龍舞

葵神 鳥

第1話 契約

______2000年 東京都______

あぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ。

まだ少し肌寒さの残る春のこと。都内の病院で元気な男の子が誕生した。

「元気な男の子ですよ〜。」

助産師さんが優しい声で言った。

大きな声で泣く、その小さな男の子は助産師さんから母親の元へ優しく受け渡された。

「よかった、元気に生まれてきてくれて。がんばってよかった。」

泣きながら小さな男の子に声をかけている姿が微笑ましかった。2人ともが落ち着いて眠りについたようだった。父親はそっと寄り添った。この空間を壊すまいと助産師さんも席を外した。

この明るい幸せな光景はずっと続いていくのだろう。

そんな思いとは裏腹にその光景は一瞬で崩れていく。


コンコン。


なにか心に突き刺さるような冷たいノックをする音が4回響いた。

「はい、どちらさまですか?」

何も知らない父親がドアの方へ近づくと、それを開けようとする前に扉の向こう側からドアを開けた。そしてこう、通達した。

「お取り込み中失礼致します。突然ですが、御家族様にお知らせがございます。」

とてもお祝いに来たようには見えない容姿で無表情のまま話した。もちろん知り合いでもなく、母親も産後の疲れから眠っていたこともあり、引き返してもらおうと思った。

「失礼ですが、どちらさまですか?できれば後日にでも改めて頂けると有難いのですが...。」

落ち着いた声でこう言った。すると、何か思い出したように少し表情を崩してこう言い返された。

「これは失礼致しました。申し遅れました私達は国に仕え、国からの命令の元こちらへお伺いしました人類動物共存保護環境省の者です。」

人類動物共存保護環境省!?!?!?

少し戸惑ったがすぐに思い出した。それは半年ほど前、大きなニュースとなった選挙があった。


人類動物共存保護環境省設立選挙


20世紀頃から動物の絶滅が絶えず、国の問題となっていた。そして、この21世紀になると同時に新しい法律を設置する案がでていたのである。主に絶滅危惧種や絶滅動物の保護・復活を目的に人間に共存させ、新しい生存法を見出す目的である。この設置に動物愛好家の集団決起などもあり、大方の予想を覆す可決案となったのだ。しかし、選挙には不参加組であった両親にとっては決して身近なことと感じていなかった。


「それで、息子さんを1日お預りしに参上した次第です。」

衝撃の通達に頭が真っ白になった。母親は相変わらず眠っていた。しかし、わざわざ起こして聞くまでもなく答えは決まっていた。

「申し訳ないが、承諾できない。産まれたばかりの赤ちゃんだぞ!?それに、そんなのうちの子でなくてもいいだろう!」

少し強い口調で言い返した。そりゃ当然だろ。どこの親だって産まれたての赤ちゃんに危険な真似はさせたくない。それに絶滅危惧動物を共存させられるなんてもってのほかだ。

「これは国で決められ、正式な判断が下されたのです。意志にそぐわないかもしれませんが、決定事項ですので。」

なんの感情もなく言い放たれたその言葉に苛立ちがうまれた。よし、力づくで追い払おう。しかし、そう思い立ったのも一瞬で国に仕える者はポケットからなにかカプセルのようなものを取り出した。

「こうなると仕方ないですね。明日にはお返ししますので。」

そう言われてからの記憶はなく完全に負けてしまった。

目が覚めたとき、母親は泣いていた。おそらく全てを知ってしまったのだろう。父親はなにも声をかけることができなかった。この10数時間後、何も無かったように小さな男の子は帰ってきた。


______同じ日の徳島県______

産まれる前から通達があった。家族無理心中を図ろうともした。けど、結局は生きる道を選んだ。第1号者は男女1人ずつと国で定められていた。その日産まれる予定の女の子は、すでに選ばれし者だった。かといって共存することによってどのような事が起こるかも分からず、本当に研究を目的にしている。年に1回の検査さえ受ければ他の人と何も違わない生活を送れる。18歳になるときに何も変化がなければ、それは失敗だということだけがわかっている。

そして、女の子は予定通りに産まれ国に一時的に受け渡された。あの小さな男の子と同様に、何も無かったように帰された。

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