第21話 襲撃

 新しい隠れ家はマンションの二階の角部屋。二階ならベランダからでも玄関側からでも飛び降りられない高さではないし、階段が二か所にあるのも確認済みだ。とはいえ、長居するつもりも無いので襲撃されない限りは特に目立つ行動をするつもりもない。


「やぁ、大将。久方ぶりだね。何やら大変なことになっているようだが、詳しくは聞かないよ。それで、何をお求めかな?」


 ここは何も入っていないはずのテナントビルで、目の前にいるのは情報屋兼移動式武器屋の男なのだが――そうか。少なくともそのレベルでは話が広まっているということだな。


「武器は伝えておいた物を。それと、情報も欲しい」


「はいはい、お望みの物を用意しておりますよ。それにしても酔狂な買いもんですな。まさか伝説的な大将が、まさかこんな――殺傷力がほぼ皆無な武器をお望みとは」


「少し思うところがあってな。普段とは違う物を用意してくれたんだ。代金は上乗せしておくよ」


「そりゃあ、有り難い。そんじゃあ、確認がてら説明をしていきましょうかね。とは言っても、量もなければ種類もありゃあしないのですが。まずはこちら。海外の警備員などが使っている犯人制圧用のテーザー銃です。尖端は防弾チョッキでも貫通するようにちょこっとだけ細工をしてあります。上手く命中さえすれば、あとは電流を流せば相手は失神します」


 制圧用ってところが良い。殺すことが前提ではない銃なんて、滅多にないからな。


「次にこちら。ゴム弾と、それ専用に銃を――拳銃二丁と、小銃を一丁です」


「専用、とは?」


「持っていただければわかると思いますが、弾倉を抜いたときと入れたときの重さが、基本的な銃の重さと同じになるように作られています。つまり、より違和感の無い状態で撃てる、と。ちなみに、まだ表に出回っていない代物ですよ」


 弾倉を抜き、再び差し込み、また抜く。


「うん、確かに良いな。弾の性能は?」


「基本的に貫通はしません。ですが、当たり所によっては骨折や脱臼も有り得ます。打ち所が悪ければ失神や出血も。報告によると弾の威力は鈍器で殴られる程度だったり、千倍に強くした静電気を受けたような感覚、と言われています」


「要は、余程接射で狙いどころさえ間違えなければ相手を殺すことはないということだな?」


「ということですな。その弾を弾倉五百発ほど用意してありますので、どうぞ。加えてこちらからのオマケもいくつか見繕っておきましたので、常連のギフトとして持っていってください」


「そうか。助かる」


 受け取った物を全てボストンバッグへと詰め込んで、二つの弾倉と一丁の拳銃だけは懐に仕舞い込んだ。


「して、あとは情報についてですが?」


「ああ、いくつかあるんだが……とりあえず、亡霊部隊についての情報は入っているか?」


「亡霊部隊、ですか。その部隊かどうかはわかりませんが、現在国内で極秘部隊が動いているという話はあります。それも暗殺や諜報任務では無く、です」


 極秘の部隊が動いているとなれば、確かにキナ臭い任務であることが常であり、むしろそれ以外の場合が異質なのだ。


 おそらく、こいつは今の俺の立ち位置をなんとなく理解している。だからこそオブラートに包んだ言い方をした。まぁ、そうでなくても亡霊部隊が存在しているということを知っていると言うはずがない。第三者がそれを口にしてしまえば、それは最早亡霊ではなくなってしまうからだ。


「任務については知らないのか?」


「ええ、詳しいことまでは。まぁ、いくつかの断片的な情報を組み立てて推測することも出来ますが、それは私の流儀じゃあないんでね」


 それをわかっているから、こいつにしたんだ。無駄に勘繰ってこないから。


 しかし、つまりは少なくとも状況の推測を済ませている情報屋が数人はいるということ。そうであれば、最初に狙うのはまず間違いなく少女だろう。厄介この上ない状況であることに違いないが、実際には素人が何人束になって来ようが問題は無い。やはり一番に面倒なのは亡霊部隊だ。


 少女を守りながら、裏切者である俺を殺そうとする部隊もどうにかしなければならない、か。……本当に、どうしてこんな事に関わってしまったのか。碌な死に方は出来ないと思っていたが、そこに信念があるだけマシだと思うべきだな。


「じゃあ、何か新しい情報が入ったらすぐに教えてくれ」


「あいあい、お任せください。ああ、それなら一つ不確定な噂話がありますが」


「噂話? 情報ではなく、か?」


「ええ。まだ情報と呼べるほどの確度はありませんが、近々国内の警察と自衛隊に大きな動きがあるのではないかと情報屋が躍起になって政府を探っています」


「出所は?」


「不明。しかし、何人もの情報屋が政府の役人を突いているのは確かです。その線も探るのであれば、私も動きますが?」


 警察と自衛隊か。亡霊である俺たちが動かされているところに公の組織を関与させるわけがないと思うから別の案件だという推測が的確だろうが、気にはなる。


「そうだな。じゃあ、あまり深く潜らない程度で調べてくれ。常に連絡は取れるように」


「了解、大将。では――良き戦争を」


 ボストンバッグを担いでビルを出たところで、携帯が震え出した。


 どうやら仕掛けていた罠に掛かった馬鹿が居たらしい。携帯の画面を映像に切り替えると、映し出された部屋の中には三人の男が倒れていた。


 マンションの二階にある隠れ家――とは反対の角にある部屋の鍵を開けて中に入ると、未だに倒れて気を失っている男たちの真ん中にはスタングレネードが落ちていた。とりあえずは二人の手足を縛り、口にも布を縛り付けた。残った一番高そうな靴を履いていた男を椅子に座らせて、同じように手足と体を固定すると、目を覚まさせるために軽く頭を叩いた。


 狭い部屋の中、至近距離で抵抗なくスタングレネードを食らえば気を失うとは言われていたが、実際はグレネードを見つけた瞬間に耳を塞いだり目を閉じたりするから、そうなることは無いと思っていたのだが……余程の下っ端が来たのか、ただの無知か。


「ん……クソッ……何が」


「よう、起きたか。いくつか質問がある。正直に答えれば――」


「んだテメェ! 質問だとぉ? ボケが! さっさと外せコラァ! 俺らにこんなことしてタダで済むと思うなよ!? テメェの身内共どっ、も!」


 こういう輩は口で言っても効かないことは知っているから、物理的にその口元を鷲掴みにして黙らせた。


「お前が誰かは知らん。だが、状況を見ろ。目の前に居る脅している相手は、動けないお前に向かっていつでも引鉄を引ける男だぞ? 選べ。質問に答えるか、こんな下っ端染みた仕事で最後を迎えるか」


「んっ――ふっ」


 顔面を掴まれながらも何度も頷いた男を見て、漸くその手を放した。


「よし。じゃあ、答えろ。正直、お前らのボスについてなんざどうでもいい。それよりも知りたいのは、何と言われて、何が目的でここに来たのか、だ。一字一句漏らさずに教えろ」


「っ……詳しいことは知らない。だが、少なくとも俺は何かを盗み出すんだと聞いた」


「その何か、とは?」


「知らない」


「嘘を吐くな」


 銃口を眉間に突き付けると、男は目を瞑って震え出した。


「本当だ! 本当に何も知らない! 何も聞かされていないんだ! ボスからはこの部屋に置かれている大事そうな――重要そうな物を盗って来いと言われている!」


「……嘘だな」


 わざと音が聞こえる様に撃鉄を起こした。


「ううう、嘘じゃない! まさか、あんたみたいなのがその重要そうな物を守っているとは知らなかったんだ! だから、ナイフの一本も持たずにやって来た! 盗むだけにしては割の良い仕事だと思ったんだよ!」


「……わかった。信じよう」


 撃鉄を戻し、拳銃を仕舞った。ホッとしたように肩を落とした男を見て、取り出したガムテープでその口を塞ぎ、勢いよく椅子を倒した。


 馴染みの情報屋に会う前、いくつかの口の軽い他の情報屋に情報を流した結果がこれだ。


『政府の極秘部隊が探している物はここにある』


 そんな信憑性も無い話を聞いて、半信半疑でも行動を起こす組織はある。が、物が人だとは気が付いていないし、俺が居ることも知られていない。それはまだ有利な点ではあるが、いずれは知られることになるだろう。そうなれば、こうもあっさりと倒せる相手だけでは無くなる。


 しかし――それにしても行動が早い。それだけ有用な情報だと思われているということだが……ここも早いところ移動したほうが良さそうだな。


「ただいま」


 部屋の中に入ると、先程まで同じマンションの中で自分を狙った荒くれ共が俺に倒されていたことなど露知らぬ少女が食い入るようにテレビを凝視していた。


「テレビを見るのはいいが、適度に休憩を挟めよ。疲れるぞ」


 言いながらベッドの上に腰を下ろしてボストンバッグの中身を確認していると、少女は素直にテレビを消して俺のほうへとやってきた。


「…………」


 無言で見詰められ、バッグの中に入れていた手が止まる。


「……どうした? テレビの休憩で暇なのか?」


 問い掛けると、おずおずとしながらも頷いて見せた。


 この子はどうにもまだ俺への遠慮が見られるな。まぁ、岩国飛礫のことは説明したにしても、俺が目が覚めたときに目の前に居た不審者であることには違いはない。とはいえ、警戒されている感じではなく、あくまでも、まだ慣れておらず溝がある感じだ。


 その溝を埋めるには――理解するしかないのかな。


「じゃあ、少し話をしようか」


「はなし?」


 早急に移動する必要があるわけではないから、話すくらいの時間はある。


「そう、君の話だ。イリア。君のことを教えてほしい。何が好きで何が嫌いなのか、どこで生まれて、どう育ったのか。それを、教えてほしい」


 まるで懇願するように問い掛けると、少女は俯きながらもベッドの上に乗り、俺の横に座り込んだ。


「……イリア、は……好きなものも嫌いなものも、よくわからない。生まれた場所も、わからない。でも、育ったのは洞窟の中。ずっと、パパと一緒だった、のに……」


 苦しそうに下唇を噛み締めて、涙を浮かべた理由はわからないが、その垂れた頭を優しく撫でた。


 俺には何もわからない。人殺しの俺が、こんな無垢な少女のことをわかった気になることすら烏滸がましい。そう、人殺しの――。


「っ――!」


 その瞬間に少女の頭に置いていた手を引いた。


 触れてはいけないんだ。こんな穢れた手で触れていいのは、武器だけだ。人に触れるなど、ましてや慈悲の感情など持ち合わせてはいけない。


「……どう、したの?」


 少女は、突然離れた手を不自然に思ったのだろう。首を傾げながら訝しむように顔を覗き込んできた。


「いや、何でもない。それで、そのパパというのは――今どこに?」


「パパ? パパは今も洞窟に居る。でも、もう来るなって」


「ん……来るな? 洞窟に……?」


 よくわからない。というか、整理ができない。


「え~っと……そうだな。つまり、その父親? は、今もまだ洞窟に住んでいて、イリアを追い出したってことか?」


「おいだした?」


「もう帰ってくるな、ってこと」


「じゃあ、そう。パパがイリアを追い出した」


 そもそも洞窟に住んでいるということ自体が理解できないのだが……いや、それ以前に、その洞窟にはイリアと父親の他に、巨大な生物が存在しているということだよな。共存? それとも、気が付いていないとか。


「なんにしても、娘を放り出すとかどんな父親だよ。ライオンか?」


 ああ、いや。ライオンが我が子を谷に突き落とすってのは事実では無かったか。


「らいおん? 違うよ。パパはドラゴンだよ!」


「…………あん?」


「ガオー、じゃなくて、グワァーのほう。火も吹くよ」


「ちょっと待て。ちょっと、落ち着こうか」


 落ち着こう、俺が。


 ドラゴン……ドラゴン? 竜ってことだよな? 龍ってことだよな。


 より理解の出来ない状況に陥ってしまったが、時間も無いことだし一つずつ処理していこう。


 まずは、パパについてだ。


 少女を捨てた? と思っていた父親は実はドラゴンで、ドラゴンというからにはそれ相応の大きさを有しているはずだ。ということは、熱源の正体がドラゴンだと考えれば合点が付く。


 そうなってしまえば、すべてに説明が付いた。


 熱源の正体はドラゴンで、そのドラゴンは少女と親子関係である。政府はドラゴンの娘である少女を拐すことでドラゴンを操ろうとしている。故に、俺たちに少女の保護の任務が来た、と。


 しかし、そうなると一つ大きな間違いがある。


 親子関係で利用できると思っていた少女だが、実際のところは親であるドラゴンに追い出されている。つまり、仮に少女を保護できたとしても親子としての縁が切れている今の状況では少女に利用価値は無い。そして、政府はその事実を知らない。


「……問題だな」


 渦中の少女に価値が無いことを教えれば、もう保護する理由も無く追われることも無くなる。だが、それと同時に少女自身は俺たちの存在を知ってしまっており、俺自身も部隊に追われているから、任務が保護から暗殺に切り替わるだけだ。それじゃあ、根本的な解決にはならない。


 だが、仮に教えなかったとしても現状が良くなるわけでもない。


 何がベストな解決策なのか――今の段階ではわからない。とりあえずは政府側の情報を知る必要があるな。厄介な部隊を牽制しつつ……いや、むしろ部隊の協力を得るほうが得策か? どちらにしてもできることには限りがある。最短の最善手を――考えろ。


 ……ドラゴン、か。説明は付くが俄かには信じがたい事実なのだが、少女には嘘を吐く理由がないし、嘘を言っているとも思えない。


 それを真実だと仮定しても、やることは変わらない。


「イリア。念のためにこれを渡しておく。ここを引けば音が鳴る。簡単に言えば防犯ブザーだが、音の大きさが市販の物の比じゃない。だから、もしも危険な目に遭って助けを呼びたいときは紐を引け。但し、紐を引いたら自分の耳を塞ぐことを忘れるな。いいな?」


「んっ」


 そんなことにはならないようにしたいが、今この時にもどこまで敵が迫っているのかわからない。


「……そうだ。一つ確認なんだが、そのドラゴン――というか父親はどんな人なんだ? 見知らぬ誰かが何かをお願いしたとして……どうなる?」


「パパ? パパは~、優しい。でも、人が嫌い。においがダメなんだって。だから……だから、イリアもダメなんだって。もう、イリアのお願いだって聞いてくれない」


 人嫌いのドラゴンを手懐けるなどほぼ不可能だろう。


 想定される状況は二つだが、どちらに転んでも泥沼の中だ。


「さて、と。足早で悪いが敵の動きが思いの外に早いんだ。できれば今日中にはもう一度移動したいから用意を――」


 ここは周囲に建物が無いマンションの二階で、ベランダ側からの侵入には充分な準備をしていた。だが、次の瞬間に俺の読みが甘かったことを悟った。


 気配を感じて窓の外へ視線を移すと、三発の銃弾が窓ガラスを貫いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る