと苦悶に歪む。


 真っ直ぐにこちらを向いたプリリア王女は、驚くような美貌の持ち主だった。殆どお化粧をしないスーリアとは違って華やかさがあり、身に付けているものも豪華で自分とは比べ物にならない。

 思い返せば、アルフォークはスーリアを『リア』と呼びたくないと言った。でも、プリリア王女のことは『リア様』と呼んだ。もしかして、アルフォークは自分にプリリア王女と同じ呼び名を使いたくなかったからではないのか。当然だ。任務でしかたなく相手にする小娘を、大事な王女様と同じ呼び名などで呼びたくはないだろう。


 目頭に涙が浮かび、視界が霞む。

 自分はきっと、騙されたのだ。

 好きだと言われて信じ込み、舞い上がっていたスーリアは、アルフォークからしたらさぞかし滑稽に見えただろう。

 泣いている顔を見られるのが悔しくて、スーリアはくるりと踵を返すとその場から逃げだした。


「スー、待ってくれ!」


 アルフォークが叫び声が聞こえたけれど、スーリアは振り返らなかった。

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