第101話 信仰都市・ラムステリス
「メネウの手伝い……?」
ラルフは怪訝な顔をした。
というのも、メネウの行動には絵を描く以外の一貫性がないからだ。何をしているのか、しようとしているのか全くわからなかった。
「これはメネウさんが悪いわけでは無いので、私から説明しましょう」
苦笑したセケルが言葉を足す。メネウはちゃんと、誰にも自分が転生したことを話さなかった、それだけだ。
メネウが23年間を別の世界で生きていたことに始まり、此方に転生する際に冥界から悪神・アペプがこの世界に降りたこと。そして、全ての世界を壊そうとしていること。セケルは隠し立てせず、詳らかにそれを語った。
メネウが神の代行者として死者の書を完成させ、アペプを打ち倒すことになっていることも、セケルは正直に話した。
「元来、死者の書は永遠の楽園アアルに至るための案内書です。しかし、メネウさんに求められているのは秩序たるものを描いた……全ての元素を描いた秩序そのものの書を作ること。アペプは混沌から生まれた混沌の神。アペプ以外の全ては秩序から生まれています。メネウさんは秩序を全て書に収め、それをもって混沌と対峙する事になります」
「ま、何だ。秩序っつーのが要するに善悪も魂の定義そのものさえも含めた『世界のルール』だわな。この世界はそれが分かりやすい。七つの元素から全てが生まれ全てが還っていく。そこにいるカノンもまた一つの元素の形だな」
モフセンが髭を撫でながら神2柱の言葉を咀嚼する。
「ふむ、ふむ……、つまる所、メネウがやるべきはカノンのような元素の神獣を描ききること、ということかの」
「そうだ、爺さん。物わかりが早くて助かるぜ」
ホルスが笑って頷く。
壮大すぎる話を聞かされて、ラルフとトットはまだ要領を得ずにいた。モフセンは年の功というやつだろうが、それでも充分に驚いている。
「我々神は天空樹……あれが秩序を運用しているものなのですが……に全てを委ねました。今はこうして、信仰の厚い都市に顕現する事で多少の権能が使えますが、それだけです。この都市を出れば不老不死である以外ただ人と変わりません」
「本来、俺ら神の手落ちだからな。人の子として転生させただけのメネウに託すものでは無いんだが、それ以外に手の打ちようもない。一人の背に背負わせるのも忍びない。ここまでの旅程を見て、お前さんらなら一緒に背負ってくれるんじゃないかと見込んだわけだ」
ホルスはそこで言葉を切った。
ラルフ、トット、モフセンの答えを待っているようだった。
メネウはバツが悪そうにしていたが、それでも口を挟まずに彼らの答えを待った。
言われたままに来てみれば、神様方は飛んだ爆弾発言をしてくれたものである。
「俺は……手伝おう。メネウに預けた命だ、構わん」
「僕もです。メネウさんが居なければ、今僕はここに居ません」
ラルフとトットが毅然と言い放つ。
「ふぉふぉ、儂も異存はないぞい。そもそもが、こんな老いぼれでも何か役に立てるならと思ってついて来たからの」
モフセンが好々爺然として笑った。
「みんな……」
その答えにホッとしたのはメネウだけでは無い。ホルスとセケルも安堵の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
「あぁ、ありがとう。成る可く俺らもできることは手伝うからな」
セケルとホルスが礼を言う。
メネウはその言葉に少し考えて尋ねた。ずっと疑問ではあったのだ。
「そういえばさ、俺にしたみたいにみんなにステータスを盛ることはできないの?」
「できん。……ここは俺らの手を離れている世界だ。今更手出しはできねぇんだよ」
ホルスが断言する。メネウの眉が下がった。
「そんな事をしなくても、随分とお強い方々ばかりではありませんか」
「英雄、ってやつに近いな。本来人の世の混乱は人が正すもの、その為に生まれるのが英雄だが、今はアペプに反応してメネウの元に器が集まってるんだろう」
セケルとホルスの言葉に全員が視線を交わした。まさか、そんな理由で縁ができていたとは思わなかったのだ。
「あなた方は秩序の作った、言わば抗体のようなもの。秩序はそういう物なのです」
「自分たちのあり様、人生、生死、全て秩序が運用している。そこに意思など介在しない。お前たちの意思が縁を紡ぎ、秩序に『そうさせた』んだ」
つまり、秩序が先ではなく、自分たちありきで秩序はその手伝いをしたに過ぎないという。
納得しかねる様子ではあったが、皆一様に口をつぐんだ。神は真実しか述べないはずだからだ。
「納得しかねる所もあるだろう。運命ってやつを知った時、人は絶望するものらしいからな」
ホルスが苦笑した。その感覚が分からない、という様子だった。
例えそれが、今までの生が、今後の生き様が、全て秩序によって管理され運命として定まっているのだとしたら。
ラルフがすべてを失った事も、トットが母を亡くした事も。全てこの為に、そうだったのだとしたら。
到底承服できない。
ラルフもトットも俯いてしまった。
「つまり秩序って、人がこうしたいって思ったら手伝ってくれるもんなんだ?」
メネウが首を傾げてあっけらかんと尋ねた。
ラルフもトットもばっと顔を上げる。
「そういうこったな」
「そっかー、だからラルフは剣のスキルばっかりだし、トットはお母さんのお手伝いがしたかったからこんなに魔力があるんだなぁ!すごいな、二人とも!」
分かっているのかいないのか、メネウは笑って二人を向いた。
「モフセンはすごいよね、発想力が違うもん。すげー面白い力の使い方してるもんな、まさに体現、って感じ」
「年寄りをそう持ち上げるでないわい」
そうだ、つまりは『望みが先』であって、望んでいなかったらメネウと縁ができることは無かったのだ。
英雄を望んで鍛え続けてきたから、秩序はそれに答えて剣の技能をラルフに渡した。
苦労して自分を育ててくれた母を少しでも助けたかったから、トットは膨大な魔力を得た。
全ては人の望みが先。秩序はそれに応えて世界のルールを『運用』しているだけなのだ。
一瞬、秩序によって今の場所にいると勘違いしかけたラルフとトットは、顔を見合わせて苦笑いした。
「コイツに縁を繋ぐとは悪趣味極まりないな」
しかし、英雄に至る道である。
「なんだか、凄いことに巻き込まれちゃいましたね」
しかし、メネウを巻き込んで自由を獲得したのはトットである。
「えーー、お願い、手伝ってよ!ね!」
メネウが心底困った顔で改めて二人に頭を下げる。
今度は顔を見合わせて笑った二人だ。
「当たり前だ。それが俺のためにもなる」
「メネウさんには返しきれないご恩があります」
納得した様子で頷かれて、メネウは心底嬉しそうに笑った。
「ありがとう!」
「さて、話もついたみたいだし食いな食いな」
ホルスががははと笑って促した。
そういえば誰もまだ茶菓子に手をつけていなかった。
「メネウさんの前世の世界のお菓子です。美味しいんですよ」
勧められてようやく茶菓子に手を出した4人だったが、メネウ以外の3人の反応は顕著だった。
甘い。歯が溶ける。
それが最初の感想である。
「こんなものを食っていたのか……贅沢品だろう」
ラルフが顔をしかめながらも次々と口に放り込む。薄々気付いてはいたが、彼は甘党だ。
「砂糖が多いのう……、この渋い茶によく合うが」
「メネウさんって天上人だったんですか……?」
メネウは定期的にセケルの所で食べていたから気付かなかったが、確かにこの世界で甘いお菓子とは中々出会えないもの。
分かっててやったな、とセケルを見るとにこにこ笑っている。
「またここに来てくださればいつでも振舞いますよ」
「おう、たまには遊びに来い」
ちょっとした餌付けである。
メネウがじとっとした目で神二柱を睨んだが、その視線が届く頃には神はお茶を優雅に嗜んでいた。
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