第104話 再来!金の竜

『メネウさん、急いで教会に来てください』


 セケルからの急な呼び出しがあったのは、お家騒動(?)のすぐ後、町に戻る道中だった。


「セケルがすぐ来てだって」


「セケル神が?ならば急がねば」


 4人はすぐに駆けて町に戻った。相変わらず無機質な灰色の町並は荘厳さを湛えているが、お構いなしに足音を響かせて町の最奥にある教会へと急いだ。


 ばたばたとやって来て勢いよく扉を開けたそこには、難しい顔をしたセケルが一人佇んでいた。


「あぁ、来てくれたのですね。ありがとうございます」


「そりゃ、呼ばれたら来るよ。一体どうしたのさ」


 眉間の辺りを指でとんとんとメネウが示しながら訪ねると、眉間の皺を緩めてセケルは重い口を開いた。


「やはり、ジャミングされていました。金の気が大変な高まりを見せています」


「金の気……金の竜?!」


「そうです。海にまで溶岩が流れ出した事でようやく分かりました。このままでは水の気が侵食されてしまいます」


 この世界の元素は五行思想に近い考えをもとに成り立っている。


 それで行けば、金は本来水を生むものだ。それが侵食しているとなると、相当金の竜はアペプから何らかの影響を受けているとみて間違いない。


 金は本来水を生むものだと考えれば、いっそ水の気までアペプの影響下に置かれる可能性がある。


「おとなしくしていると思ったら、そんな事になっていたとは……」


 ヴァルさんが悔しそうにつぶやく。


 確かに、あれだけヴァラ森林に拘っていたかと思えば、その後一切手を出してこなかった。


 別方面へアプローチを切り替えていたのだとしたら納得だ。


「メネウさん。今から金の竜の本拠地に乗り込んでください。そして、どうか殺さず力を削いでほしいのです」


「えぇと……殺すとバランスが崩れるんだっけか」


 ヴァルさんに一度怒られているので何とか覚えている。


 竜は現象である。それを殺してしまえば世界のバランスが崩れる。


 全くもって迷惑な話だが、そんな重要な役割を担っているのなら簡単に影響を受けないで欲しい。


「場所は……、ここです。この、黄金郷エルドラドを囲む鉱山2つから、溶岩が流れ出しています」


 ラムステリスから南西の方向にある島国を示してセケルは言った。


 エルドラド、に聞き覚えがあったメネウは少し考える。


「ここ……戦争中にマギカルジアを支援していた国だ」


「選民思想の強い島国になります。くれぐれも住民に見つからないように。下手をすれば領土侵犯で死刑です」


「うへぇ……」


 助けに行くのに損な役回りである。


 文句を言っても始まらないので、メネウは一行に向き直った。


「聞いた通り、危険な仕事になる。何なら俺一人で行くけど……」


 どうする、という問いかけに3人は三者三様に溜息を吐いた。


 今更何を聞くのか、という呆れた目でメネウを見ると、さすがにコミュニケーション不全のメネウでも視線の意味が分かった。


「我も大して役には立たぬだろうが行くぞ」


「きゃん!」


 ヴァルさんとカノンもやる気満々である。


「お願いします。金の竜を鎮めてきてください」


 頷いたメネウたちは踵を返して教会を出た。


 そこで方針でも決めるのかと思ったが、メネウはそのまま教会を回り込んで裏手に回った。


 訳もわからずラルフたちはついていくしかない。


 馬車を借りてもナダーアの半分とマギカルジアを経由して更に隣の国まで抜け、船で向かうことになるはずである。長旅だ。


 入念な準備をしなければならないはずである。


「おい、メネウ……」


「わかってる。でも、お使いにそんな時間かけてられない」


 神からの頼みをお使いの一言で片付けると、人気が無いのを確かめてメネウはスケッチブックを取り出した。


「人気無し!人目無し!指差し確認よし!」


 筆で右と左を差して声に出すと、早速とスケッチブックに何かを描き始める。


 嫌な予感しかしない。


 と、思えど時すでに遅し。人目につかなきゃオーケーという結論に達したメネウを止められるものは現状、残念ながら居ない。


「召喚!」


 そう言ってメネウが呼び出したのは、……呼び出したはずだが、ラルフたちの目には何も見えない。


 いや、よく見ると視界が多少歪んで見える。しかもそれが動いているように見えて……。


「はい、というわけで透明なペガサス馬車です。行こう、行ってもう決着つけよう」


 ややキレ気味なメネウの調子に、ラルフはようやく得心がいった。


 この男、地味に怒っているらしい。


「ヴァルさんの領域を侵犯したのもだけど、いい加減やり過ぎ。面倒臭すぎ。金の竜って何なの、ちょっと力削ぐ位はやっていいよね?」


 ぶつぶつと独り言を言いながら馬車のドアを開けて乗るように指示すると、自分は御者台に座った。すると、メネウの体も透明になって溶け込んでしまう。


(……今、何を言っても無駄だろうな)


 早々に無駄を悟るとラルフは大人しく馬車に乗り込んだ。トットとモフセンも続く。


 中は意外に広かった。どうやら空間操作で広げてあるらしく、体が痛くならないようにとたっぷりのクッションが敷き詰められている。


 座席には、はめ込み式のベルトが設置されていた。不思議に思いながらラルフがそれを体に回してカチ、と止める。


 斜めに体の前を通るようになった太めのベルトに首をかしげる。トットとモフセンも見よう見まねでベルトを締めた。


 嫌な予感がしたのだ。ヴァルさんはしっかりトットにつかまっているし、カノンもスタンも座席に爪を立ててしがみついている。


「ベルトした?したね?やり方は見たらわかるようにしたからしたよね?……よし、行くよ」


 御者台からのメネウの声は淡々としていて平坦だ。


 怒りの深さを侮っていたかもしれない、とラルフは気を改めた。


 メネウは一気に手綱を振ると、ほぼ直角にペガサス馬車は上昇した。


 体が斜めになるのを、ベルトを掴んで堪える。馬車も直角に立っているようだ。


 ある程度上昇すると、今度は早駆けもかくやという速度で馬車は進み始めた。


 箱馬車の中にいるのに、体に掛かる圧が凄まじい。トットはヴァルさんが魔法で守っているようだ。モフセンは結界を張っている。


 カノンがラルフの膝に乗って同じように魔法をかけてくれると、かなりマシになった。スタンがラルフの肩で相乗りしている。


 とんでもないスピードを出していることはわかるが、それが僅か2時間で1ヶ月以上かかる旅程を駆け抜ける速さだとはラルフも思わなかった。


「着いたよ、見て」


 見て、じゃない。全員疲労困憊状態だったが、なんとか窓から下を覗いた。


「これは……酷いな」


「竜の所業じゃあ、あらんな」


 トットは言葉もない。


 島から海へ向けて、黒い翼が生えたように見えた。


 実際は、島を囲む鉱山から流れ出した溶岩が海水で固まったものである。黒く光っていることから、金属質であることが窺える。


 島の中心にある黄金色の都は何故か無事だが、海をまさに侵食している黒い翼は禍々しかった。


 悠然と火山の上を飛び回る、金色の竜が見える。


 背中から鉱石の棘をはやした金色の蜥蜴は、悠然と翼を羽ばたかせて火口二つを行ったり来たりしていた。


 時折咆哮に合わせて火山が噴火し、海の方へ流れてゆく。


「ちょっと許せないな……」


 自然環境とは突然牙を剥くものではあるが、こう意図的に災害を起こされては堪ったものではない。


 メネウは地震や津波の恐怖を知っている。そういう国で生まれ育ったのだ。


 己の欲のままに天災を起こしている金の竜に向かって、メネウは馬車を駆った。

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