第28話 張り込みにはアンパンだが、異世界には無い

 マコトは変装してヒダカの家の近くに来たものの、張り込みする方法を考えあぐねていた。


「仏教なら托鉢のふりをして街頭に立てばまあ、体裁は取れるが、フロルディアの神職には托鉢なんてシステムないよなあ」


 変装に使えそうな服を引っ掴んで着替えたはいいが、不自然に見えない張り込みはどうすればいいのだろう。悩んで何往復も同じ道を行ったり来たりしているが、この恰好でうろうろしている者は皆無だ。そろそろ怪しまれるかもしれないし、衛兵に通報されるのも厄介だ。


「服装のチョイスを間違えたかもしれない……」


「そんな事だろうと思った」


 聞き覚えがある声がしたので、振り返ると袋を持ったチヒロが立っていた。服装もローブではなく、一般的な町娘の恰好でいる。


「ち、チヒロ?!」


「執務室へ戻ったら、魔導師のローブはないわ、ブルーノ様に聞いたら張り込みすると飛び出したというから来てみたら、案の定だわ。そんな目立つ恰好でうろうろしていたら、張り込みしてるのバレバレよ。とりあえず、こっちの路地裏へ来なさい」


「お、おい!」


 強めに引っ張られて路地裏に連れ込まれる。


「ほら、寒いだろうけどこれに着替えて」


「こ、これか?!」


「大丈夫、この街に来た劇団から急いで借りてきたものだから清潔な方よ。この辺りで路上をうろうろできるのはこれが一番よ。ほら早く。そっぽ向くからさっさと着替えなさい」




「よし、これで顔に泥を塗って汚せばOKよ」


「うう、ってお前がいるなら変身魔法でいいじゃんかよ」


「うーん、まだ大阪のおばちゃん以外のバリエーションが無いのよ。あれは聞き込みに向いても張り込みには向かないわ」


「なんでホームレスの恰好なんだよぉ……」


 不満げにマコトがぼやくとチヒロはわかってないという顔をして、説明を始めた。


「甘いわね、マコト。張り込みがてら、この辺りを縄張りにしているホームレスから聞き込みなさい。彼らはいろいろな家に食べ物をもらっている。つまり、ヒダカの家にも食べ物を貰いに行っているはずだから、召使とも顔なじみのはずだし、裏の事情を知っているはずだわ」


「そうか、そういう視点か!」


「そ! じゃ、あたしはこの荷物を引き上げるから、頑張ってね」


「え、引き上げる??」


「そうよ、女性にはリスク高いもの。それにこの町娘とホームレスという組み合わせじゃ不自然だし、聞き込みも張り込みもできないでしょ。じゃ、寒いから引き上げるわ」


 確かにそうではあるが、こないだの変身の件といい、今回の恰好の件といい、なんか恨みでもかっているのだろうかと思わないでもない。


「あ、そうそう」


 去り際にチヒロが振り向いた。


「なんだ?」


「さっきのカフェでの私の言葉、聞こえた?」


 そいうえば、祖母にブランシュのことを誤解された時、チヒロが小声で「そうならいいのに」とかなんとか言っていた気がする。


「なんか言ってたな。そうならいいのにとかなんとか」


「それ、誰かに話したら殺すからな」


 ものすごい顔で睨んでくる。どこからか『ゴゴゴゴゴ』と擬音が聞こえてきそうな勢いだ。


「え? ええ?」


「じゃ、聞き込み頑張ってね!」


「は、はい」


 あの発言は聞いてはいけないものだったのか、話したら自分はどうなってしまうのか、なんだか恐ろしいが、とりあえず考えるのは後にしよう。まずは聞き込みだ。


「よし、昨晩はタブレットの中のガラ〇の仮面を読んでいたから、それを元になりきるんだっ! 俺は今からマヤになるっ!」


 うろうろしていると、同じようなホームレスが座っているのを見つけた。


「あのー、すみません」


「あん? 見かけない顔だな、兄ちゃん」


「ああ、流れ着いたばかりなんで、この辺りを教えてほしいんだ。あ、いや、縄張りあるなら荒らすつもりはねえ! それならさっさと他行くから!」


「あん? 兄ちゃん、俺達の仲間に化けるならもっとうまくやれよ」


 マコトはギクリとした。なんで見破られたのだろう。


「なんでと思ってるなら教えてやるよ。あんたの体からは匂いがしないんだよ。綺麗すぎる」


「う……」


「それに、そんなに下手したてに出る乞〇はいねえ。俺達も生活かかっているからな。あんたのような若いやつは多少喧嘩しても縄張りに侵入してくる。優しい性格があだになったな」


 甘かった、ガラ〇の仮面読んだくらいでは化けきれなかった。ここはある程度は手の内を明かしたほうが良い。それで情報を得られなければ、また別の方法を探すしかない。


「すまん、白状するよ。俺は探偵で、そこの元勇者の家の人間の浮気調査をしているんだ。でも、執事も召使いも口が堅くてな。張り込み前に何かないかとあんたに聞いたわけだ」


「ああ、あのヒダカという奴か。俺らの間では有名だね。あそこは奥さん住んでないよ」


 やはりそうなのか。


「住んでいるのは黒い髪の派手な女だったな。冒険者時代の仲間とか聞いたぜ」


「そいつはいつから住んでいる?」


「もうずっとだよ。二年前くらいかな? あの家に住人が引っ越してきた時は俺達はあれが夫婦だと思っていた。しかし、残り物もらうときさ、下男とちょっとは話するじゃないか。そうしたらさ、『ここにいるのは奥さんじゃなく、実は愛人なんだぜ』とこぼしてきたのよ。他の使用人も同じことを言ってたな」


「それで、奥さんはどこにいるんだ?」


「実家にいるらしいけど、領主の娘とかいう噂だからなのかね。恥だと感じて隠れて暮らしているらしいよ。こっちは愛人とイチャイチャしてるのにな」


「わかった。それと報告書にあんたの名前と年齢を書きたいから聞いてもいいか?」


「え? ああ、おらあ、セドリックというんだ。三十五歳だ」


「ありがとう! ちょっと役所だから謝礼は出せないけど、教会のカフェに来たら個人的におごるよ。じゃあな!」


「え?? 教会? 役所? あんた探偵じゃないのか?」


 ぽかーんとするセドリックを尻目にマコトは教会へ走り出していた。

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