温かな背中

花岡 柊

第1話 境界線

 ツツジの隣に紫陽花が咲いていた。なんとなく湿気を含んだ空気に、ああ梅雨がやってくるのかと紫陽花の前で立ち止まる。ツツジはまだまだ綺麗な濃いピンク色をしていて、花も綺麗に咲いているから、紫陽花が隣で水色を広げている様は、そこに縦一本の境界線を引かれてでもいるみたいだった。

 ここから左が五月で、ここから右が六月だからね。誰かがそう念を押してでもいるみたいに、境目は綺麗に割れていた。


 地平線と水平線が同時に見える小さな町に住んでいた。都会では絶対にありえない風景だと気がついたのは、東京に出てきて何年も過ぎてからだった。周囲から聞こえてくる自然についてのあれやこれやは、私の耳を常に素通りしていたからだ。

 自然の空気は美味しいだとか。空が澄んでいて高いだとか。たくさんの星空は、降って来そうなほどだとか。海の水が透き通っているとか。聞こえてくる全てが当たり前すぎる日常だったから、気に留めることもなかった。

 そもそも、本屋もコンビニもバスで三十分以上も揺られなければ無いようなところから東京へ出てきているのだから、田舎にない情報を吸収するだけで精一杯だったのかもしれない。

 羨むような傍から聞こえてくる田舎あるあるには、これっぽっちの興味もなければ、自慢できることだとも思っていなかった。

 寧ろ、電車の乗り方やクレープやポップコーンの種類。カフェのコーヒーや流行のファッション。ラーメン屋の多さに夢の国の煌びやかさ。そんなものにだけ、目も耳も心も反応していた。

 毎日はただ目まぐるしく忙しく、いろんなことに気がつかないまま通り過ぎていった。

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