第155話 木の魔法研究所

 魔法七属性……火、土、木、金、水、闇、光。闇と光の魔法に関しての研究は魔法王国マギカルジアでも進んでいない。


 喜びの街キックイナでは、木属性の魔法の研究が為されているらしい。


 というのを、王城の門番に聞いたメネウ達は、案内されるままに王城の敷地内にある研究所へと向かった。ミアモレから急使が来ていたらしく、メネウ達の特徴が伝わっていたのであっという間に入城する事ができた。手の早い事だ。


 研究所では下にも置かない扱いで出迎えられた。これはもう、確実に実験に協力しなければならない空気である。


 メネウは魔法を使うのは好きだ。元素を使って空気中に描く絵。それが魔法として成功した時の喜び。一瞬で消えてしまうが、絵を描く事と魔法を使う事はメネウにとって非常に似た行為である。


 だが、自分の能力を他人に見せるのは、嫌いだ。仲間ならいい、仲間の為に自分の力を出し惜しみしないのは、今のメネウにとって当然の事だから。


 ――過ぎたる力はいらぬ妬心を……。


 シスターアリスの言葉が身に染みている。


 表面上この国では歓迎されているのだが、いつどこで、誰の妬心を買うか分からない。


 この、実験に協力、というのはメネウには非常にありがたくない状況ではあった。


 しかし好奇心もある。魔法陣の美しさ、それを発動させる時の高揚感。


 すごくいい絵を見たときに似たその感動を、無料で体験できるというのは得難い経験だ。


(どうしよっかなぁ……)


 研究室まで案内される間(魔力測定はミアモレからの連絡でパスされた)一生懸命頭を悩ませていたが、その悩みも研究室を見た瞬間吹き飛んだ。


 美しい場所だった。部屋の中に入った瞬間、土の匂いがして、屋内とは思えない密林がそこには広がっていた。


 枝葉に邪魔されているが、天井を見ればちゃんと屋内である。


「ここは木の魔法の研究施設、この森も数十年かけて魔法で育ててあります」


 森の中の小道を歩いていくと、森の中心とおぼしき場所に楕円形の繭のようなガラスの小部屋があった。そこの中には植物は何も無い。


「この小部屋の中には木の元素を満たしています。木、とは言いますが、風というのが本来正しいのかもしれません」


 そのガラスに職員が手を付いて何事か呪文を唱えると、その壁からにょろにょろと植物が生えた。そして、手を放すとその植物は風に吹かれたように消えていく。


「植物と風の魔法。それが木の魔法であり、喜びの魔法です。感情と魔法の関係についてはミアモレでお聞きですか?」


「あ、はい。なんとなくですけど」


「そうですか。では詳細は省きますが、魔法……いえ、元素自体にその関連する感情の因子が宿っています。喜びを呼び覚ますというのでしょうか……、それができれば、初級の魔法でも威力に差が出ます。たとえば、今日結婚したばかりの職員がその喜びのまま魔法を使えば初級のエアカッターでも中級のエアストーム位の威力が出たりするんです」


 木の魔法研究所は、その感情の発露と制御の研究を主にしているらしい。


 植物を育てるのも、喜びの感情を抱いている職員とそうでない職員で場所を分けて差の観察をしたりなど……、ミアモレとはまた違った実験のようである。


「という訳で、皆さん……というか、トットさんとメネウさんには、是非喜びの魔法の実験にご協力頂きたいのですが……、いかがです?」


 そういって職員が渡して来たのは、実に美しい魔法陣だった。


 左右上下非対称、複雑な幾何学模様で描かれた魔法陣は初級の魔法とは思えない。


 たぶん、この研究施設で開発した最新の強力な魔法だろう。


 その最大威力を知りたい、という所かもしれない。何人もの研究員が様々な状況で挑戦したのだろう。割と草臥れた紙になっていたが、緑色のインクで描かれた魔法陣は魔力を纏っているのか、掠れや欠けもない。


「……モフセン」


 メネウは自分の好奇心に負けた情けない心境のまま紙を受け取ると、モフセンに声をかけた。それで意図を察したモフセンは、ガラスに触れると多角体の結界を三重に重ね掛けした。


「ふぉっふぉ、こんなもんでどうじゃろうかの」


「め、メネウさん、やっていいんですか……?」


 トットの方がそわそわとした様子で聞いてくる。思えば、木の魔法では散々やりたい放題やってきた記憶がある。特にヴァルさんとベルちゃんの対決とか、ヴァルさんの本体封印とか、ヴァラ森林再建とか。最近だと戦場にヒールをかけたのも木の魔法か。


 描画術師として行った魔法も多々あれど、たしかにトットが心配になる程メネウは木の魔法に親しんでいる。使い慣れているという事は、魔力のコントロールもそれだけ必要になってくる。その上ここでは感情による相乗効果の研究である。ミアモレでした以上の緻密なコントロールが必要になってくる。


 試練の平野でスタンやカノンがはしゃぎまわっていた理由がよく分かった。ヴァルさんは服従させた召喚獣だが、この二体は違う。召喚はしたが、それは描画術による召喚で服従させたわけじゃない。メネウの感情から受ける影響が少ないのだ。


 心を解放……、その上で5分の力。


 これはまた好奇心をそそられる挑戦である。


「いいよ、トット。やってみよう、おもしろそうだ」


「! メネウさんがいいなら、はい、ぜひ!」


 自然に口元が綻んでいたメネウに、ラルフはぽつりと零した。


「……結界が壊れなければいいのだが」


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