聖なる乙女

「これは? これは何という名でどんな花言葉がある?」


 アルフォークはその後も花畑の花を見ながら一つ一つ、その花言葉を聞いてきた。スーリアはかつての知識を思い起こし、それに答えてゆく。アルフォークは一度聞いた花言葉はきちんと覚えているようで、「確かこれは**だったな」とか「これは**で合ってるか?」とか聞いてきた。スーリアはアルフォークがただ聞き流しているのではないことを知って、とても嬉しく感じた。


「そういえば、スー。最近、花の育て方で何か変えたことはないか?」

「花の育て方? 変えていないわ」

「そうか」


 キョトンとした顔をしたスーリアを見て、アルフォークはやはりスーリアが意図的に何か花の力を操作しているわけではないように見えた。かと言って、なにか他に理由が思い当たるわけでもない。少し迷ったが、本人に聞くことにした。


「スーの花なんだが、聖魔法の力があるようだ。ルーにも調べて貰って、間違いない」

「聖魔法?」

「ああ。浄化の力のようなものだ」

「ふうん」


 アルフォークの言葉を聞いたスーリアは特段驚く様子もなくアルフォークを見つめていた。アルフォークはその反応に拍子抜けした。


「……驚かないのか?」

「まあ……、なんとなく知っていました」

「知っていた?」

「はい。実は……」


 スーリアはスネークキメラに襲われた時、創造の女神シュウユを名乗る女性に夢で出会った事を話した。そして、シュウユから下界を浄化して欲しいから花でも育てろと言われたことも。

 別にシュウユから口止めされているわけではないので話してもいいと思ったのだ。アルフォークはそれを聞き、驚きのあまりに言葉を失っていた。


「スー、そのことは誰かに話した?」

「いいえ。話していません」

「話さない方がいい」


 アルフォークに真剣な顔で諭されて、スーリアは俯いた。突拍子もない告白に頭がおかしいと思われただろうか。根拠もなくアルフォークなら信じてくれると思っていただけに、この反応はショックだった。


「スー」とアルフォークはスーリアに呼びかけた。

「その力は多くの権力者が欲しがる。聖魔術師の何十人、いや、何百人に匹敵する力だ。むやみに話すとスーが危険にさらされる」

「信じてくれるの?」

「……噓なのか?」

 

 見上げたスーリアを見下ろすアルフォークは器用に片眉を上げた。スーリアは首を少し傾げて見せた。


「本当よ」

「なら、出来るだけ黙っているんだ。わかった?」

  

 アルフォークはスーリアの顔を覗き込んだ。その真剣な眼差しが、自分を心配してくれているのだと感じさせてくれて胸の奥にこそばゆさが広がった。


「うん」


 頷いたスーリアの頭にポンと乗せられた手はとても優しかった。


「スーは女神から花の浄化の力を操る力を受け継いだのか?」

「いいえ。シュウユ様は私に花を育てろとだけ言ったわ」

「他には何も?」

「特には何も」

「そうか……」


 アルフォークは何かを考え込むようにじっと宙を見つめていた。



 ***



 その話をしたとき、ルーエンは驚きのあまりに紅茶のカップを取りこぼし、エクリードは眉間に深い皺を寄せた。


「アル、それって凄いことだ! まやかしじゃ無く、リアちゃんがシュウユに聖なる力を与えられたってことなのだから」


 ルーエンは興奮気味に身を乗り出した。一方、エクリードは眉を寄せたまま難しい顔をしていた。


「つまり、そのスーリアは聖なる乙女と言うことだな?」

「聖なる乙女?」


 聞きなれない単語にアルフォークは訝し気に聞き返した。


「聖なる力を与えられた娘は『聖なる乙女』だろう? 身の安全を確保するために、王宮で保護した方がいいか……」


 エクリードの提案にアルフォークは首を横に振った。


「それはどうかと思います。スーの力はまだ誰にも知られていない。平民の娘を突然王宮で手厚く匿えば、周囲にスーになにか特別な秘密があると知らせるようなもので、かえって危険が増します。不思議な花は殿下の聖魔法の力をルーの魔術式で花に閉じ込めたことにしたほうがいいのではないでしょうか? それに、スーは今の生活を楽しんでいるように見えます。王宮に閉じこめて、笑顔を消したくない」

「それは、魔法騎士団長として言っているのか? それとも一人の男として?」


 真顔で問いかけるエクリードに、アルフォークは少し首を傾げて真っ直ぐに見返した


「無論、魔法騎士団長としてですが?」

「……ならよい」


 エクリードは思案した。このような話は父である国王陛下に話すべきだ。しかし、話し方に気を付けなければならないことは、容易に想像がついた。


「俺から父上には話すが……たしかにあの子は王宮に閉じ込めておいて幸せを感じるタイプではないな」

「殿下はスーに会ったのですか?」


 アルフォークは訝し気にエクリードを見た。


「ああ。以前、花畑で花の世話をしている時に声を掛けた。俺のことを一介の聖魔術師だと勘違いしていて、勤務をさぼって怒られないかと心配していた」


 エクリードは苦笑した。スーリアとは一度しか話したことが無いが、とても楽しそうに花の世話をしていた。少なくとも、王宮に閉じ込めて宝石やドレスを与えておけば満足しているタイプではなさそうに見えた。

 その時、視線を遠くに向けていたルーエンが何かに気づいたように首を伸ばした。


「あ、噂をすれば、リアちゃんが来たよ」


 ルーエンは遠くを見ながら言った。遮像壁は外から内側を見ることは出来ないが、内側から外の様子は確認できる。アルフォークも薬草園の方を見ると、ルーエンの言う通りスーリアがミリーと共にバケツに水を汲んで運んできているところだった。小さな体でバケツを運んでいるので重みでよろよろとしている。


「手伝ってくる」


 アルフォークはさっと席を立って薬草園へ向かった。ルーエンとエクリードがそのまま様子を眺めていると、スーリアとミリーに話しかけたアルフォークは二人のバケツを両手に持って運んでやっていた。その後、スーリアと何か会話を交わしたアルフォークは魔法で花畑と薬草園の水まきを始めた。アルフォークは氷系と水系の魔法が特に得意だ。魔法で雨を降らせてすぐに作業を終わらせると、アルフォークは再びスーリアと何か会話をし始めた。


「二人ともいい笑顔だね」

「そうだな」


 花畑にいるアルフォークとスーリアの姿を見て、頬杖をついていたルーエンとエクリードは口もとを綻ばせた。

 

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