街歩きデート

 レッドハットベーカリーで手伝いをしながらも、スーリアはそわそわしていた。

 今日は午後から買い物に行く。正確に言うと、王宮の花畑の管理人として働く給料が支給されたので、両親と姉にプレゼントを買いにいくのだ。そして、今日は午後から非番だというアルフォークが買い物に付き合ってくれるという。つまり、これは街歩きデートだ。初めての恋人、初めてのデート。スーリアはこれまでにないほど浮かれていた。


「リア、騙されてるんじゃねえの?」


 仕事を終えて帰り際、不機嫌そうに呟くリジェルの言葉が聞こえてスーリアは頬を膨らませた。


「団長閣下はそんなことしないわ」

「どうだか。貴族連中の考える事なんて腹黒い事ばっかりだって聞くから分からないぞ。だいたいアイツ、王女殿下のお気に入りなんだろ?」

「彼は違うわ! とても優しい人なんだから!」


 半ばリジェルと口論のようになって、スーリアはレッドハットベーカリーを飛び出した。スーリアは店の外を歩きながらハァッとため息を吐く。きっと、リジェルはスーリアを心配してくれているのだ。実は、ミリーにも同じような心配をされた。やはり、平民の農家の娘であるスーリアとアルフォークでは釣り合わないのかと、スーリアは気持ちが沈むのを感じた。


 仕事が終わったあとにスーリアを自宅まで迎えに来たアルフォークは白いラフなシャツに深緑のパンツを履いていた。上質だが平民でも着るようなデザインで、スーリアに合わせてくれたことがわかった。アルフォークはスーリアが玄関から出てくると、優しく頬笑んだ。


「待たせたか?」

「いいえ」

「本当に?」

「実は……アルが来るのが楽しみでずっと部屋の窓の前で張り付いていたわ」


 スーリアの頬がほんのりと赤くなる。何とも可愛らしい白状にアルフォークはクスクスと笑った。


「それは悪かった。お詫びに今日はスーの満足いくまでつき合おう」


 アルフォークはスーリアの両親であるベンとユリアにも一言挨拶をすると言って、実際になにか言葉を交わしていた。こういう所が自分よりやっぱり大人だなと感じる。こんなに素敵な人が自分を騙したりするはずないと、スーリアは思った。


「何を買うんだ?」


 街に向かう途中、アルフォークに訪ねられてスーリアはうーんと悩んだ。今日は両親と姉にお給金からプレゼントを買いたい。いったい何にしたらよいだろうか。どうせあげるなら、喜んで貰える物がいいと思った。


「私が働いて稼いだお金でプレゼントをしたいの。何がいいかしら?」


 逆に聞き返されて、アルフォークも頭を悩ませる。


「よく聞くのは女性ならドレスや香水、宝石。男性なら剣の柄の飾りや万年筆、ボタンなどだが……」

「それってきっと貴族様向けだから、うちでは喜ばれないわ。もっと実用的な物がいいと思うの」

「実用的なものか。ハンカチや帽子はどうだろう?」

「確かに帽子は被るわね」


 アルフォークとスーリアは、立ち話していても決まらないので実際に店を覗いてみることにした。小物用品や帽子屋や文具店を順番に訪れる。どの店でも目移りしてしまってなかなか決められない。


「困ったわ。どうしようかしら?」


 スーリアは頬に片手を当てた。どれも素敵に見えて、一つに決められないのだ。


「もう少し見てみる?」

「ええ、そうするわ。付き合わせてしまってごめんなさい」

「構わない。悩んでるスーも可愛らしい」

「か、かわいい!?」


 頬がカーッと熱くなる。それと同時に、まるで『おはよう』と言うかのようにさらりと褒め言葉を言ったアルフォークを見て、スーリアは何とも言えない気分になった。アルフォークは黙り込んだスーリアを見て、怪訝な顔をした。


「スー?」

「アルは、いつも女の人にそう言うことを言うの?」

「そう言うこと?」

「その……かわいいとか……」


 スーリアの声は尻すぼみになる。アルフォークはスーリアの言葉に目をみはった。


「まさか! 俺は女性が苦手だと前に言っただろう? スーにしか言わない」


 アルフォークは言葉を切り、スーリアを見下ろした。


「スー。もしかして、妬いてるのか?」

「……」

「今まで女性に歯の浮くような台詞を言う男の気が知れなかったが、今はよくわかる」


 アルフォークは楽しそうにククッと笑った。

 その後、二人は服屋や本屋に立ち寄り、最後に入ったのは陶器屋だった。店の中には棚があり、棚にはティーカップやソーサーなとが置いてある。スーリアはその中の一つに目をとめた。


「これ、素敵だわ」


 スーリアが手に取ったのは花柄の絵付けがされたティーカップセットだった。繊細な絵付けで、職人の技術力の高さを感じる。持ち上げて裏返すと、そこには見慣れないサインが入っている。


「クレドか」


 横から覗きそんだアルフォークがサインを見てそう呟いた。スーリアは聞き慣れない単語に聞き返した。


「クレド?」

「有名な窯元だ。俺の実家の領地はガラス工房が有名なものだから、陶器のことも昔勉強した。繊細な絵付けが特徴の高級陶器メーカーだ」

「ふうん」


 スーリアは持っていたカップを見つめた。描かれた小花はまるでそこで咲いているかのように繊細で、持った時の柄の部分にも細かい模様が施されていた。


「素敵ね」


 スーリアはそのカップが気に入った。だが、これにしようと思い、値札を見て怖じ気づいた。高い。想像以上に高かった。メリノはもうすぐ結婚するのだから、ティーカップのセットは実家用とメリノの新家庭用の二つ必要だ。しかし、そのティーカップセットを二つ買うと、持っているお給金の半分以上が無くなる値段だった。すぐには決められず、スーリアはティーカップを棚に戻した。


「気に入ったのではなかったのか?」

「気に入ったわ。でも、高すぎるわ。これを買ったら、花の苗や肥料を買うお金が殆ど残らない」


 しょんぼりとするスーリアを見て、アルフォークは考えるようにティーカップセットを見つめていた。


「このティーカップセットは二客組だ」

「そうね」

「では、俺と一客ずつ負担しようか。俺の一客はスティフへの祝いだ。スティフは部下だし、悪くないだろう? スーリアからは姉上に、俺からはスティフに」

「いいの?」

「俺が提案したんだ。ダメなはずないだろう?」


 スーリアは値札を見た。単価が高いので、アルフォークが一客分負担してくれるだけで、だいぶ助かる。スーリアはアルフォークのお言葉に甘える事にした。



 ***



 夕食の時、スーリアは今日買ったプレゼントを両親とメリノにプレゼントした。三人はとても喜んでくれた。


「こんなに高価な物を、いいのかい?」

「まあ、素敵ね。どんなお茶をいれればいいのか、悩んじゃうわ」


 ベンとマリアはティーカップを見て、嬉しそうに頬笑んだ。


「姉さんへのプレゼントは団長閣下と一緒に買ったの。一客はスティフさんへのお祝いだって」

「まあ、そうなの?」


 メリノは意外な話に目をみはっていた。


「スティフも喜ぶわ。──ねえ、スーリア」

「なに?」

「今、幸せ?」


 スーリアはメリノを見る。その質問に、メリノもまた、リジェルやミリーと同じようにスーリアのことを心配しているのだと分かった。


「ええ、とても」

「そう。よかったわ」


 はにかむスーリアを見て、メリノも嬉しそうに頬笑んだ。


 

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