第113話 負傷兵治療舎にて
メネウとトットが向かったのは、先日まで戦場だった場所からは少し離れた、ジュプノから比較的近くに建てられた木造の建物だった。
何千人、いや、万にも届こうという人間を治療する場所だけあって周りには何も無く、建物の周りには大きな天幕がいくつか残っていてまだそこに寝かされている人もいる。既に終戦から1ヶ月は経っているのに、どうした事だろうか。
合流したここの責任者である医療ギルドの人には歓迎された。ここもどうやらアルカッツェの手も借りたいほどらしい。
建物の中の一室に通されて、現状の説明を受けた。
建物内はもっと重症の人間が収容されていて、100人近い体制で治療に当たっているが手が回らないのが現状だそうだ。
回復薬が無くなって長いので、魔法でなんとかもたせている状況だが、魔力の回復には食事と睡眠しかない。頑張っても頑張ってもいたちごっこなのだそうだ。
「中級以上の回復薬があれば天幕の人間は殆どよくなる。建物の中の人間も上級回復薬である程度は回復するんだが……金はあっても物が尽きている上に、他の町から取り寄せる人員が無いんだ」
忙しすぎてやるべき事は分かるのにそちらに手を割けないという悪循環にあるようだ。
メネウとトットは目を見合わせて、ひそひそと話し合った。
「僕の回復薬とメネウさんに預けてあるものを合わせたら数は足りそうですね……」
「上級しかないから外の人たちに行き渡るように中級くらいに薄めて、数を賄おうか。俺は屋内の人に片っ端から回復魔法をかけていくことにする」
方針を決めて顔を上げると、メネウたちは責任者の前にポーチやヴァルさんから回復薬を取り出して机いっぱいに並べた。
重苦しく疲れた顔をしていた責任者の顔が、驚愕に変わる。
「こ、これは……?!」
「俺たちの個人的な在庫です。全て上級回復薬なので、こちらの錬金術師が怪我人の様子を見て適切に分配します」
「案内の人をお願いできますか?僕は医療には明るくないので、どの程度の回復薬が幾つ必要なのか適宜教えて欲しいんです。足りなくなったら作ります」
責任者はもはや神を崇めるように手を組んで涙していた。
地獄に仏と呼ぶにふさわしい状況だったのだろう。
戦時中に粗方の薬は全て使い切ってしまい、買い付ける金はあっても買い付けに割く人的余裕は無い。そんな暇があったら回復魔法をかけていなければ死者が増える一方だ。
しかし、回復薬があればその状況は好転する。金もある。だのに、それを買いに行くより回復魔法をかける事を優先しなければ人が死ぬ。二進も三進もいかなかったのだ。
そこに、目の前に状況を改善するだけの薬と、その上足りなければ作るという錬金術師が付いている。これだけでどれだけの人間が救われることだろうか。治療される側も、する側もである。
1ヶ月以上休みなく働いていた所に一騎当千の応援だ。
「俺は重症の人に回復魔法を。皆さんお疲れでしょうから休んでください」
「おぉ……!」
これまた救いの手である。
先も述べたように、魔力の回復には睡眠と食事しか手段がない。交代で休みを取っていても、言うならば黄色ゲージで魔法を使い続けていたのだ。一人手が増えるだけでもありがたい。
「俺が魔法をかけている間は、皆さん休んでくれて大丈夫です。むしろかけている間は離れていてもらう方が助かります」
「いや、しかしそれは……」
建物の中には回復魔法を半日切らせば悪化するだけの患者が千人近くいるのだ。100人で回してもいっぱいいっぱいなのに、一人で何ができるというのか。
「……回復魔法を使えるけれど医療ギルドに所属していない。これで事情を汲んでください」
「しかし、これ以上、死者を出すわけにはいかないんです」
元より国内から非難が挙がるような戦争だ。無駄死にと言われてしまいかねない。怪我をしただけでもやりきれないはずである。
見兼ねたトットが口を出した。
「メネウさんなら大丈夫です!安心して任せてください」
この薬の山をこさえた錬金術師のお墨付きである。
しばらくメネウと責任者の睨み合いとなったが、責任者が折れた。
「……何かあったらすぐ呼んでください」
「はい、もちろん」
こうして医療ギルドの人間を建物から追い出し、外の天幕はトットに任せて、メネウは建物の中を見て回った。
あちこちから苦しみに呻く声が聞こえてくる。
どの部屋もひどい状態だった。辛うじて清潔に保たれてはいるが、胸の悪くなるような光景と臭いが漂っていた。
(要は、強力なヒールを建物の中の人間にかければいいんだよな?)
大雑把だが大正解でもある。
疲弊した医療ギルドの人間の魔法は、例えるならば低級回復薬くらいの効果しかない。
中で寝ている人間は腕や脚が無くなっている人も少なくない。内臓に損傷を受けている人もいる。その患部から壊死しないようにする以上の事はできずに、時間と魔力を浪費し続けていたのである。
ここはどーんと一発、でかいのを決めて状況を改善しなければならない。
メネウは一通りの部屋を見て回ると、責任者と話した部屋に篭った。
目を伏せて杖を構え、空間操作のイメージで建物全てを頭の中に捉える。
ヒールは篭める魔力量で効果が変わる。建物全てにメネウの魔力を行き渡らせるように想像すると、メネウがいる部屋から建物全てを囲むように緑色の魔法陣が展開した。
深緑の光を放つ魔法陣が、一際強い光を放ちながら建物の下から、ずず、と上がっていく。
(ハイ、じゃ足りないよな……エクセレント!くらいのヒール……を、この範囲に……)
メネウが気持ちを定めて魔力を篭めると、魔法陣は上へと一気に上がり建物の屋根の上で弾けて消えた。
「ふー……」
魔力の三分の一は使っただろうか。さすがに疲れたメネウが息を吐いて座り込む。
様子を見に行きたいが、収容されている人数が多いだけありやたらと広いのだ。
スケッチブックを取り出して、浮遊する目玉の幽霊のようなモチーフを10体程描くと、具現化して建物の中に放った。
天井や壁をすり抜けた目玉たちは、メネウの目の代わりである。
目を閉じると、10個のモニターの前に立っているイメージが浮かんだ。
そのモニター一つ一つに、目玉たちがみている光景が映し出されている。
しかし、そんなものは必要なかったかもしれない。
「な、治った……、治ったぞ!」
「腕がある!見てくれ、俺の腕が!」
「あぁ、二度と立てないと思ったのに……!脚が……床を踏んでいる!」
建物のあちこちから聞こえる歓声が、メネウの耳にもたしかに聞こえた。
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