第三章 故に彼はその命を投げ捨てる

第16話 亡霊部隊

 防衛省直属、自衛第十三分隊極秘作戦班。


 これは世間一般には存在していない、存在すら噂されることのない部隊。存在の認知すら無いから特別な呼び名も無い。そんな亡霊部隊である。故に我々自身も亡霊部隊と呼んでいる。


 そんな亡霊部隊は今、一つの任務を終えて帰ってきたところだった。


「今回のはヤバかったな! 爆弾で死にかけた」


「そりゃあ、お前の足が遅いからだろ、デブ。ダイエットしろよ」


「ハッハァ! 俺のはデブじゃなく筋肉だ! テメェの長距離射撃でも跳ね返してやろうか?」


「やってみろよ。針の穴を通すみたいに目ん玉を撃ち抜いてやる」


「おーおーいいね。もっとやれ。お前らが殺し合いを始めた頃に、俺は正式な命令を受けて二人とも殺してやるからよ」


「ほう? やってみろや、トリガーハッピー野郎。お前より先に俺が眉間に風穴開けてやる」


「いいや、俺が先だ! 銃なんか使わずに真正面から殴り殺してやるよ!」


 ちなみにここはエレベーターの中。任務終わりの気持ちが高ぶっている状態で、この三バカトリオの言い合いはいつものことだ。


「おい、お前ら。いい加減にしろ」


 それを隊長の一言で止めるのが一連の流れ。


「いいか? 確かに足は遅かったが、許容範囲内だ。だが、筋トレもほどほどにしておけ。いざという時に動けなくなるぞ。それから、お前の長距離射撃は確かに凄まじいほどの精密さがあるが、物理的に無理だろ――針の穴は。最後に……お前が撃ちたがっているのはわかっている。生きている人間をな。我々は自ら自衛隊を名乗ることはしないが、国に仕える軍人だ。命令が無い限り、人を殺すことはしない。わかったか?」


「〝サー、イエッサー!〟」


 隊長が言葉を足したのも珍しいが、それに対して三人の息が合ったのも珍しい。それだけ今回の任務がシンドかったというのもあるのだが。


 エレベーターが12・5階に着いた瞬間に、隊は先程までと纏う空気を変えた。


 廊下を進み、真正面の扉の前で止まり、隊長は横に付いている機械に掌を乗せた。


「F3670TM531K」


 暗証番号を言うと、機械音と共に自動で扉が開かれた。


「装備を置いたら会議室に集合だ」


 防弾チョッキ、防刃ジャケット、拳銃、小型自動小銃、ナイフ、その他諸々を置いて、五人ほぼ同時に奥にある会議室へと足を進めた。


「それにしても日本の蒸し暑さはなんなんだろうな! 汗が止まらねぇよ」


「そりゃあ、お前がデブだからだろが」


「ああん!?」


「あ? やんのか?」


 この二人も飽きないな。隊長も相手をするのが面倒なのか、さっさとパソコンで報告用の回線を繋いでいるし。


「おい、いいか? 繋げるぞ」


 エンターキーを押すと、目の前の巨大プロジェクターに映像が映し出された。それは、とあるオフィスに置かれたパソコンのインカムからの映像で、割腹の良い一人の男が映っていた。と、こんなまどろっこしい言い方をしているが、何度も対面しているし、誰なのかもわかっているのだが。


「お疲れ様です、長官。冬島率いる以下四名――」


「夏木」


「春雨」


「秋津」


「……当麻」


「無事に任務を終え、帰還致しました。続いて任務の報告に移ります。今回の標的である――」


 そこまで言い掛けたとき、映像の中の男がひらひらと手を振って話を遮った。


「いや、待て。帰って来て早々で悪いが、報告よりも先に早急に対処してもらいたい事案がある。頼めるか?」


「愚問を。長官、我々は軍人だ。貴方の兵であり、国の兵だ。貴方が必要だと思う任務なら、頼まれるまでもありません。お引き受けします」


 本来ならば次の任務までは少なくとも三日は空けなければならないのが規定なのだが、こういう時は隊長の律義さと軍人魂が仇となる。ここで俺が否定意見を出したとしても、最終的には多数決になり四対一で敗北が目に見えているから、何も言わない。


「助かるよ、冬島隊長。詳細は今、メールで送ったが口頭でも説明しておく。まず、君たち。ここ十数年で富士山の火山活動が活発になっているのか知っているかな?」


「富士山、ってあの富士山か? ってか、あれ火山だったのか?」


「バカかよ、デブ。バカ、夏木。せめて教養くらい身に着けておけよ」


 またもや言い合いを始めた二人――夏木と春雨は、長官の前ということもあり気が張っている隊長に一睨みされると、正しく蛇に睨まれた蛙のように沈黙した。


「すみません、長官。たしかに富士山は活火山ですが、活動しているという話はあまり……どうなんだ、当麻?」


 そこで俺に話を振るのか。黙って長官の話を聞けばさっさと済むものを。どうして、こう長引かせたいのかね。


「まぁ、一部の専門家の中で言われていることだな。昨今の地震の影響もあってか、百年以内――早ければ十年以内には噴火するんじゃないかと懸念されている。とは言っても、地震の予想と同じだ。確証がない」


「その通りだよ、当麻副隊長。しかし、政府も一部の専門家の戯言に振り回されるわけにはいかず、専門のチームを作って調べさせることにしたんだ」


 真偽もわからずに危険だと布教されるよりも、身内で調べた上で否定をしたかったのだろう。要は、政府のいつもの手ということだ。


「調べる? 富士山をか?」


 これまで黙って話を聞いていた秋津が疑問を投げかけると、画面越しの長官は立てた人差し指を下に向けた。


「地下を、だよ。すると面白いことがわかったんだが……送ったメールを確認してくれ」


 言われたとおりに隊長がパソコンを弄り出したのだが、畑が違う。首を傾げた隊長を見兼ねた春雨が入れ替わるようにパソコンの前にある椅子に腰を下ろした。


「……チッ、またプロテクトが掛かってやがる。エアギャップの上に複数回線を重ねているから問題ねぇってのに。ま、屁でもないけどな」


 愚痴を言いながらカタカタとキーボードを叩くと、映し出されたプロジェクターの端に小窓が現れた。


「三枚目だ。熱感知カメラの画像を」


 長官に言われるがまま映された画像に、全員が視線を向けた。


「……熱感知ということは、この中央にある真っ赤な物体が長官の懸念しているもの、ということでしょうか?」


「ご明察だ、隊長。専門家によると、どうやらそれは生物らしくてな。おかしな点に気が付かないか?」


「おかしな点ですか……どう思う? お前たち」


「専門家の勘違いに一票」


「デブが。だから、お前はデブなんだ。これだけの熱源を見間違うわけないだろ。有り得るとすれば……そうだな、溶岩石の塊とかじゃないか?」


「要は見間違えってことじゃねぇか。何が違うんだよ?」


「バカが。代替案があるかないかの違いだろうが。その差は天と地の差――月とスッポンだ。ま、お前はスッポンの横に転がっている石ころ程度だがな」


 傍から見れば五十歩百歩。団栗の背比べがいいところだろう。


「専門家の見間違い、および勘違いという線も無くはないだろうが、秋津はどう思う?」


「俺の意見なんぞに価値があるのかしらねぇが、縮尺と相対的な大きさからして……こりゃあ相当な大きさだろ。周りの白い部分が空間だとすれば熱源よりも一回り大きい程度。物理的に生物が入るのは不可能だな。俺も春雨の意見に賛成だ。何らかの異変が起きているのは確かだろうが、地熱がそこに集まっているって感じじゃねぇかな」


「なるほどな。五人中三人が生物説を否定か。ここまで来たら訊かざるを得ないな、当麻よ」


 流れ作業のように問われるのは腑に落ちないし、長官の話を遮るなって何度言ったことかわからない。長官自身も、わざわざこちらの戯言に耳を貸すのは暇潰しのつもりなのかもしれないが、いい加減にしてほしい限りだ。


 しかも、今の俺には流れに反する考えが浮かんでいる。


「……俺も、溶岩石説はあると思う。だが、それは生物説を否定する理由にはなっていないだろう。秋津は物理的に無理だと言っていたが、それはこのサイズのまま、この空間に入ったときの話。生物なのだから成長することを考えれば、入ったときはまだ小さかった可能性もある。というか――長官。この二十メートルくらいの塊を生物だと言うには、画像だけでない要因があるんですよね? まずはそれを教えてくださいよ、こんな無駄な問答をさせる前に」


「いやいや、何も無駄というわけではない。君たちのディスカッションには毎度楽しませてもらっているし、そこから新たな発想が浮かぶこともある。しかし、今回は君の言う通りだ。詳細はそちらに送ったデータにも記してあるが、私が伝えよう」


 専門用語が飛び交う間に、こんな素人缶丸出しのアホトークを聞かされれば、そりゃあニトロにもなるか。……なるか?


 疑問符を浮かべていると、長官は何やらゴソゴソと積み重なった書類の中から極秘の外部持ち出し禁止のファイルを取り出した。


「じゃあ、いいか? 政府があの熱源に気が付いたのはおよそ十年前のこと。それから調査は進み、数年後には少数の調査隊を組んで直接調べに行くことになったのだ。が、結果は芳しくなかった」


「何もわからなかったんですか?」


「ニュアンスとしてはそれで正しいが――しかし、違う。まどろっこしい言い方をしても仕方がないから端的に言う。調査隊は、誰一人として戻ってこなかったのだ。ただの一人とも帰ってこず、連絡も取れず、最後に確認できたのは調査隊の七人が熱源に近付いていく熱感知カメラの画像のみ。直後、七人は姿を消してしまった」


 まるで神隠しにでもあったような言い方だ。安いホラーじゃあるまいし。


「つまり長官は、熱源である何かに調査隊の七人が食べられてしまったのではないか、と言いたいわけですね?」


「その通りだ」


 長官自身もその意見に自信たっぷりってわけではないんだろうが……少なくとも、その理論には穴がある。が、どうやらそれは俺が言うまでもないらしい。


「あ~、隊長? 熱源に近付いたせいで人が消えたってことは、俺の溶岩石説も消えてないですよ。溶岩の熱はたしか凡そ六千度とかなので、人体だって余裕で溶かします。だから、七人は食われたんではなく溶けただけという可能性も」


 当然の如くその意見にも穴があるわけだが、それ以前に確認しなければならないことがある。


「長官。一つ確認を。その熱源がある場所への行き方は? それと方法も」


「私も明確なことまで把握しているわけではないが、横穴――緩やかに下っていく洞窟があるらしい。そこから徒歩だろうな」


「洞窟……徒歩、か」


 それならいよいよ生物説が強まってきたな。どうしたものか……ここで生物の可能性が高いと言って、それの討伐指令とか出されたら溜まってものではない。どこのハンターだよ。


「っ――」


 ついうっかり、隊長と目が合ってしまった。


「では、当麻副隊長。意見を言ってもらおうか」


 見透かされている、か。


「あ~、はいはい。わかったよ。今のところ、俺の予想では生物の可能性が高いと思う。理由は二つ。まずは否定的な意見で――溶岩石説を否定するものだ」


「おいおい、頼むぜ副隊長!」


「ま、落ち着けよ、デブ。副長はいつだって公平な男だ。まずは意見を訊こう」


「単純な話だが、人を溶かすほどの溶岩がそこにあるのだとしたら、その手前でも相当な熱を感じるはずだよな? おそらくは息も出来ないほどの高温だろう。そんな中、洞窟を進んでいくことができると思うか? 事前にその可能性があると踏んでいたのなら尚更だ。それ相応の準備をしていくはずだから、溶かされるということはない。滑り落ちるような直下降の洞窟なら、有り得ない話でも無かったがな」


 だが、それも否定された。


 どうにも三人は納得のいってないような顔をしているが、頭では理解しているのだろう。そのせめぎ合いが次の言葉を出させた。


「じゃあ、もう一つの理由は?」


「もう一つは合理性の話だ。体長二十メートルの生物――もはや化け物だが、知る限り地上にそんな生物は存在しない。居るとすれば広い海、クジラとか、深海生物とかだが、位置する場所が正反対となればその線も無い。わかり切っていることだと思うが、生物の大きさと寿命というのは比例することが多い。絶対的にそうだとは言わないが、大きければ大きいだけ長生きだということだ。つまり、この生物は小さい時から――それこそ赤子の頃から、この洞窟に居たのならそこはこの生物の巣でありテリトリーであるということだ。無断で入ってきた侵入者を容赦なく殺しても何らおかしいことではない。だから、この熱源を生物だと考えれば七人が消えた理由も、諸々のことも説明がつくんじゃないか? と」


 そもそもの前提が、そんな化け物が存在しているのなら、ということでもあるが、そこに焦点を当ててしまっては話が進まないわけで。 


「ここに来て尤もな意見が出たな。夏木、春雨、秋津、何か反対意見はあるか?」


 隊長が三人に視線を這わすが、反論どころかぐうの音も出ない感じで口を噤んでいた。


「よし、まとまったな。ということで長官。こちらも意見が纏まりました。話の続きをどうぞ――もしや、その生物を退治せよ、とでも?」


「いいや、今のところそれは無い。どれだけの危険性物かわからないところに、日本政府の最高傑作である君たちを飛び込ませるわけにはいかないからな」


「では、何故この話を?」


「そう急くな。春雨くん。十三枚目の写真を頼む」


 ……今のところは、か。随分と軽々しく可能性を示唆してくれるものだ。最高傑作? 笑わせる。最高でもなく傑作でもないことなど、自分たちが一番よく理解しているのだ。むしろ、最低の欠作だろう。そのほうが、充分に笑えるさ。


「十三枚目……これだな」


 映し出されたのは十三、四歳のくらいの少女の写真。見たところ、衛生カメラの画像らしくそこそこに画素が荒い。とはいえ、顔を識別できないほどではないが。


「春雨、この画像もう少し鮮明に出来るか?」


「時間さえもらえれば。撮られた場所もわかれば、おそらく別角度の画像も手に入るだろうな」


「そうか。じゃあ、画像を鮮明にするのと場所の特定を頼む。それで、長官。この少女は? 隠し子ですか?」


「はっは。私は政治家の中では珍しく潔癖なほうなのだ。愛人もいなければ妾の子もいない。そもそも結婚すらしていないからね。冗談はさて置いて――この少女は二日前に富士山の麓である青木ヶ原樹海で発見されたのだ。そして君らにはこの少女を保護してもらいたい」


「保護? 今度はガキの子守をしろってか? くそ下らねぇ。こんなんにやる気を出せってほうがどうかしてるぜ」


「君ならそう言うと思っていたよ、秋津くん。そんな君に朗報だ。この少女を保護するためなら、どんな手段でも厭わない。邪魔する者は排除しろ」


「……へぇ。いいね。気に入った」


 免罪符か。一応は極秘の亡霊部隊だけあって超法規的存在ではあるが、それでも極力殺人だけは避ける様に言われてきていたのに、一人の少女のためにそれが破られるのか。


 隊長も同様のことを思っていたのか、険しい顔をして一歩前に足を進めた。


「長官。それが命令であり任務であるのならば、当然従います。けれど、我々に最後の手段の行使を許可するというのなら、それだけの理由を説明してもらわなければなりません」


「ほう……珍しいな、冬島隊長。軍人ならば、ただ命令に従うのみという心情はどうした? 任務の理由を問うなど、君らしくも無い」


「軍人としては、確かに。理由などどうでも良い。ですが、これは人として訊いています。これまでも人を殺さなければならない状況や任務はありましたが、今回のような無条件は無かった。なので、理由を、と」


「無条件? 少女を保護する、というのは条件に入らないのか?」


 画面越しで、見つめ合い――もはや、睨み合いにも近いが、この押し問答は続ければ続けるだけ長官に分がある。それだけ高みにいる存在だというのは隊長もわかっているはずだけれど。


「……ふっ、いや、すまない。私は君のそういうところも気に入って隊長にしたのだったな。わかった、答えよう。その少女の正体は――正直、私にもわからない。だが、少なくとも件の洞窟内から出てきたことは間違いない。だから、保護してくれと頼んでいるのだ。……これで満足かな?」


「ええ、今のところはそれで構いません。詳細は、すでに送っているんですよね?」


「ああ、その通りだ」


 単純な保護でないのは確かだろう。理由も、理由の仮説もあるはずだ。


 俺がパソコン画面に視線を向けたとき、隊長は大きく息を吸って再び長官を見上げた。


「長官。最後に一つ確認を。この任務はお願いですか? それとも、命令ですか?」


「……ただの任務だ。健闘を祈る」


 ブツリッ、と映像は打ち切られた。


 納得のいかないような不完全燃焼の雰囲気が漂う中で、隊長は静かに息を吐いた。


「春雨、概要を出してくれ」


「概要……はい、これです」


 パソコン画面に映し出された命令書を覗き込むようにした隊長は、文章をなぞると考える様に顎に手を当てて、頷いた。


「任務開始まで二十四時間、遅くとも三十六時間か――では、十時間後に集合して補給と会議を行う。それまでは各自自由。解散だ」


 返って来て即新しい任務の話をされたから、うっかり忘れそうになっていたが、約二日間は眠っていなかったんだった。それは五人とも同じだから、与えられた十時間の使い道はほぼ一択――睡眠だ。


 我先にと全員が仮眠室に向かう中で俺は、一抹の不安を感じていた。


 任務のペース、長官の口調、雰囲気――すべてが嫌な方向に進んでいるような気がする。


「……つってもなぁ」


 そんなことを思い感じるのは任務の度に毎度のことだったりする。他の四人が楽観的で隊長は気骨の通った軍人だからこそ、こんな性格の俺が副隊長なんて立場を任されているのだと思うと……本当に、気が重くて参ってしまう。


 この仕事に向いていないのではないか、と思いながらもベッドに寝転んで目を閉じた。


 まぁ、そう思うことも毎度のことなのだけれどね。

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