絵筆の召喚術師〜神絵師が描いたら何でも具現化できました〜

真波潜

書籍発売記念SS

ラルフは厨二病

 武器屋でメネウとトットが新しい武器を手に入れたその夜の事だった。


 宿屋「トンカチ亭」では二部屋部屋を取ってある。荷物が少ないメネウとラルフで一部屋、魔術工房アトリエに加工しているトットがもう一部屋を使っている。


 すっかり夜も更け、外も静寂に包まれている深夜。のそりと起き出す影が一つあった。


 ラルフである。


 彼は、武器屋「トンカチ工房」が認める程しっくりと装備が身体に馴染んでいる、生粋の剣士だ。彼の剣は名工が打った「性能は抜群だが呪われている」とされていた剣であり、すでにメネウによって解呪されている。つまり「ただの性能が抜群の剣」である。


 紫色に波打つ背と、白く輝く刃をもっており、鞘から抜けばその輝きは月明りでも充分人を虜にする程艶めかしい。


 ベッドから降り、部屋のなるべく隅の方に行って剣を取り出すと、ラルフは唐突に呟いた。


邪血より生まれし聖なる剣ブラッディ・ホーリーソード


 剣はうんともすんとも言わない。舌打ちしてラルフはまた別の言葉を呟いた。


君臨するは紫電の刃エクスカリバー・ライトニング


 沈黙。風が窓をガタと揺らしただけだった。


 目を伏せたラルフが考え込む。これまで見せたどんな顔よりも真剣に、彼は剣の名前を考えていた。


「……侵食せし刃の王タッアクル・シフラ・サイフ


 剣は何の反応も示さない。


 悔し気にラルフが歯を食いしばった。何故だ、と叫びそうになるのを必死に堪える。


 しかし、そこでもう一人唇を噛んで何かを堪えている人間がいた。


 そう、同室のメネウである。彼はラルフが起き出す気配に目を覚まし、布団の中で狸寝入りを決め込んでいたのだ。


(薄々は気づいてたけど……! 聞いちゃった、聞いちゃったよとうとう……!)


 自分も遥か昔、ノートに落書きをしていた時代に必死に辞書を引き、蛍光ペンでかっこいい単語をかたっぱしからなぞっていた時期があった。


 図書館で全く知らないヘブライ語やヒンドゥー語の辞書からかっこいい単語を抜き出してはメモっていた時もある。


 それを! 今! 20代も半ばを過ぎようという男が! 生真面目に! 心底真剣に!


 夜中に自分の剣に名付けようとしている!


(笑っちゃだめだ――……本人は真剣なんだ、まさに剣だけに……)


「ブフォッ、ごほっ、こほっこほっ……」


「……?!」


 メネウの咳払いにラルフが素早く背後のベッドを確認するが、その時には既に寝息をたてて穏やかに布団が上下しているだけだった。


「なんだ、咳か……多少乾燥しているしな」


 と、納得するとラルフは再び剣に向き直った。


 メネウの杖もトットのミスリルナイフも素晴らしい物だ。


 トットは名付けなかったようだが、こうして呪われた品が今も手元にあるというのは奇跡に等しいとラルフは考えていた。


 そう、自分と剣は惹かれ合っているはずだと。


 ならば名付けてやらねばなるまい。いや、名付けるべきだ、そう考えていた。


時空より訪れし竜の牙ワクト・ドゥラコン・ナーバ


 だめだ、反応は無い。


「くっ……、やはり秘蔵のアレしか無いというのか……」


(秘蔵?! 秘蔵って何?!)


 メネウの心の叫びとしては「もうやめて」なのだが、また続くらしい。


「顕現するは次元の狭間より現れし神の遣い……守護者の神の槍ガーディアンズ・ハルバード


(剣じゃねえええええ!!)


 ハルバードは槍の一種であったはずだ。


 だが、ラルフの剣は一瞬ふわりと燐光を放ち。


「やったか……?!」


 そしてそのまま光は儚く消え、沈黙が再び部屋に満ちた。


 ラルフが考える名前は全て剣的には却下らしい。


 自分なりに精いっぱい、この剣に相応しい「かっこいい名前」を考えているつもりだが、剣は気に入ってくれないようだ。


 ラルフは未だ気付いていない。自分のかっこいいが、10代の少年のかっこいいと同レベルである事を。


 ちょっと光ったのを見てしまったメネウはその沈黙に耐えられず布団を噛んだ。自分の下唇が痛い。気を抜くと腹の底から笑ってしまいそうになるのを腹筋に力を入れて堪える。


 なかなかの苦行である。


 だが、笑ってはいけない。一度は自分も通った道であるし、ラルフはそもそも「英雄に憧れている」のだ。かっこいい物が好きじゃないはずがないのである。


 つまりこれは通るべき試練であり、同時に誰も手を貸す事の許されない茨の道。


「…………」


 しばしの沈黙のあと、剣を鞘に収める音がした。


 メネウは「やっと諦めてくれたか」と、笑いの発作を堪える苦行から解放されたことにほっと息を吐いたが、そうは問屋が卸さなかった。


「仕方ない、明日また考えるか……」


(明日も続くの?!)


 メネウは心の悲鳴を必死に堪えた。


 ラルフの名付けは三日三晩続く事となり、メネウはラルフが起き出す度に、必死に唇を噛む事となった。

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