第137話 スケッチ!スケッチ!スケッチ!

 メネウたちはとりあえず外の街を観光する事にした。


 宿屋を出てすぐのところに温泉まんじゅうが売っており、セティが食べようじゃないかと近付いていく。


 メネウの記憶には前世のアニメ知識も豊富に含まれている。食べたら元の世界に戻れない……なんて話もあったはずだ。


「待って! ……よし、いいよ!」


 温泉まんじゅうを、サーチのかかった目で真剣に吟味したが、食べたら元の世界に戻れなくなったりする訳では無いようだ。豚にもならない。一安心。


 そんな心配をするほどに、アニメの中の世界の如し幻想的な街だった。


 人数分の温泉まんじゅうを買って(ラルフは甘い匂いに釣られて二個買っていた)ふごふごとあったかい餡子と棗の入ったまんじゅうを食べながら街を歩く。


 右手には温泉の川が流れ、所々に朱塗りの橋がかかっている。


 左手には所狭しと大から小までの宿屋がならび、見上げればダンジョンの天井があるが、いい具合に湯気でくぐもっていて閉鎖感は無い。


 温泉まんじゅうを咥えたまま、メネウは普段使いの紙束と木炭を取り出して、歩きながらスケッチしまくった。


 異世界にきてからこっち、ヨーロッパ風と中東の混ざったような街並みは見てきたが、まさかこんな場所があるなんてという気持ちで温泉宿やくつろぐ魔物の姿を描いていく。


 次々に模写しては紙をめくっていくので、一通り歩き回った時には持っていた紙がなくなってしまった。


「……紙売ってるところ無いのかな」


「まだ描く気なんですか?!」


「もうええじゃろて。それよりダンジョンの攻略をせんでええのか?」


 トットとモフセンに言われて泣く泣く紙束と木炭を仕舞ったメネウは、立ち止まって考えた。


 空間系のスキルでこの街に辿り着いた訳じゃ無い。ダンジョンのギミックの一つのはずだ。


 単純に足湯のところに戻ってまたスイッチを操作すればいいのか、この街こそが最下層に辿り着く道なのか分からない。


 分からないことは聞けばいいのである。先ほども声を掛けられたように、ここの魔物は人間に対して友好的だ。


「どうやったら最下層に行けるか、聞き込みしよう」


「そうだねぇ。アタイらがぞろぞろ固まって動くよりは分かれた方がいいんじゃないかい?」


「だな。メネウは俺とセティ、モフセンはトットとカノンたち、これで分かれて聞き込みをしよう」


 ラルフとしてはメネウとセティに聞き込みを任せる事に若干の不安があったのでこの組み合わせを提案したのだが、そんな事は一ミリも心配していないメネウはそれに賛成して二手に分かれた。


「あのー、すみません」


 温泉客らしい大柄なオークに声をかける。ラルフは「なんでまたそのチョイスなんだ……」とばかりに顔を覆っているが、メネウは臆さずにオークに語りかけた。


「ここ、トロメライで合ってます?」


 まずはそこから、である。何かしらの機構でダンジョン外に移動させられていたら、やはりあの足湯から戻るしかない。


「あぁ、ここはトロメライの最下層の一つ上の階だ。最下層にゃここからいけるが……まぁ近づく奴はいねぇなぁ」


 オークの言葉に三人は顔を合わせて首を傾げた。こんな平穏な場所を造るような精霊がいるのである。何かしら崇められたり祈ったり捧げ物をしたりしていてもおかしくない。


「最下層近くになんでこんな街がある?」


 ラルフが端的に聞くと、オークは豚の口をあけてがははと笑った。


「トロメライはな、魔物の為のダンジョンだ。そりゃあ普通に徘徊して冒険者を襲う魔物もいるが……ダンジョンの中は元素が濃い。その元素によって俺みてぇなただのオークでもこんな服を着たり温泉を楽しんだり……喋ったりできるわけさ」


「でも、なんで精霊がそんな事をするんだい?」


 セティがもどかしそうに続きを促した。


「そりゃ、外は今おっかねぇからな。俺もこの街に来るまでは普通のオークとして暮らしてた。仲間も家族もいた。……そいつらは皆、何かの実験に拐われてったよ。俺ぁ死に物狂いで逃げ出してな、トロメライに入ったら『お前を保護する』と、精霊様の声が聞こえたわけだ。それでまぁ……いつからだっけなぁ? こんな天国みてぇな場所にいるのは」


 その辺は記憶が曖昧なようだ。


「でもなんで、保護してくれてる精霊の所に誰も近付かないの?」


「そりゃおめぇ、トロメライにいるのは火の精霊だ。文字通り烈火の如く怒ってんだよ。魔物を好き勝手にいじくりまわすよくわからねぇやつに。とてもじゃねぇが……あそこに近付くのは無理だ、暑すぎる」


 ほれ、とオークは温泉の川の源流を指差した。


 もうもうと立ち込める湯気は、それ自体触れたら火傷しそうに見える。川は今いる場所より大分低い所にあるが、源流近くには確かに店が建っていない。それだけ暑いのだろう。


「ありがとう、色々教えてくれて」


「かまわねぇよぉ。ここは魔物の街だが争い事は御法度なんでな。元素が満ちていて人間を襲う理由もねぇ。のんびりしてきな」


 メネウたちは一礼するとオークの元を去った。他の魔物に話を聞いてみても、皆一概に同じ事を言う。


 保護されてこの街に住み、それぞれが宿屋や店をやりながら、のんびり暮らしている。そして、火の精霊の場所には近づけない。


 これ以上情報はないだろう、というところで、あらかじめ決めておいた集合場所でモフセンたちと合流した。


 そちらもまた同じような内容しか聞き出せなかったという。


 それでも収穫はあった。火の精霊の所に行くには、あの源流を行かなければならない、と。


 暫し考えて、メネウはペロリと舌舐めずりした。久しぶりに攻略しがいのある難問だ。


「とりあえず宿に戻ろう。少し考える」


 メネウの声は弾んでいた。ラルフたちはわかっている、メネウが悩んでいるのはどんな楽しい方法でそこを突破するか、という事だと。


 だから、黙って今日は宿屋に泊まることにした。

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