第150話 愛の魔法

 メネウは緊張の面持ちでドームの中に入った。


 先程よりも複雑な魔法陣……つまり、これから起こる現象は先程よりも数段恐ろしい事が起こるはずだ。


 魔法陣の紙を片手に掲げ、それに杖の先を当てて呪文を唱える。


(五分……五分……!)


 頭の中はそれでいっぱいだ。自分の中にある魔力を細い糸のようにして杖に流し込む。たぶんこれで五分くらいのはずだ。


「愛で満たされた大地に今一度問う、我資格を持つ者なり……!」


 トットの時とは比べ物にならない程の風が足元から吹きあがる。


(五分……! 五分だぞ、五分?!)


 これ以上魔力の絞りようが無い。メネウはガタガタと揺れる壁を無視して、えぇいままよと呪文の続きを唱えた。


「大地に眠りし夢よ、今こそ花開く時『グランド・シャウク』!」


 その光景は壮絶を極めたと言っても過言では無いだろう。


 種も何もない土から、無数の大樹がものすごい勢いで生えて結界につっかかり、天井で枝葉を押し合いひしめき合っている。


 メネウが居る場所を除いた全てが大樹に埋め尽くされた。カノンの時のトレントの比ではない密度で、巨大な大木たちが外に出ようと必死に己を成長させている。太い幹がひしめき合い、モフセンの強化した結界にひびが入ったところで、メネウはハッとして魔力をせき止めた。


 すると、大樹は全て土になって床に落ちた。ざざぁと音をたて、まるで何事もなかったかのように平らな地面になった。


 なんとか結界を壊さずにすんだ、と思いながらメネウは精神的疲労を感じながら部屋を出ると、所長が泣きながら両手を握って来た。所長、鼻水出てる出てる。


「まさか……まさかこの魔法を成功させてくれるお方が現れるとは……!」


 確かに不思議な魔法だった。


 魔力を籠めている間だけ、大樹が出現する。ここの土は土属性魔法の実験所のはずだから種が混ざっているとは考えられない。それに、種を成長させるだけの魔法ならば魔力をせき止めたとしても土には戻らないはずである。


「ここの土は『試練の平野』より採取したものです。試練の平野は元素含有量が多すぎる為に作物が育たない、という場所なのですが……先般の戦でナダーアが狙っていたのも試練の平野でしょう、無駄とも知らずに。マギカルジアはそういう国なのです。そして、今あなたが成功させた魔法は……土の元素が見る夢、憧れる大地の姿を現しています」


 なるほど、とメネウは思った。大地の見る夢、それは豊かな植物の群生する土地。これの威力を抑え、持続時間を長くする、またはそういう魔導具を作る、そうすることによってマギカルジアでも農業の発展が見込めるはずだ。


「元素の含有量が多いって事は……さっきの大樹は幻じゃなくて、この土に含まれた元素が形をとったって事?」


「そうです。我々はこの豊かなる不毛の土地で農作物を育てるために、大地の夢を知る必要がありました。そして、あなたが理論を実践してくれた……大地は育ちたがっている。それも、我々が想像する以上に!」


 所長はメネウから魔法陣の紙を受け取ると、颯爽と背を向けた。


「館内はご自由に見学ください! 我々はこれからこの二つの魔法の研究に入ります。貴重なデータをありがとうございました!」


 部屋に居た研究員が何人か、慌ただしく所長の後を追って部屋を出て行った。


「見学っていっても……もうお腹いっぱいって感じなんだけど」


「まぁ研究所の肝の部分は見られたしな。宿屋を探しに行く方がいいんじゃないか?」


 結界の補強をほどいたモフセンも、ラルフの言葉に同意した。


「約一名魔力切れを起こしかけているしの。今日は早めに食って寝る事にしよう」


「は、はひ」


 その魔力切れを起こしかけているトットは、まだくったりと座っていた。


 メネウが肩を貸して立たせるも、ふらふらするので結局ラルフがおぶった。


「しかし、マギカルジア……さすが魔法王国というだけあるのう。感情と元素の関係とは、面白い研究じゃろうて」


 帰り道を歩きながら、モフセンが嬉しそうに髭を撫でている。


「モフセンは知ってた? 元素と感情の関係」


「いんや、知らんかった。この歳でも知らん事がまだまだある。こんなに面白い事は無い」


「そっかぁ。マギカルジアには古のダンジョンは無いみたいだけど、試練の平野っていうのも気になるし、他の街もみてみたいよね」


「ぼ、僕も他の街が見てみたいです……!」


 ラルフの背中からトットが言う。ラルフは黙っているが、特に反対する様子はなかった。魔法に明るくない剣士は、特に反対する気もなくついて来るらしい。


「愛の街って言ってたけど……そういえばやたらカップルが多いような……」


 今更道行く人々を見ると、男女であったり男同士であったり女同士であったり、とにかく二人一組で歩いている人が多い。しかも親密な様子だ。恋人同士だと丸わかりである。


「……ラルフの顔を見る女性が少ない。凄いな愛の街」


「どういう意味だ」


「イケメンに興味無いくらい相手の事が好きなんだろうなって意味」


 褒められたのだか貶されたのだか分からないラルフは眉根を寄せる。別に自分の顔に耳目が集まる事は重要では無いが、たしかに普通の街より視線を感じない。


「これも愛の魔法ってやつなんかねぇ……俺には縁が無いけど、幸せそうなのはいいな」


 そう呟きながら、メネウはちょっとよさげな宿屋を見つけてそこに向って歩を進めた。

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