53話 イリス火山

 ガルムル王のご厚意により、イリス火山へ入山許可を頂けた。


 イリス火山は六大精霊王の一柱、SSランク大精霊獣フェニックスが住まう場所だ。

 ドワーフ王国の関係者しか立ち寄れない場所であり、一般人は入山できないようだ。入山したい場合はガルムル王の許可を得なければならない。


 イツキは入山許可が必要だったことを知らず、ガルムル王から許可を得たのである。


 山頂の火口付近しか採れないプロメダルギウスという鉱石を求めて、イツキ一行はシンゲンに案内されながら登っているところだ。


 俺は【クリアボイス】スキルを発動して、シンゲンに問いかけた。


「あれが、イリス火山ですか?」


「そうだ。山頂に近づくほど、険しくなるからな。あと、魔物も出るので気をつけてくれ」


 イリス火山は円錐の形をしていて、火口が近いところは斜傾が険しく、火口から遠くなるほど緩やかになっている。

 山道は砂利が多く、歩くたびにジャリジャリと鳴らす。その音が魔物を引き寄せることになるようだ。


 イツキ一行は、突如に迫り来る魔物をサクッと討ちはらい、目的地へ向かって行く。


「さあ、ここからが本番だ。山頂までは結構、時間かかる。しんどいがよろしく頼むぞ」


 シンゲンを先頭に、イツキ一行は真ん中に、後尾はドワーフ兵士2人で、6人と1匹パーティとなる。


 イリス火山の頂上にいるSSランク大精霊獣フェニックスに、採掘許可をもらい、プロメダルギウス鉱石を掘っていく流れだ。



 山頂の方を眺めていると……いつもより、湯気が出ているようだ。


「シンゲンさん、山頂のほうに白い湯気がいつもより出ているんですが、大丈夫ですか? 噴火の可能性があるのでは?」


 そう言うと、周りの視線がおかしくなる。


 あれ? 何かおかしなこと言った?


 日本にいた頃は、噴煙や湯気が出ているときは噴火してもおかしくなく、危険度が増すと聞いたのだから、ここも同じはず……。


「噴火は絶対ないぜ」


 んん? 絶対ない?


「ああ、ここはフェニックス様がいるからな」


 シンゲンがそう答え、ユアとリフェル、ドワーフ兵士2人が、うんうんと頭を縦にふる。


 分かってないのは、俺だけのようだ。

 叡智様! 教えてください! よく分かりません。


〈イリス火山は活火山であり、噴火することはあります。

 個体名:シンゲンの言葉通り、噴火は絶対ないというのは、個体名:フェニックスが溶岩の流れをせき止めたり、高温になった溶岩を食用として食べているからです〉


 そうなのか。前にいた世界とここは常識が違い過ぎて、頭がおかしくなりそうだ。


「まぁ、フェニックス様が怒ってしまうと噴火してしまうだろうな」とさらっとぼやくシンゲンに、不安と戦慄を覚えた。


 火山を制御するってのは、日本にいたときは考えられないし、神の所業ではないか。


 六大精霊王の一柱、SSランクというものがどれほど強大なのか、改めて理解した俺は、冷や汗をかいてしまうのだった。



 ◆ ◆ ◆



 一方、イリス火山の火口付近に、数人の山賊たちが到着していた。


「へへっ、やっと着いたな」


「まったく、門番に気付かれないようにするの結構疲れたぜ? 俺の隠密スキルが無かったらアウトだぞ」


「くっくっく、助かったぜ」


 目の前に財宝があると目を輝かせる山賊たちは、ニヤリと笑みを浮かべていた。


「金になるものがここにあるっていうからよ。それと、火の精霊がいるところは鉱石があるらしい。殺して奪おうぜ?」


「「「了解!」」」


 山賊たちが火の精霊たちを見つけては、自らの武器で切り裂いていく。


『キャァァァ――!』


『た、助けて……』


 悲痛な叫びをあげる火の精霊たち。


 見た目には小さな火をまとっていて、人の形をした可愛らしい精霊たちだ。そんな精霊たちは鉱石を育てる役割をしている。


 悲鳴をあげて逃げる火の精霊たちに、山賊たちは有無を言わさず狩っていく。続いて、鉱石も掘っていく。


「おおっ! すげぇ、輝いているな。よし! この調子で、どんどん掘れ!」


「「「「了解!」」」


 その時、地震が発生する。


「な、なんだ?」


「おい、やけに暑くなってきていないか?」


 大量の溶岩が湖のようにたまっているところから、神々しい輝きを放ち、ワシのような鋭いクチバシ、紅蓮の炎をまとう翼を広げた巨大な鳥が現れる。


 大精霊獣フェニックスは、火口付近にある鉱石を勝手に掘り荒らしていた山賊たちを睥睨へいげいし、唸り声を発した。


 ────キィィィィ!


「やばいぞ! 逃げろ!」


「くそっ、上手く入山できたのにここで終わるのか」


 山賊たちは、フェニックスを見つめ、声を漏らす。


 紅蓮の炎を纏っていた翼が見渡すほど、大きく広げ、魔力がグンッと膨れ上がってきた。

 フェニックスは燃えさかる大きな翼を羽ばたき、【灼熱の熱風】を放った。


 炎の渦が突風のようにゴォ──と、鳴り響き、山賊へ目掛ける。


【灼熱の熱風】は、対象を一瞬で滅却する熱風を拭き出すスキルだ。


「「ぐぁ!」」


「「ぎゃぁぁぁ!」」


 山賊たちは、恐怖を感じたのか必死に逃げようとしたが、【灼熱の熱風】を食らってしまう。


 それは一瞬だった。

 山賊たちの跡形もなく、燃やし尽くされ滅却してしまったからだ。


 フェニックスはその場にいた山賊たちだけは足りず、契約を破った人間族への怒りがおさまらない。

 その怒りが、火口の祠あたりに燃え出す。


 そう、フェニックスにとって我が子当然の火の精霊たちが、山賊たちによって鉱石と一緒に命を絶っていることを。


 ────ギィィィィ!!


 その悲しみにと怒りによってか、今すぐ噴火してもおかしくないぐらい、火口に流れている溶岩がグツグツと膨れ上がっていく──。



 ◆ ◆ ◆


 

 イツキ一行はフェニックスが怒っていることを知らずに、火口の祠へ向かっているころ──。


「このあたりは、鉱石が多いところですか?」


「その通り、鉱石が最も豊富な場所だ」


 イリス火山の山頂手前に到着した俺たちは、火口の祠へ向かう洞窟の入り口の前にたどり着く。


 シンゲンは、何度もフェニックスのところへ行き、鉱石を掘っているそうだ。


「まずは、火口の近くにある大精霊獣の祠へ行き、フェニックス様へ供え物をして挨拶するのだ。そのときに、鉱石を掘ることを伝えないと怒りを買うからな。そうしないと死ぬぞ」


 フェニックスはSSランクの大精霊獣であり、六大精霊王の一柱。

 いくら、SSランク冒険者でも敵わなく、畏れ多い存在であり、怒りを買わないようにと忠告を受けた。


「容赦しない存在だからな。鉱石は火の精霊たちが作り上げたものだ。フェニックス様から見れば、我が子当然なものさ」



 ◆ ◆ ◆ 



 火口の祠へつながっている洞窟の出口付近──。


「おかしいな……」


 シンゲンは祠にある火口付近を眺めて、雰囲気がいつもと違うことに気付く。


「普通、フェニックス様は火口の下に寝ているんだ。溶岩の中にな」


 シンゲンは火口の方に指を差し、口にした。


「だが、今は祠の上にフェニックス様がいる。これは何かあったに違いないな」


 祠の周辺がバチバチと炎が燃え上がっていて、熱くなっている。


 ううっ、まるで灼熱の中にいるみたい。ここにいると火傷しそうだ。


 祠の上にいるフェニックスから遠く離れているのに関わらず、熱く苦しい。

 日本にいた時、高温サウナと同じ感覚だろうか。いや、それ以上だろう。熱い空気を吸うと鼻や胸が熱くなるという感覚に近い状態だ。


 シンゲンたちは、異常事態に固唾を呑む。そこにフェニックスが怒りを露わに、天高く燃えていた。


「まずいな。怒りを鎮めてもらわないと、近づけんな……。このままだと、ガドレアまで丸のみされちまう」


 シンゲンはガルムル王に、どうやって報告するか、思い悩んでいた。


 初めて六大精霊王の一柱を見たけど、魔力がケタ違いだ。SSランクに相応しい輝きを放っていて、見とれるほど、美しい。

 火の粉がまるで、踊っているかようにきらめいていた。しかも、見上げるほど大きい。



「あ、暑くて服がベトベトです」


「うう……胸当てが熱くて、脱ぎたい」


 ユアとリフェルは、暑さに耐えられないのか、服をパタパタと扇いでいる。


『ボク、スキルで冷やせるよ』


『え? ああ、なるほど!』


【念話】で話しかけてきたクーからの助言に、俺はピンとひらめく。

 俺たちの周りに【防御魔法:エレメンタルウォール】を展開し、張りつけた。


『クー、準備オッケーだよ!』


『いっくよ──! 凍てつく息吹フリーズブレス!』


 クーのスキルの1つ、【凍てつく息吹フリーズブレス】は当たったものをあっという間に凍らせるスキルだ。

 一定の方向へ直線上に標的し、凍らせるスキルなので、対象の範囲を絞りやすいところが利点だろう。


 クーは俺が張った防壁を目掛けて、【凍てつく息吹フリーズブレス】を口から吐き出し、ぶつけていく。

 氷のように冷たい息が、ぶつけた防壁の表面から大きく広がっていく瞬間をタイミングよく、【防御魔法:エレメンタルウォール】を唱えて、更に重ねた。

 二重の防壁を展開し、【凍てつく息吹フリーズブレス】を閉じ込めることに成功する。二つの壁の間に充満している状態だ。


 そして、【氷魔法:アイス】と【風魔法:ウインド】を展開し、混合させた。

 疑似クーラーの出来上がりだ。これを【オリジナル魔法:クーラーボックス】と名付けよう。


 ユア、リフェル、シンゲンも兵士たちにも、みんな唖然としていたが、快適な空間になったのか、嬉しそうにホッとした笑みを浮かべる。


「おお! 涼しいな……イツキ殿はすごいな。同時展開で、無詠唱とは」


「イツキさん、そんな芸当ができる人はいませんよ」


「やっぱ、イツキはすごい!」


 クーは成功したことに喜び、飛び跳ねている。


『よかったね! これで近づけるよ』


『うん、クーのアイデアで助かったよ』


 きっと、ガドレアの二重の要塞がヒントだったのだろう。そう褒めながら、クーの頭を撫でた。


「イツキ殿のお陰で、フェニックス様のところへ、近づくことができる。

 怒りを鎮めようと思っているが、いいか?」


 シンゲンがどうやって鎮めるか話し合おうと俺たちを招いた。続いて、とんでもないことを口にした。


「フェニックス様は見て通り、火の大精霊獣だ。脳天に氷魔法で、一撃与えるしかない」


 え? 力技で鎮めるの?


「ああ、説得は不可能だと思ってもいいだろう。あんなに怒っているのだからな。説得する前にやられちまう」


 俺とクーがを知ったシンゲンは、フェニックス様を攻撃して頭を冷やしてほしいと頼むことにするそうだ。

 もちろん、シンゲンの頼みにイエスと頷いた。


 ユアの【女神の鎖】で、フェニックスを拘束させる。

 その隙を作るために、俺とクーが脳天に、氷魔法で確実に一撃を与えることだ。

 それが出来るまで、リフェルやシンゲンたちはフェニックスからの攻撃を防ぐことに専念する。


 そんな作戦を俺たちは、何度も確認し合った。


 そう、フェニックスの怒りを鎮める作戦を実行するのだ。

 失敗するとガドレアまで燃やし尽くされ、イリス火山までも噴火してしまうだろう。

 そんなミスは許されない。


「行くぞ!」


 シンゲンの号令で、俺たちは火口にいるフェニックスのところへ進入した。


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