第151話 愛の街・歓楽街
「なぁラルフ……」
夕飯を食べ終わった帰り道、自分で歩けるようになったトットとモフセンの後ろをメネウとラルフが並んで歩いている。スタンはトットの方、ヴァルさんも背負われているし、足元をてちてちとカノンが歩いている。
メネウは前の2人に聞こえないような小声でラルフを肘で小突きながら声をかけた。
この複雑怪奇な町は至る所に登り路、下り階段、と上下に移動する造りになっているのだが、その一角にネオンライトの光る場所がある。
「なんだ」
「あそこ……歓楽街じゃね?」
同じように小声で返したラルフに、メネウは右下に見えるネオンサインの眩しい一角を指差してひそひそと話を続けた。
「……まぁ、そうだろうな」
「俺、行ってみたい」
同意したラルフに目を輝かせながらメネウは言った。しっかりと腕を掴んだまま。
つまりこれは、付いてきて欲しい、という事だというのはラルフにも十分承知できたが、無造作にメネウの腕を振り払った。
「行くなら一人で行け」
「えー、つれないこと言うなよー、頼むよー、俺行ったことないんだよお、あぁいう所」
そこでラルフは信じられないものを見る目でメネウを見た。
「……一度もか?」
「一度も。だって外出歩く時間あったら絵が描きたかったし」
描くだけなら資料の写真で充分だ。他にドラマや物語の中に出てくる歓楽街の要素を取り入れれば描くだけならできる。あくまでフィクションだが。
ラルフも男である。付き合いであぁいった類の街に行ったことは何度かある。
メネウはとことんそういった付き合いをしてこなかった……もう自分のやりたい事以外の事は何もしてこなかった……と実感して愕然とした。
ラルフは傷む額に手をあてて、モフセンに声をかける。先に宿に帰っていてくれ、と言ってメネウの腕を掴んだ。
「ふぉっふぉ、あまり遅くなるなよ」
「? いってらっしゃい、メネウさん、ラルフさん」
何かを察したモフセンと、訳の分からないトットが素直にそう言って宿屋に引き上げていく。その背中が見えなくなるまで見送って、ラルフは仕方なし、メネウと一緒に歓楽街へと向かった。
「わーいやったやった。どんな所なんだろうなぁ、綺麗なお姉さんいるかなぁ」
愛の街、というだけあって歓楽街に近付くにつれ、客引きが目立つようになってきた。メネウの目的は肉体的接触では無く、歓楽街の雰囲気で酒を一杯ひっかけたい、というものだったので、客引きを物珍しそうに見ながら適当な店を目で探している。
どう見てもいいカモである。ラルフがいなければ甘言に騙されてぼったくりの店に突っ込まれるのが落ちだったかもしれない。
しかし、メネウは妙に鼻が利くというか……逆に、よくぞこの店を引き当てた、というべきなのか。
一件のシックな造りの扉の前でぴたりと脚を止めた。ラルフが看板を見て、まさか、と思ったところで早速ドアを開けている。
「おい、メネウ……」
「お邪魔しまーす」
その上元気に挨拶している。店の中に居た店員も客も一瞬目を入口に向けるが、すぐ歓談に戻った。
一人の女性店員が近づいてくる。
「いらっしゃ~い♡ ようこそ、初見さんよね。よかったらカウンターでもいいかしら」
客の人数が2人だったので、狭い店内だからとカウンターに案内された。しかし、ここでメネウは物凄い違和感を感じていた。
目の前に居るのは美女と言って差し支えない店員だ。髪も綺麗だしメイクもしっかりしている。胸もあるように見える。
しかし、声がどう聴いても裏声の男の声なのだ。
メネウの顔からさーっと血が引いていく。もしかしなくても、いや、確実に、入る店を間違えた。
助けを求めるようにラルフを見たが、もう遅い、という目で見返してくる。ぐっと背を押して来たので諦めてメネウは入店する事になった。
「あら、かわいい坊やたち♡ いらっしゃい♡」
「座って座って! お姉さん一杯おごっちゃう!」
カウンター席に縮こまるようにして座ったメネウと、やけに寛いでいるラルフが並んで座ると、目の前にすっとカクテルが二杯出て来た。
接客してくる人は美人なのだが、どこか肩幅が広かったり、顎が割れていたり、うっすら顎が青かったりする。メネウはただ、綺麗なお姉さんのいるお店に興味があっただけなのだ。こういう店に入りたかったわけでは無い。
しかし、出ていく勇気もない。出された酒と、少しは自分たちで酒を呑んで金を落としていかなければ失礼というものだろう。
カクテルをぐいーっと飲み干したメネウは、そのさわやかな酸味と甘みのカクテルを気に入ってもう一杯頼んだ。
ラルフはゆっくりと最初の一杯を傾けている。
(おい、ラルフ何寛いでんだよ)
ごく小さな声でメネウがラルフに囁くと、ラルフはふっと微笑んでこう言った。
「実家に居るようで落ち着くな」
その微笑と声音に、果たして黄色い声をあげない女性(女性)はいるだろうか。いや、いない。
メネウは諦めた。とりあえず酒は旨い。野太い声の女性(女性)達に接客されながら、少し遅くまでゆっくりとお酒と雑談を楽しんだ。
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