王宮での花づくり

 レッドハットベーカリーでの作業を終えたスーリアは大急ぎで片づけをした。今日は初めて王宮に行き、スーリアに与えられた花畑区画を見に行く予定なのだ。昼過ぎにアルフォークがスーリアを自宅まで迎えに来ると言っていたので、それまでに帰って出かける準備をしなければならない。


「リア。大急ぎでどうしたんだ?」

「今日から王宮にお花を育てに行くの。騎士団長閣下が迎えに来るから早く帰らないと」


 奥でパンを焼いていたリジェルはそれを聞いて少し顔を顰めた。


「あの団長って王女様のお気に入りなんだろ? 王宮に出入りしてる知り合いに聞いた」


 スーリアは片付けをしていた手を止めた。アルフォークが王女殿下のお気に入りだという話は以前にも姉のメリノに聞いたことがある。けれど、話す必要が無かったからかもしれないが、アルフォーク自身から王女殿下の話は聞いたことはなかった。


「そうなの? 私はよくわからないわ」


 スーリアは何となくもやもやする気持ちを抑えてリジェルに微笑んだ。


「リアは王宮に行ったはいいものの、沢山いる上流階級の綺麗なお嬢さま方に圧倒されて落ち込んで帰ってくるんじゃねえか? 特に、王女様は天使みたいな美人らしいぜ?」

「まあ! 酷いわ、リジュ!!」


 スーリアはリジェルの言いように頬を膨らませた。リジェルはケラケラと笑っている。


「落ち込んだら俺が慰めてやるよ」

「必要ありませんよーだ! それじゃあまたね、リジュ。次は明後日くるわ」

 

 スーリアはリジェルにあっかんべーをしてパン屋を後にしたのだった。


 家に帰ったスーリアは部屋でクローゼットを前に思い悩んだ。土をいじって花を育てに行くのだから、汚れてもいい格好で行くべきだ。汚れてもいい格好と言うと、スーリアが普段から花や野菜をいじるときに着るシンプルなワンピースになる。しかし、何となくリジェルの『上流階級の綺麗なお嬢さま方』とか、『天使みたいな美人』と言う言葉が頭をよぎった。

 王宮にはやっぱり綺麗に着飾ったお嬢さま方が沢山いるのだろうか。いつものワンピースで行ったら恥をかくだろうか。その中でも王女様は一番きれいなのだろうか……。そこまで考えてスーリアは頭を振った。


「花を育てに行くのだから、その格好で行くべきよね」


 自分は花を育てるために王宮に呼ばれたのだ。舞踏会に呼ばれた訳では無い。いつものシンプルなワンピースに着替えると、髪も汚れないように一つに纏めてくるりとシンプルにまとめ上げた。



 ***



 馬車で迎えに来たアルフォークに連れられて初めて足を踏み入れた王宮は豪華絢爛な場所だった。リアちゃんの記憶を辿っても王宮を訪れた記憶はおろか近づいた記憶すらなく、本当に人生初のようだ。敷地の入り口には五メートルはありそうな大きな門があり、そこをくぐると更に石畳の道が続いている。門をくぐったにも関わらず、宮殿は遥か遠くに見えた。


「凄く大きいのですね」

「ああ。俺は西の端の魔法騎士団の詰め所に普段はいて、ルーは東の端の魔術研究所にいる。ルーに会いに行くには宮殿を端から端まで歩く必要があるのだが、早歩きでも三十分近くかかるな。一旦宮殿を出て馬を使った方が早いくらいだ」

「三十分!」


 スーリアは驚いて声をあげた。早歩きで三十分かかると言えば、端から端まで三キロくらいあるのだろうか。とんでもない広さだ。


「私が花を育てる場所はどこになるのですか?」

「魔術研究所の薬草園の隣だと聞いている。ルーのいる場所の近くだ」

「アルは遠いの?」


 アルフォークはスーリアの質問に、意表を突かれたような顔をした。スーリアは何の気なしに言ってしまった自らの発言に驚いた。


「俺は反対側なんだ。だが、ルーのところにはよく用事があって行っている。近くに来た時は立ち寄るようにしよう」

「いえっ! どうせ一時間しか居ないですし、お忙しいところ悪いですし」

「俺が行きたいんだ。スーの花には癒される」

「! ……そうですか。ありがとうございます」


 スーリアは頬を赤らめて俯いた。言葉尻がどんどん小さくなってゆく。


 ──花に癒されるって言ったのよ。私に癒される、じゃないのよ? 落ち着け、わたし!


 涼しい顔で隣を歩くアルフォークをチラッと見上げ、スーリアは自らに自惚れるなと喝を入れたのだった。


 アルフォークに案内されたのは王宮の正門から歩いて二十分ほどの場所にある、正面の庭園とは隔離された魔法薬の薬草園の一画だった。薬草園ではルーエンが待っていた。


「リアちゃん、いらっしゃい」

「こんにちは、ルーエンさん。今日からお世話になります」

「いやいや、こっちからお願いしたからいいんだ。リアちゃんの花畑にはこの辺りがいいかと思ったんだけどどうかな?」


 ルーエンは薬草園の端の空き地になっている区画を指さした。スーリアが自宅で管理している花畑の半分程度の広さで、一時間で世話するにはちょうどいい大きさだ。あたりに遮るものもなく、日当たりもよさそうに見えた。


「あと、こちらが薬草園で働くミリーだよ。リアちゃんに物の場所とかを教える指導役を任せてるから困ったことがあったらミリーに聞いてね」


 紹介されたミリーは快活そうな女性だった。年はスーリアよりは少し上に見える。赤茶色の髪を三つ編みにして両側に垂らしていた。


「こんにちは、リアちゃん。よろしくね」


 ミリーはスーリアににこりと微笑んで片手を差し出した。スーリアは紹介されたミリーがいい人そうでホッとした。


「はい。よろしくお願いします」


 挨拶を交わした二人を見て、ルーエンは頷いた。


「じゃあ、あとはミリーが教えるから。アルももう戻っていいよ」

「一時間くらいの予定か?」とアルフォークはスーリアに聞いた。

「初日だし、色々したいので夕方までいます」

「では、後で迎えに来る」


 スーリアはその申し出に驚いた。嬉しいけれど、行きも迎えに来てもらって帰りも送ってもらうのはさすがに悪いと思った。


「いえっ! お忙しい中、悪いです」

「いや、スーにはこちらの我が儘で王宮に来てもらったんだ。気にしなくてよい」

「でも……」


 アルフォークの申し出に渋るスーリアをみて、ルーエンはポンと手を叩いた。


「分かった。じゃあ、作業が終わったらリアちゃんは僕に声を掛けて。アルがいればアルに頼むし、居なかったら僕が転移魔法で送るよ。空間の歪みが発生することもあるし、アルが送れるとも限らないしね。僕も都合が悪かったらリアちゃんは乗合馬車で帰る。これでどう?」

「それなら……」


 スーリアはコクリと頷いた。アルフォークといい、ルーエンといい、とても偉い立場のはずなのに本当に親切でいい人達だ。スーリアは二人に深々と頭を下げたのだった。


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