初恋と野いちごのジャム

 夕食の準備を手伝いながら鼻歌を唄うスーリアを、姉のメリノが不思議そうに眺めた。良く見ると口の端も持ち上がっている。


「スーリアったら、ずいぶんとご機嫌ね?」


 自分では気付いていなかったスーリアは、メリノに思わぬ指摘をされて両頬に熱が集まるのを感じた。


「機嫌いい? そうかな??」

「ええ。すごくよさそうに見えるわ」


 どぎまぎしながら聞き返すスーリアに、メリノは鍋をかき混ぜながら少し微笑んだ。


「リジュのパン屋さんで売ってる花の売れ行きが凄くいいの。それで、花畑が大きくしたでしょ? 段々咲いてきたから嬉しくって」


 スーリアは夕食のサラダをドレッシングとえながら、あかく色づいた両頬を見られないように俯いて答えた。サラダにはレタスにキュウリや人参、ラディッシュ、トマトなどが混ぜられて色とりどりだ。これらは全て自宅の農園で収穫したものだ。

 スーリアが機嫌がいい理由。その一つにはもちろん花畑が広くなった事もある。でも、最大の理由は違うことにスーリアは気付いていた。何故なら、夕食を準備しながらも頭の中は彼のことでいっぱいになっていたから。


 今日のアルフォークは珍しく花に加えて野菜を分けて欲しいと言った。スーリアは自分が手伝っている畑からちょうど食べ頃を迎えたトマトときゅうり、ナスを渡したのだが、アルフォークは食べてくれているだろうか。美味しいと思ってくれたらいいなと思った。


「ああ、それで。私もスーリアの育てた花って凄く綺麗だと思うわ」


 メリノは納得したように笑顔で頷いた。


「ねえ、スーリア。私とスティフの結婚式、よかったらスーリアの花を使いたいの。いいかしら?」

「結婚式? 勿論よ!」


 スーリアは目を輝かせた。メリノとスティフの結婚式は半年後だ。結婚式と言えば、この世界では断トツでバラが人気だ。ちょうど広くなった花畑に植えたばかりのバラの苗がある。スーリアの育てる植物の成長スピードを考えれば、半年もあればしっかりと育つだろう。


「ちょうどバラを植えたから、きっと綺麗に育つわ。楽しみにしてて」

「本当? 嬉しいわ」


 メリノが嬉し恥ずかしそうにはにかんだのを見て、スーリアも嬉しくなってにっこりと微笑んだ。


 夕食後、部屋に戻ったスーリアは机に向かうと頬杖をついた。


 アルフォークは次はいつ会いに来てくれるだろう。今度、忙しいアルフォークでも育てやすい鉢植えをプレゼントしてみようかな。次々に頭に浮かぶのはやっぱり同じ人の顔。


 今日もアルフォークは穏やかに微笑んでスーリアの花談議に耳を傾けてくれた。それに、アルフォークに『スー』と呼ばれた事が、なんだかとても距離が近くなったような気がして堪らなく嬉しい。


「アル……」


 スーリアはまだ呼び慣れないその愛称を小さな声で呟くと、胸の奥に何とも言えないこそばゆさを感じた。急に恥ずかしくなって「きゃあ」と小さい悲鳴を上げて近くにあったクッションを抱きしめ、顔を埋める。じっとしていられなくて足をバタバタとすると、足になにかふわふわしたものを感じた。


「ねえ、ミア。素敵な人だと思うでしょう?」


 スーリアは下を覗き、足もとにいた仔猫のミアの両脇に手を差し込んで視線を合わせるように抱き上げた。ミアはスーリアに返事するように『ミャア』と一つ鳴く。


「やっぱり! 私もとても素敵な人だと思うの。あんな人とお友達になれて私は幸運ね」


 スーリアはミアをぎゅっと抱きしめる。目を閉じると脳裏にアルフォークの優しい眼差しが浮かび、低く耳に心地よい声で『スー』と呼ぶ声が聞こえる気がした。


「うふふっ」


 自然とスーリアの両口の端は持ち上がる。何かが自分の中で芽生えるのを感じる。今日もいい夢が見られそうな気がして、スーリアはベッドの中に潜り込んだ。



 ***


 

 スーリアが気付いたとき、彼女はどこかのキッチンにいた。だだっ広い空間にぽつんとあるキッチン。白を基調としたそれはきちんと整理整頓されてすっきりとした印象だ。グリルの上には片手鍋、作業台には秤、ボール、計量カップなどが並べて置かれている。そして、作業台の傍らにはスーリアと全く同じ見た目の女の子――リアちゃんがいた。


「あれ? リアちゃん??」


 スーリアは目をパチパチとしばたたかせた。今日のリアちゃんは髪と同じくピンク色のフリルが付いたエプロンをしている。そして、スーリアにも色違いのエプロンを差し出してきた。


「えっと……、何か料理でもするの?」


 差し出されたエプロンを受け取っておずおずと尋ねると、リアちゃんはニコッと笑った。


「そろそろ野いちごのジャムが無くなりそうでしょ? あれを作るのは私の役目だったの。記憶はあると思うけど、一応、一緒に作って作り方をしっかり伝授しようと思って」


 リアちゃんは少しだけ首をコテンと横に傾げた。スーリアはリアちゃんから引き継いだ記憶を反芻する。確かに、あの自家製ジャムを作るのはスーリアの役目だ。『倉田恵』時代と同様、今のスーリアは全く料理をしない。せいぜい卵を溶いたり、サラダのドレッシングを混ぜるくらいだ。なので、すっかりと失念していた。


「父さんも母さんも姉さんも、私が作った野いちごのジャムが好きなのよ。しっかりと覚えてね」


 リアちゃんはそう言いながら、てきぱきと作業台に材料を広げてゆく。摘み立ての野いちごはたっぷりと。お砂糖は山盛りに。アクセントのレモン汁は一個分。

 

「ねえ。これって何が何グラムとか、詳しいレシピは無いの?」

「レシピは私の頭の中にあったでしょう??」


 リアちゃんに聞き返されて、スーリアは肩を竦めた。確かにジャムを作った記憶はある。けれど、実際に作ったことが無いスーリアとしては心配なのだ。それに、リアちゃんのジャム作りはいつも目分量だ。


「さっ、煮るわよ」


 リアちゃんがグリルの火を点けたのを見て、スーリアは慌てて鍋を覗き込んだ。


「水の量は?」

「これくらい」


 リアちゃんはグリルの上の片手鍋を指さす。鍋にはひたひたの水が入っている。

 これって鍋によって違うんじゃ? とスーリアは顔を引き攣らせたけれど、リアちゃんはどんどん作業を進めてしまう。


「三回に分けてお砂糖を足してね。時々かき混ぜるの。ぐるぐるぐるって三回半」


 リアちゃんは鍋に砂糖を足すと、木べらでぐるぐるとかき混ぜた。くつくつと煮える野いちごの鍋からは甘ーい香りが漂う。


「はい。やってみて」

「うん。こうかな?」


 木べらと砂糖を渡され、スーリアは先ほどのリアちゃんの真似をして砂糖を入れるとぐるぐるとかき混ぜた。ふと横を見ると、鍋を見つめるリアちゃんの眉が僅かに寄っている。


「ぐるぐるぐるって三回半よ? 今のは三回だったわ」

「え? そうかな?」

「もう一度見てて。こうよ」


 リアちゃんはもう一度木べらでぐるぐるっと鍋の中身をかき混ぜた。スーリアは横で見ていたがちっとも違いがわからない。見よう見真似でやるが、またダメ出しされてしまった。そうこうするうちに野いちごは煮詰まって来てだんだんとジャムらしくなる。


「このくらいの緩さになったら火を止めて冷ますの」

「うん、わかった」


 全ての作業を終えた頃、どこからともなく創造の女神のシュウユが現れた。にこにこしながら鍋を覗きこんでいる。


「あらぁ、美味しそうだわ」

「正確なレシピが無いから、きちんと再現できるか心配だわ」


 調理器具を洗いながら、スーリアは肩を竦めて見せた。


「あら、試行錯誤するから楽しいんじゃない。甘酸っぱい野いちごジャムは初恋の味ね。今の恵ちゃんにぴったり」

「?? なんのこと?」


 怪訝な顔をするスーリアと目が合ったシュウユは楽しそうにうふふっと微笑んだ。スーリアはそんなシュウユをみて首を傾げたのだった。

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