35.激熱方程式

ガラスケースには、宇宙船の模型が飾られていた。

並んでいる縮尺確認用の星の模型と比べると、どうやら現物はめちゃくちゃ大きかったらしい。

「小惑星くらいあるな」

「はい。この輸送船は、戦争によって生まれた星々の難民たちを回収して生活させるために作られました。ある意味では、これ自体が一つの星とも言えますね。完全自律型で、理論上は補給を受けずに半永久的に運航し続けることが可能でした」

小さなコロニーのようなものだろうか。

「成功したのか?」

「ある程度は」

「半永久的では?」

「無かったということですね」

まあ、ここに飾られているのだからそうだろう。

「ご存知の通り、宇宙空間で生物が生きていくというのは非常に困難なことです。冷酷なまでの、『冷たい方程式』を遵守することが求められます。熱が、水の量が、酸素の量が、少しでもズレれば人は生きていけません。大のために小を捨てなければならない事態も、宇宙では少なからずありました。四人分の酸素しかない機体に五人が乗っていたなら――、一人を『降ろす』しかありませんからね」

「どこかでその計算がズレたと」

「はい。この機体の管理コンピュータはある時異常をきたしました。『人を増やし続け』なければならなくなったのです」

「増やす?」

減らすのではなく?

「酸素濃度などの管理に異常が発生し、使い切れなくなりました。かといって、この船は億分の一レベルの厳密な計算式で運用されていたため、迂闊に放出することもできません。処理落ち寸前だった管理コンピュータは、『人を増やし続けろ』と指令を出しました」

「そんなのでなんとかなったのか?」

「奇跡的な均衡を保ち、この機体はその後三十年ほど運航を続けました。その間ずっと、コンピュータの異常は機密として隠されたまま、乗員たちは必死に新たな乗員を増やし続けました。管理システムに異常をきたした宇宙船に乗り込むなんて自殺行為ですが、もう乗ってしまっている人は新しく乗員が増えなければ死んじゃいますからね」

「降りようってやつは居なかったの」

「居たは居たでしょうが……この数の人間が同時に降りられる星はそうそうありませんし、中途半端に人が減ってしまえば降りられなかった人々は死んでしまうので」

「降りられなかっただろうなぁ……」

ギスギスした空気が目に見える。

「で、三十年経って」

「まあ、多分ご想像の通りですね。いくら大きい船だとは言っても、乗れる人数には限界がありますので。最終的には平均的な惑星二つ分ほどの人口を抱えたまま全滅しました。末期ごろは酷い過密状態だったとか」

想像できるがあんまり想像したくない。

「船そのものは、今も銀河のどこかを漂っているらしいですよ。中がどうなっているのかは分かりませんが……」

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