こってり中華チャーシュー秋の陣

吉行イナ

1、鳴る陣太鼓もとい腹の虫

2018年10月16日午前10時55分。

俺はとある書店にて時間を潰し終えていた。その30分ほど前には冬服を買い求めにしまむらに行き手早く暖かそうなパーカーを選ぶと会計を済ませ腹が鳴った。

唐突なぐぎゅぅうぅう… 絵に描いたよな腹の虫。秋スズムシもたいそうびっくりしたそうな。

そんなこんなで帰りがけになにかいい本はないかと行きつけの書店に行くとそれまた行きつけとは言えないラーメン屋を思い出した。外食の予定はなかったのですが人間様は腹の虫のご機嫌を損ねたら生きていけないのです。

その書店に入ったのは10時25分ほどのことでその時点でラーメンを食べる決意を確定させた。しかしながら開店まであと30分ほどの猶予があることに気づいた。

これは好機とばかりに本を選ぶには短すぎる30分という限られた時間で面白そうな本を見つけた。東海林さだお氏の「メンチカツの丸かじり」と谷崎潤一郎マゾヒズム小説集。時間をただ費やすという時間の中でこれだという出会いをできたのはこの上ない幸運で腹を満たす前に妙な満足感を得られた。

その上、これから「こってり中華チャーシュー」を食すというのだからなんとも幸せ過ぎてどうにかなってしまうかもしれない。

しまむら 行きつけの書店 かの店(店名は何かとご迷惑をおかけしてはいけないのでNGとする) は

ショッピングモール敷地の中にあるテナントなので移動には5分とかからない。

ラーメン店に10時59分には到着し誰も待たない入口の前で気恥ずかしい1分を過ごした。この町で「こってり中華チャーシュー」に対して特別な想いを抱いている男は俺を除いてそうそうおるまいて。こてやん いま会いに行きます。(こってり中華チャーシューと呼称し続けるのは他人行儀なので心の中では「こてやん」と呼ぶことにした。)

がちゃり。「お待たせいたしました。いらっしゃいませ」女性店員が11時ちょうどを知らせてくれたのを同時に店内へと導かれる。1番乗り、俺だけが接客を受けているそんな愉悦感の中でカウンターの1番左の席を選ぶと肩掛けバッグを足元におろしイスに腰を下ろした。

メニュー表を開き品物を選ぶ素振りをする。そういった奥ゆかしさはラーメンを楽しむものとしては儀礼的な所作なのだ。

もちろん心の内はすでに決まっているのだけれどメニューも見ずにこてやんを指名するのは「お前しか瞳に映らないのだ」と告白しているようにも思えて気恥ずかしいではないか。

2分ほどメニューをパラパラとめくり告白の決意を固めると店員を呼び注文をした。

「こってり中華チャーシューと餃子3個入を一皿」

「こってり中華チャーシュー麺と特性餃子3個入を一皿ですね!半ライスは無料でご提供させていただいておりますがいかがでしょうか?…はい!かしこまりました!少々お待ちくださいませ!」

店員は気持ちのいいハリのある声で注文を繰り返し持ち場へ戻った。

半ライスは断った。こてやんは半と言えど白飯とかけ合わせられるほど容易な存在ではない。我を悩ます小憎らしいやつでもあるのだ。

ラーメンの調理が済むまで先ほど買った本を読もうと思ったがやめておいた。

なにかの拍子で本にシミや汚れが移っては気分も台無しになるというもので

その間、こてやんがお目見えするであろう数分間をこってり中華チャーシュー春の陣と夏の陣に思いを馳せることとした。

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