第154話 喜びの街

 翌日、試練の平野を歩きまわってみたが、魔物の一体も出てこないごく平和な場所だった。


「元素濃度が高いからもっとこう、わっさーと出てくるかと思ったんだけどな」


 メネウがぼやいて平原の地平線を眺めるが、どこにもそんな影はない。


「平和なのは良い事じゃが、自然の中でこれだけ魔物が出てこんのは……いささか不気味じゃの」


「そうだな。これだけ平和なら街の一つもあっていいものだが……確か道を挟んで反対側に街があるのではなかったか?」


 モフセンとラルフも似たような感想らしい。いくら見て回っても面白みのない平野である。ラルフに言われるままに地図を開いてみると、少し離れた場所に街があった。


「そちらに行ってみますか?」


 カノンを抱えたトットが聞いて来たので、メネウは少し腕を組んで考えた。


 この平野、先程からカノンやスタンが大喜びで駆けまわったり飛び回ったりしているのだ。まるでドッグランである。何が楽しいのか、メネウはトットに近付いてカノンに訊ねた。


「ここ、気に入ったの?」


「兄弟! 分かりませんか!」


「……残念ながらさっぱりわからない」


「ここでは心が解放されるのです! 素晴らしい!」


 心が解放される? と、メネウは怪訝な顔をした。


 もしかして昨日からモヤモヤ悩んでいる事も、その影響を受けての事だろうか。


 良い方向に働けばカノンたちのようにはしゃぎまわれるのかもしれない。しかし、悪い方向に働けば考えるべき事を考えずに口に出してしまうかもしれない。


 何かに似ている……、と思って、はっとした。


(アペプの洗脳……!)


 あのエルドラドでの金の竜と対峙した時に感じた強い怒りの感情。


 自制心の限界を試されるような、ある種高揚感にも似た何か。


 ここではアペプの洗脳と同じ事が再現されているのだとすれば、それは今のメネウにとって非常にありがたくない。今、メネウはトットの事で悩んでいる。それを口に出すか出すまいか、それはあくまで正常な考えが保てる時に決めたい事だ。


「い、いったんここを離れよう。確かに街があったはずだから、そこに寄ってみない?」


 スタンもカノンも残念そうにしているが、メネウの提案ならばとそれぞれ馴染んだ場所に戻った。スタンはメネウの肩の上、カノンは足元だ。


「じゃあ行くか。馬車を盗まれてもつまらん、馬車で向かおう」


 ラルフの先導で馬車に戻り、今日はそのままラルフが馭者を買って出た。


 馬車が街に向って進む。そこは道が無い平野、轍の痕が残るかと思いきや、メネウは信じられない物を見て目を見開いた。


 馬車が轍を作る。そこから次々と青々とした芝生が戻ってくる。


「う、わぁ……」


 芝生はそこに何もなかったかのように生えそろい、青い葉を風の吹くままに揺らしている。


 やがて馬車が街道に戻ると、その道は別段緑が生えてくる事もなく、普通の土を固めた街道そのままだった。


 街道沿いに2時間程進んだところに街があった。ミアモレと違って普通の壁に囲まれた、ごく普通の街に見える。


 門番は立っているが、何も言わずにそのまま馬車は中へと入る事ができた。何かにこにことしている様が馬車の中から見て取れる。


 通りがかった人に商人ギルドの場所を尋ねると、喜んで教えてくれた。この街の人はどこか、常に喜んでいるように見える。


「街の中心の広場、右手側奥にあるぜ! 良い滞在をだ、旅人さんがた!」


 言われた通り街中を進む。すれ違う人達は皆機嫌がよく、笑い声がよく聞こえて来た。


「ミアモレが愛の街なら、ここは笑いの街かな?」


「感情というならば、喜びといった所じゃろうかの」


「皆さんすごく上機嫌ですね……一体何がそうさせているのでしょう」


 商人ギルドについて馬車を預ける。ここの商人ギルドの職員も至極機嫌がいい。


 他の街の商人ギルドの職員は愛想笑いはするものの、それは商売をするからに他ならない。だが、ここの職員は心から笑っているように見える。


「あの、ここでも魔法の研究は行われてるんですか?」


 メネウが職員に訊ねると、もちろん、と返って来た。


「できれば見学したいんですけど、どこに行けば?」


「あぁ、王城に行ってみるといいですよ。ここはマギカルジアの首都でもありますから。遅ればせながら、キックイナへようこそ。王城は街の大通りをまっすぐ進んだ一番奥にあります」


「ありがとう」


 この調子では王城も何も検問されずに入れてしまうのでは無いだろうか。


 研究所自体は独立していてそこだけ解放されているのかもしれない。外部から魔力の強い人間を招き入れるのは歓迎されているようである。


 街の中をぶらぶらと見て回りながら、メネウたちは王城に向かった。


 平坦な道の一番奥に、確かに白い壁と青い屋根を持つ立派な建物が見えてくる。


 複数の建物に分かれているが、やはり王城というだけあって規模が大きい。一番大きな建物は横幅が見切れる程だ。その代わり高さは無い。2階程の造りで、横に両翼を広げている形だ。


 店の人も通行人も、皆愛想よくにこにこ笑っている。本当に、何がそんなに嬉しいのだろうか? これも研究所に行けば何か分かるのだろうか。


 メネウ達は実にのんびりと王城を目指した。

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