第152話 試練の平野
ミアモレの街を拠点にして、メネウ達は昨日研究所で聞いた『試練の平野』に行ってみる事にした。馬車で1日程の距離らしいのでちょっと足を伸ばすにはちょうどいい。
「昨夜はお楽しみだったようじゃの」
と、朝飯を食べる為食堂に降りた時モフセンに言われたが、ラルフは意味深に笑い、メネウは目を逸らしながら「ま、まぁね」と返すので精いっぱいだった。
トットは訳が分からなそうにしているが、それもモフセンが「もう少し大きくなれば分かる」と諭している。素直に頷くトットを見たメネウは、是非その時は店選びは慎重にと言いたかったが、我慢だ。
「試練の平野に行ってみたいんだけど、どう?」
「えぇんじゃないか。儂も気になっておった」
「僕も気になります。どんな場所なんでしょうね」
ラルフは黙って朝食を口に運んでいる。この国は魔法王国、基本的に口出ししない事にしているのだろう。
朝食を食べ終わり、意見も一致したところで商人ギルドに顔をだす。
優先取引権があるので、トットが道中で作りだめしておいた上級回復薬などの薬を大量に卸させてもらった。出所は言えないが、違法ではない、という事もしっかり権利書の中に記載されているので、ここの商人ギルドも喜んで買い上げてくれた。
戦後という事もあって、まだまだこういった薬の流通は少ないらしい。必要な場所に適切な値段で卸すには、商人ギルドを介するのがやはり一番いい。
馬車を引き受けて試練の平野を目指し、一同は出発した。今日の馭者はメネウである。
御者台から見ていても、どこまでも続く緑の平野が続いているだけだ。街道に沿っているので迷う事も無いが、目印が無さ過ぎて逆に行きすぎそうである。
とことこ馬を走らせながら幌馬車で一日、この辺りのはずだと夕陽に染まる平野を見ながら、メネウは馬車を道から端に寄せて止めた。
ところどころに集落があったものの、進むにつれてその姿も見なくなった。一応は農作している場所もあったのだが、それもだんだんとなくなった。
こうしてみるとただの平野である。どこまでも続く緑の絨毯があるだけだ。
「今日はここで野営しよう」
「そうだな。明日の朝歩き回ってみればいいだろう」
地図で見て、街道を挟んで試練の平野と反対側にテントを建てて野営の支度をした。
それは、ちょっとした事件だった。
薪を取り出して組みあげ、焚火をしようとメネウが火を着けたときである。
ほんの少しの魔力で付けたはずが、大きく燃え上がり火柱を上げたのだ。
「うおっ?!」
「どうした、なんだその火柱は!」
驚いたメネウが尻もちをつき、大きな火の燃える音にラルフが顔を出したが、火柱は燃え続けている。メネウはもう魔力を流し込んではいないというのにだ。
「ふぅむ……どれ」
モフセンがごくごく薄い網目状の結界を張った。
それでようやく火は落ち着いてくれた。
試練の平野……ここは元素濃度が高く、植物の育たない不毛の地。そうは聞いていたが、これは多少言い方が違うのかもしれない。
植物が育ちすぎるのだろう。そして、収穫する前に腐って落ちる。
この大地を試練の平野とはよく呼んだものである。人にとっては試練だ。ここは迷宮になっていないダンジョンそのものなのだから。
「……油断できなさそうだ。魔物はこういう場所を好むんだろう?」
「そうじゃの。交代で見張りについて仮眠を取るくらいが精々じゃろ」
「トットはゆっくり寝てていいからね。育ち盛りなんだから」
「とにかく、モフセンの結界のお陰で火は落ち着いたが……水を出すのも慎重にやらねばなるまいな」
「あ、でしたら僕がやります」
焚火の上に鉄でできた簡易かまどを置き、その上に鍋を乗せたところで、トットはヴァルさんから魔法陣の紙を一枚取り出した。
「この、削減、がたぶん効くと思うので」
その紙を片手に持ったまま、もう片手で水を出すと、見事に普段通りの水の量が鍋の中に入って行った。おお、と大人三人から歓声があがる。
トットの錬金術は謎に包まれているが、便利な事この上ない。
そのうえ魔力はピカ一で、好奇心に溢れていて……魔法王国の居心地はきっといいはずだ。
メネウはポケットの中の優先取引権をそっと触った。これがあれば、トットは好きな事をしながら好きなだけお金を稼ぎ、好きなだけ学べる。この国で。俺達と離れて。
それを尋ねる勇気が出ない。トットはどうしたい? と、聞くのが怖い。
メネウは人間とのかかわり方についてはまだまだ発展途上だ。相手の意思を尊重する事はできる。ただそれは、興味が無かっただけであって。
今こうして一緒に旅をする仲間を、失いたくないと思う。同時に、好きな道を歩んで欲しいとも思っている。
(まだもう少し……この国を見て回ってからでも……)
そう自分に言い聞かせて、メネウは優先取引権から手を放した。輪に加わって今日の夕飯の材料は何にしようかと笑って話しかける。
難しい事だった。今日は、寝苦しい夜になる気がした。
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