姉のお誘い

 スネークキメラを取りのがしたあの日から何日も経ったこの日、アルフォークはルーデリア王国一の聖魔術師でもあるエクリード殿下及び王国お抱えの筆頭魔術師であるルーエンと共に、再びあの場所を訪れていた。既に何回も来た鬱蒼うっそうと茂る木々の合間を抜けてゆくと、そこは見慣れた草原の広場が広がっている。


「アル、ここかい?」

「ああ、そうだ」


 ルーエンからの問いかけに、アルフォークは頷いた。広場には背の低い草木に覆われ、所々に花が咲き、野いちごが実っている。花は風を受けてさらさらと揺れていた。ルーエンはその広場をぐるりと見渡した。


「うーん、確かに空間の歪みは感じないね。全く感じないどころか、ここは聖魔法をかけたかのような清々しい空気を感じるよ」

「やはりそうか。ルーエンならあるいは何かがわかるとおもったのだが……」


 エクリードは考え込むように顎に手をあてた。


「スネークキメラがどこかに逃げたのかも知れないと思ってあの後も何日も捜索したんだ。人を襲っては大変だからな。だが、どこにも居なかった。やはり、裏の世界に帰ったのか……」


 アルフォークも腕を組んで考え込んだ。開いた空間の歪みから魔獣が迷い込むことは度々ある。しかし、一瞬で戻って空間の歪みが正されるなど聞いたことが無い。


「どうなっている?」


 小さく呟いた疑問に答える者はいない。三人は草原を暫くうろうろしたが、何の収穫もなくその場を後にした。



 ***



 スーリアの日常はとても穏やかだった。朝、小鳥の囀りを聞きながら日が昇るのと同時に目を覚まし、日中は両親の手伝いと大好きな花の世話をしながら過ごす。夜は明りを使うと光属性の魔法石を消費してしまうので、よっぽどのことが無ければすぐに眠りにつく。魔力の込められた魔法石はどれもとても高価なのだ。スーリアの両親と姉は優しく、とても恵まれた生活だった。


 この日もスーリアは父親の農作業を手伝っていた。農園の作物はとてもよく育っており、父親のベンはいつもよりも収穫量が多いと喜んでいた。スーリアはその作物を一つ一つ大切に収穫していく。

 太陽が真上に登る頃、母親のマリアがお昼の準備が出来たと呼びに来たので収穫作業をしていたスーリアと父親は手を止めて一旦自宅に戻ることにした。

 食べ頃を迎えて収穫したての野菜の中で形が悪いものを農作業用の道具を入れるかごに放り入れる。それを背負い、両親と三人並んで家へと向かった。スーリアはこの生活がとても気に入っていた。


 家の扉を開けると、中から食事の良い匂いが漂ってきた。姉のメリノが台所でお昼の準備をしている。


「いい匂いね。姉さん、お昼はなに?」


 美味しそうな匂いに釣られて鍋をかき混ぜる姉の近くに寄る。鍋を覗きこむと、家で育てている野菜を沢山の入れて煮込んだスープがくつくつと煮えていた。


「今日はスーリアの大好きな野菜スープとパンよ。沢山召し上がれ」


 メリノは木のお椀にスープをよそうと、お盆に載せてスーリアに手渡した。スーリアはそれをダイニングテーブルに並べてゆく。全員分の準備をおえると皆で創造の女神であるシュウユ様に祈りを捧げてから食事を頂く。


「スーリア、今日の午後は魔法騎士団の公開訓練があるみたいよ。スティフも出るから私は見に行くつもりだけど、一緒に行く? 前に助けて貰った御礼がしたいって言っていたでしょう?」


 食事中にメリノがスーリアに今日が月に一度だけの公開訓練日であることを教えてくれた。魔法騎士団はその名の通り剣や矢などの通常の武器に加えて魔法を使う騎士団で、王国の騎士団の中でも近衛騎士団と双璧をなすエリート集団らしい。

 空間の歪みが発生した際は王国の聖魔術師達が歪みを正しに行くが、魔法騎士団は必ずそれに同行する。スーリアはあの日、駆けつけた聖魔術師に同行していた魔法騎士団の団員によって発見された。この近くまで運んで来てくれたのは魔法騎士団の団長だという。


「行くなら一緒に行ってあげるわよ。凄い人だから、直接御礼が言えるかはわからないけど」


 魔法騎士団は近衛騎士団と双璧を成すエリート騎士団。当然若い女性達の憧れの的で、いつも公開訓練日はかなりの人だかりになるそうだ。


「うん。行ってみようかな」


 スーリアはメリノの申し出を有難く受けて、午後は魔法騎士団の公開訓練の見学に行くことにした。スネークキメラに襲われたスーリアは魔法騎士に救出された。結局、スーリアの命は助からなかったが、『倉田恵』であった自分が五体満足でスーリアの体を使えているのは彼らのおかげだ。御礼は早くした方がいい。


 スーリアは感謝の気持ちを示すために、自分で育てた花を摘んで花束を作った。今のスーリアにプレゼントできるものはこれしか無いから、一番美しく咲いているものを選んでかつて花屋の手伝いをしていたときの要領で手早く美しい花束にした。自画自賛だが、自分で育てた花だけを使って即興で作ったにしては出来上がりはなかなか上々だと思う。喜んでもらえるとといいな、とスーリアは思った。



 ***



 公開訓練が見れると姉のメリノに連れられて行った訓練場で、スーリアはまわりの熱気に圧倒された。


「本当に凄い人出なのね」


 開放された訓練場の周りにはぎっしりと人垣が出来ていた。男性もたくさん居るが、圧倒的に若い女性が多い。前は既にいっぱいだったので、メリノとスーリアは最前列からは少し離れた階段になっている席で見物する事にした。


 訓練場には全身をプレートアーマーのような物で覆われた体格の良い男性騎士達が並んでいた。どうやらこれから対戦形式の訓練試合を行うようで、中央に二人の騎士が出てきてお互いに向き合っていた。判定員の騎士が合図をするのと同時に二人は剣の打ち合いを始めた。


 魔法騎士団と言うからには魔法で戦うと思っていたスーリアは少し拍子抜けした。カキン、カキンと剣を打ち合う二人は確かに迫力満点だが、普通の騎士と違いは無いように見えた。

 と、その時、一方の騎士を竜巻のようなものが覆い、あたりは晴天なのに突然竜巻に覆われた騎士めがけて雷が落ちた。スーリアは危ない! と叫びそうになったが、よく見ると攻撃された騎士の周りにドーム状の覆いが現れて雷は騎士に届いていなかった。


「凄いわ」


 生まれて初めて見る魔法の戦いに息を飲む。結局、勝負はその後の剣の打ち合いにより先程雷で攻撃を受けた側の騎士が勝利したようだった。

 試合が終わり、二人の騎士が頭を覆っていた兜を外すと、あたりからは割れんばかりの拍手と歓声が上がった。遠目に見ると一人は淡い紫色の髪をしていて、もう一人は濃いグレーの髪をしているのがわかった。この世界の人たちは色彩がとても鮮やかだ。二人の騎士がお互いの健闘を讃えて握手を交わすと更に歓声は大きくなった。


 試合は騎士団の中でも序列順に行うようで、最初の試合でも凄いと思ったのに、後半の試合はまさに凄まじかった。雷や炎、氷の攻撃などが繰り広げられて息をつく暇も無いほどだ。最後の試合が終わって騎士二人が兜を外すと、会場の拍手と歓声は最高潮に達した。


「あの人がスーリアを見つけて運んでくれた人よ。ほら、あの水色の髪の人。若いのに王都の魔法騎士団の団長さんなんですって」


 最後に試合した騎士二人を見ながら、姉のメリノがそっと耳打ちしてきた。訓練場に目をやると、確かに淡い水色の髪の青年がいた。まわりの騎士とは違い、一人だけプレートアーマーに刻印のようなマークが付いているのであれが団長の証なのかもしれない。


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