第4話 同じ世界から来た人達
「どうぞ、こちらへ。お部屋の支度に少し時間をいただくから、食事を先に済ませておいた方がいいわ。ここは昼間は教会が開いているカフェなの、何か無いか少し見繕うわ」
チヒロはそう言うと、真達を召喚の間から食堂と思われる所へ案内した。先ほどの召喚の間より広く、確かに店舗のようだが、今は真達しかいない。
「君、チヒロって名前からして日本人?」
真は椅子に腰かけながら、気になっていたことをカウンター越しのチヒロに尋ねた。
「改めて自己紹介するわ。私はチヒロ・クリスティーン・カウフマンと言います。あなた達と同じ世界から来たのだけど、私はお父さんがドイツ人で、お母さんが日本人なの」
「あ、なるほど、だからチヒロなのか」
言われてみれば、黒髪に黒い目と日本人っぽい顔つきだけど、どことなく彫りが深く、いかにもハーフという顔付きだ。話しているのはドイツ語なのだろうけど、恐らく異世界言語の変換魔法なんかがかかっているのだろう。すんなりと会話ができる。
「チヒロで異世界というと、日本の映画を思い出すな」
「その映画なら知ってるわ。ドイツでも公開されたから」
「あの映画も主人公が異世界へ言ってしまうよね」
「そう。私もそんな名前だからかしらね、同じように異世界へ来てしまったわ」
「偶然だね。でも、あの映画は冒険の末に元の世界へ帰るよね」
「う、うん、まあね。私はこの世界の魔法とか魅力的だったし、私にも魔力があったからアレクサンドル様やブルーノ様のところでいろいろ学んでいてね。お二人は上司や同僚でもあり、同時に師匠でもあるの」
チヒロはちょっと気まずそうにお茶を濁した。あまり触れたくない部分かもしれない。まあ、あれだけのドジをやらかしたのだから、魔導師として他にもやらかしているかもしれないから無理もない。
「真、あまりお嬢さんに根掘り葉掘り聞くのは失礼ですよ」
ぴしゃりと環に窘められて真はちょっとばつが悪くなった。他にもいつからここにいるのか、ここがどんな世界なのか聞きたかったが、そうしているうちに夕食が運ばれてきた。
とりあえず食事が先だ。異世界のことは情報は古いだろうが、後で祖母から聞けばいい。食事はパンとスープという質素なものに思えたが、パンは香ばしく焼き上がっており、スープも肉や野菜がふんだんに入っているものであった。中世っぽい異世界だが、食事は豊かそうだ。
少し遅れて、老人がカフェに入ってきた。
「どうも。今回は大変でしたな。まあ、元の世界に比べて量が足りないでしょうから、急拵えですが、少しばかり追加を作ります」
「あ、こりゃどうも」
「おじいちゃん、部屋の支度は終わったの?」
チヒロがおじいちゃんと呼び掛けたことから、チヒロの身内なのだろうか?
「ああ、普段から手入れしてあるから、カバーを変えるだけで済んだ。ところで、異世界からのお客さんだというから、追加で芋を倉庫から持ってきたぞ。どこの国の人かわからないが、フライドポテトなら万国共通だと思うから、揚げようかと思う」
「そんなこと、私がやるのに」
「いいんじゃよ、昼間の延長と思えば」
真と環達が二人を交互に眺めていることに気づいた老人が挨拶をしてきた。
「おお、失礼しました。わしの名はフィリックス・カウフマン。チヒロの祖父でございます。周りからはフィルじいさんと呼ばれてます。訳あって孫とこちらに来ましてからは、昼間は教会が経営しているここのカフェ、他の時間はいろいろ雑用もこなしております」
「あ、どうもご丁寧に。俺はマコト……小田真、こちらは祖母の環です。共に日本人です」
「初めまして。昔、こちらにお世話になりましたわ。タマキ・エトウと言った方が通じますかね」
「おお、チヒロの母と同じ日本人ですな。それにタマキさんならば有名です。あなたのおかげで飢饉が劇的に減り、疫病もなくなって生活が豊かになったと。そうですか、あなたがそうでしたか」
ここでもばあちゃんは有名らしい。どれだけのことをやってのけたのだろう。それに、祖父ということはこの人も孫と一緒に転移してきたのか。
「あれから数十年経ったはずですから、こちらも変わったのでしょうね」
「そうですな、わしが知っている限りではタマキさんのおかげで農業国となり、各国へ穀物や乾物などを輸出しているそうですぞ」
それはすごい。輸出ができるということはそれだけ農作物が沢山採れるということだ。
「あとは、そうですな。インフラがずいぶん整ったと聞いています。各地に井戸ができ、水道も整えたと。タマキさんの教訓で異世界人からずいぶんと技術を学ぶようになったそうです。この芋もジャガイモ農家の人を召喚して増やしたとか」
普段からは想像もつかない意外な一面に真が感嘆の眼差しで見つめていたら、環が気づいたらしく、手を振りながら謙遜した。
「そんな大したことじゃないわよ。最初は戦闘スキルが全く無くて、勇者としては使い物にならないと烙印押されてね。でも、呼んだからには仕方ないと、年が近いマリエル様の遊び相手がてら庭師のお仕事を手伝ってたのよ。
そしたら花か綺麗に咲くようになったとか周りが騒ぎだして。私はコックさんに頼んで生ゴミを一ヶ所に集めて堆肥を作ってただけなんだけどね」
環は謙遜するように話すが、フィルじいさんは首を振り、話を否定する。
「いやいや、それがきっかけで農業改革が始まったと聞いておりますぞ」
「とぉんでもない! 他にもトイレの概念がなくて部屋の隅にある壺で用を足すのがどうしても嫌で、庭の隅に簡易トイレを作ってもらったら、その周囲も急に花の育ちが良くなったとか騒ぎ出して。結局は肥を作ったり、有機農業を教える羽目になったわ。あらやだ、食事中なのにごめんなさい」
そうだ、食事中だった。肥とかなんだかな。
「まあ、おかけで、食事は豊かですし、わしらの主食がこちらの世界にもあるのはありがたいことです」
「そうですわね、ドイツはジャガイモが主食ですからね」
国籍が違うとはいえ、同じ世界から来た人がいるという事実は少しだけ安心できた。そのおかげか、彼らと語らいながら和やかに食事を取ることができた。
二人から聞くとやはり、このフロルディア王国は典型的なファンタジーな異世界だが、祖母の農業改革のおかげで食糧事情はとても良いようだ。
他にもチヒロのように魔導師がいたり、ドラゴンやワイバーンなどがいるのが、異世界らしい。ただ、最近法律が改正されて異世界召喚に制限がかかり、今回のも王の許可を得て行った数少ない正式な召喚だったということだ。
食事を終えて、宿泊室へ案内された真達はとりあえず、寝る支度を始めた。昔の話だがと前置きされたが、祖母が言うには、風呂は銭湯があるとのことだが、朝早くの営業のためもう閉まっているはずということだった。
「そうだ、ばあちゃん。俺の忘れ物ってなんだったの?」
寝る前に真は気になっていたことを聞いた。祖母がわざわざ届けに来るようなものを忘れた覚えはない。
「ああ、そうそう、これこれ。よかった、壊れていないわね。
けど、異世界ではネットや電気なんて無いから使えないわね」
環は手提げ袋から、タブレット端末を取り出した。
「忘れたら困るのじゃないかと思ったけど、ここでは無用の長物ね」
「……ばあちゃん、それ、電子書籍リーダーだよ。家で使う専用にしているやつだから、持ってこなくても良かったのに」
真はがっかりした。祖母の勘違いとチヒロの勘違いが重なって、自分はこんなところへ飛ばされたのか。なんという不運だ。
「あと、充電器を抜くとまずいかと思ったから繋げたままよ」
「あ、それ、買ったばかりのソーラー充電器だよ。むちゃくちゃ効率悪いから少しでも充電できるかと思って、日当たりのいい仏間に置いていたのだけどな。とりあえず俺が持ってるよ」
受け取りながら真は考えた。電子書籍はオフラインでも読める。バッテリーはスマホより消耗が少ないし、ソーラー充電器があるのなら、当分は読める。もしも帰れなくなったとしても退屈はしのげそうだ。連載物は続きが読めないけど、アンリミテッド会員なのもあって小説は沢山ダウンロードしてあるし、端末の中には積ん読状態の本や漫画がたくさんあるから、一気に読むいい機会かもしれない。
「あ、でも、戻った時にブランク空いては困るから仕事の本も読まないとならないか」
「ちょっと操作したけど、その漫画のエルフって皆おっぱいが大きいわねえ。でも、 こちらのエルフさんは胸は小さいし、滅多に会えないわよ。残念ね、真」
「ばあちゃんっ! だから人の端末いじるなよっ!」
「いいじゃないの、減るものじゃないし、本の貸し借りはよくあることじゃないの?」
「いや、紙の本と電子はまた、ちょっと……えーと。いいや、もう寝る! おやすみなさい」
これ以上考えても仕方ないので、真は寝ることにした。
(俺、いや、俺達はどうなってしまうのだろう?)
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