第120話 メネウとはメネウなり
「どーなってんだろ……みんなどうせ入ったんだろうな」
迂闊に飛び込んだ自分が悪い事は重々承知だが、たぶん全員中に入っただろうとメネウは考えていた。
一歩足を踏み入れた瞬間、何かに吸い寄せられるように身体が沈んでいったように思う。
その状態で喋れたのだから、即死した訳ではないことは伝わった筈だ。
1人で入るのも、全員で入るのも正解ではない。
1人で入って対処できない事が待っているかもしれない。かといって、全員で罠にかかるのも得策ではない。即死ではなくともその先で死んだかもしれないのだから。
その辺は弁えているはずである。だからメネウは、今は自分がここから出ることを考えた。
コンコン、と四方の壁を杖で叩いて回ってみるが壁の厚さは均一のようだ。どこかが脆いという訳では無いらしい。
天井を見上げても床を見ても壁と同じくまっさらな継ぎ目のない造りをしている。窓も扉も灯りも無いのに何故周囲の様子が目視できるのか分からないが、たぶん部屋自体が薄っすらと発光しているのだろう。
試しに壁に向かって土の魔法を唱えてみたが、何の反応も無い。
今度は部屋の真ん中に向かって風魔法を唱えてみる。と、小さな竜巻が起こった。ちゃんと反応がある。
今度は仕込の剣で壁を叩いてみる。性能カンスト武器の筈だから傷の一つでも付けられるかと思いきや、豆腐でも切ったような感触で剣がすり抜けた。
「部屋への攻撃は無効か……。てことは何かしら起こるのを待つしかないのかな」
と、メネウが壁に向かって呟いていると、背後で何かが動く気配がした。
ずぞ、という這うような音を立てて、床から人間が生える。メネウはそれを目を丸くして眺めるしかなかった。
「……俺?!」
メネウの目の前には、無表情で服装こそ違えどメネウそのものの姿をした人間が立っていた。
錫杖を持って、貴族か富豪のような豪奢な見た目をしたメネウらしき人影は、その錫杖を構えてメネウに水の魔法を無詠唱で放つ。
驚嘆で固まっていたメネウは転がるようにして水の球を避ける。連続で壁に吸い込まれていった水の球は、確かにメネウが居た場所を狙っていた。
「なるほど……?これを倒すのが鍵、かな?」
「か弱き人の子よ、異端なる者よ、何故この世界に生きるのか?」
メネウの声そのもので、なんとも平坦な調子で水魔法を放った相手は問うた。
「何故も何も生きているから生きてるんだ、よ!」
答えながらメネウは相手に向かって切り掛かった。が、素直に受けるはずもなく相手はふわりと後方に飛んで剣戟を避け、また水の魔法をメネウに向かって放った。
それを避けたメネウに、また相手は問う。
「か弱き人の子よ、神の現し身たる者よ、何故この世界に生きるのか?」
すると、メネウは突然身体が重くなったように感じた。
はらはらと髪が抜けて足元に落ちる。
は?と思っている間に、筋張っていた手が骨と皮で出来た袋に水を詰めたようなぶよぶよとしたものに変化していく。
「か弱き人の子よ、描く者よ、何故この世界に生きるのか?」
メネウは驚いて顔を上げる。装備が重たい、背筋を伸ばしていられない、立っているのも億劫なほど身体が思うように動かない。
「今一度問う。か弱き人の子よ、異端なる描画者であり神の現し身たる者よ、何故この世界に生きるのか?」
目の前の相手の姿も、メネウの変化に合わせて姿が変わっていく。
お互い服装はそのままに、ストレスで所々しか髪が生えておらず、不健康に生白く、ブヨブヨとした体で猫背の姿……転生前の、山本和也の姿になって対面していた。
「醜い。醜いな、お前はひどく醜い。何故このように醜くなったのか、そしてなお、その醜さの果てにまだ生きているのか」
「描いていたからだ」
メネウは一瞬取り乱しかけた。
しかし、ここはあの狭いアパートでは無い。葦の原野でも無い。
「描いて描いて描いて描いて、それしかせずに、本能も超えて、それだけでも満足できずに、描き続けた結果だ」
飯はただの栄養だった。
睡眠は体を動かすための必要最低限だった。
外出はしない。立ち上がるのも用足しくらいで、体は衰え背は曲がった。
本能にも勝る欲求を満たすためにずっと描いていた。それに耐えきれず髪は抜け落ちていったが、気にならなかった。
メネウは自分に向かって、状態異常の魔法を唱える。レジスト。体は軽く、姿も少しずつ戻っていく。
「それほどまでに描いていたのに、今に満足できるのか?」
「できる。……飯のうまさも、疲れて眠る心地よさも、大地を踏みしめる感触も、誰かと常に一緒にいる心地よさも、描くことと同じくらい大事になったからな」
それ即ち生きること。
「何故この世界に生きるのか?」
「生きるのが楽しいから!」
メネウに戻ったメネウは笑って答えると、未だ山本和也の姿をした相手に思い切り剣を突き刺した。
抱きしめるように剣を深く差し込む。不思議と手応えが無かった。
「そうか。お前は、楽しいのか」
「そうだよ。最低限文化的な生活は、悪くない」
「そうか……か弱き人の子よ、たとえそれがいつかお前を裏切ることがあっても、楽しんで生きろよ」
「そうするよ」
メネウが差し込んだ剣を上に斬りあげると、敵はざぱっと水になって床に溢れた。
その水が段々とかさを増やしている。あっという間にメネウの膝まで水で満たされてしまった。
「ちょ、ま、なんで?!」
メネウが嘆く間にも、水はどんどんと増えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます