第121話 然るべき
「ぬぅ……」
ラルフとスタンもまた、継ぎ目の無い四角い部屋に居た。
一緒に扉を潜ったものは同じ部屋へと通されるようだ。予想通りではあったが、何分出られる部屋では無いのが問題だ。
どうしたものかと腕を組んで検討するラルフの目の前に、ぬるり、ともう一人のラルフが現れた。
黒い全身鎧を纏い、右腕が剣に侵食されている。完全に同一化した剣をラルフに向けて、もう一人のラルフは口を開いた。
「か弱き人の子よ、英雄たらんとする者よ。何故この世界に生きるのか?」
平坦な声である。
一瞬呆然と立ち尽くしてしまったが、ラルフは急いで剣を構えて斬りかかってきた刃と競り合った。
実力は互角、力も技術も鏡写しのように同じ。
刃を滑らせて距離を取り剣を振りかぶると、全く同じ動きでまた鍔迫り合いだ。
「今一度問う。か弱き人の子よ、嫉妬に飲まれし者よ。何故この世界に生きるのか?」
「何故それを聞く」
ラルフは考えた。
出口のない部屋でこれが出てきたことには意味があるはずだ。倒すか、問答に正解する事で道が拓けるはずである。
しかし倒すのは難しい。斬り結ぶ今も、均一の力で刃の押し合いになってガタガタと震えている。
「生きるとは何か?同じ力、同じ体、同じ技術、それをこうして俺は体現している。なのに、何故貴様が生きる必要があると思うのか。それを問いたい」
「知るか!」
確かに目の前に現れた者はラルフと同等だろう。
しかし、全くの一緒ではない。現に目の前にいるのは、醜い嫉妬に飲まれた時のラルフだ。
横目に見れば、スタンも巨大化して何かと争っているようだ。しかし、スタンの相手は見えない。高い声を張り上げながら、時折何かとぶつかり合っている。
恐らくラルフと同じことに陥っているのだろうと推測できた。
「再度問う。か弱き人の子よ、克己たらんとする者よ。何故この世界に生きるのか?」
その時、ラルフの中にもやっとした感情が生まれた。
よりにもよって、お前がそれを問うのかと。
黒い炎が胸の中で渦を巻き、己を焼き尽くさんとするかの様に、ちりちりと全身を焦がしていく。
「ふざけるな!俺は、常に怒り続けるために生きる!過去の自分を燃やしながら、それを糧に生きてゆく。己への贖罪と後悔を常に怒りながら生きるために生きるんだ!」
自覚はしていた。常に己の中で、後悔と似た何かを感じていた。
しかしそれは後悔ではない。悔いたところでどうしようもない。忘れようもない己の不覚を、いつも怒っていた。平穏に見えても、優しさを分けていても、消えることのない憤怒を抱えて生きていた。
そしてこれからも、その怒りを元にさらに高みを目指す。
ラルフの剣がもう一人のラルフの剣を弾き、その隙に胸へと深々と一撃を加える。
刃はもう一人のラルフの鎧を砕き、背から突き出ていた。
「そうか、お前は怒りで生きるのか……」
「そうだ。お前のことを常に忘れない」
「悪くは無いな……」
頑張れよ、と聞こえた気がしたが、もう一人のラルフは水となって消えた。
足元から水がせり上がってくる。
「ピロ!」
いつのまにか小さくなったスタンがラルフの肩にとまる。スタンにも訳が分からない様だ。
「……まぁ、致し方あるまい」
なる様になる、とラルフは諦観して水嵩が増えるに任せた。
水が頭の上まで達すると、見知らぬ部屋に立っていた。
「おつかれ、ラルフもスタンも」
目の前では壁にもたれかかったメネウがいた。片手を上げて二人をねぎらう。
「ここは……?」
「カプリチオの最上階らしい。俺もよく分からないんだ、ラルフたちと同じで溺れる、と思った瞬間にここに立ってた。そしてみんなのことを、あの子と一緒に見てたんだ」
メネウがあの子、と示した先に居たのは、よく分からない生き物だった。
半透明の体をしている。長い頭の先は尾のように丸まって、先端にはヒレがついていた。
頭と体の大きさは同じくらいで、大きな目をしており、デフォルメされたような手と脚がちょこんとついている。
4つの水盤がその子の前に浮かんでいて、その内の2つが光っている。
「俺たちのこともここから見てたらしい」
「悪趣味だな」
「何を聞いても返事もしてくれないし、俺の例から見てもここに来るはずなんだ。だから待ってた」
「仕方ない、待つか」
「あぁ。すぐ来るよ、きっと」
そしてメネウとラルフは、水盤へと目を写した。
そこには背中併せに立つ、トットとモフセンが映っている。隣の水盤にはセティだ。
トットとモフセンは険しい顔をしている。
彼らの視線の先には、母親を亡くしたばかりのトットと、全盛期のモフセンが立っていた。
「か弱き人の子よ、賢しくあろうとする者よ。何故この世界に生きるのか?」
「か弱き人の子よ、老いに抗う者よ。何故この世界に生きるのか?」
平坦な声である。
トットはナイフを構え、モフセンも構えをとった。
だが、モフセンは構えをすぐに解く。意味がないことを悟ったのだ。
全盛期のモフセンがモフセンへと襲いかかるも、全てを軽くいなされてしまった。
「老いに抗うのは、この先を生きる命のためじゃ。儂が死んでも技能は残る、儂が生きていれば技能が生まれる。なぁに、儂一人の命ではない。……長く生きたぶん、踏みしめている命は多いんじゃよ」
トットもナイフを下ろす。悔いるように唇を噛み締めた。
「僕は母さんに命を繋いでもらいました。その後も、メネウさんたちに繋いでもらって……選んでこの場所に居るのは僕です。ですが、僕の命を繋いだのは僕だけではないんです!」
モフセンとトットが、同時に走り出して目の前のもう一人の自分へと拳を見舞った。
「例えどれだけ悲しいことがあっても!」
「例えどれだけ未来が暗くても!」
「「今を生きることが生きる理由じゃ(です)!」」
殴られたもう一人の自分の頭がぱしゅっと弾けて水になった。
そうして室内に水が満ちて、二人はメネウたちの目の前に現れた。
「二人ともお疲れー」
メネウが簡単な調子で告げると、トットもモフセンもほっとしたように笑った。ヴァルさんの本体はここに無い為に、一人置いてけぼりの状態だったらしい。トットの背に張り付いて黙っている。
室内を見渡して状況を察すると、モフセンは苦笑いを零す。
「なんじゃ、見とったのか」
「ここはどこですか?セティさんは……」
「アタイはここだよ」
トットが聞いた瞬間に、背後からセティとカノンが突如現れた。これで全員集合である。
見逃した、とメネウが騒いだものの、すぐに切り替えてあの子を見た。
「さて、そろそろ説明してくれる?」
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