第83話 再!謎の仮面XYZ

 一言で言うと、ペガサス馬車は最高だった。メネウにとって。


 そしてペガサスにハァハァする仲間と今から戦争に行くラルフとモフセンにとっては最悪だった。


 乗る前に「待って!あと少しだから!」というメネウのせいで小一時間無駄にしたのは序の口で、鼻息荒くペガサスの羽の付け根を観察し、骨の考察をぶつくさ呟き続け、作画がどうだの色味がこうだのと訳のわからないことを言ってようやく馬車に乗った。


 乗ってからも御者席に顔を出したり乗り心地を確かめる為にあっちへこっちへと狭い馬車の中を動き回るから、揺れた。相当に。


 お陰で戦場を見降ろせる丘に着く頃、約1名と1匹(ヴァルさんとスタンはお留守番である)を除いて(御者も含めて)グロッキーであった。


「あれ、大丈夫?酔い止めいる?」


 メネウはサラサラと酔い止めトローチをスケッチブックに描くと、モフセンたちに渡した。


 戦場になっている平原では両軍共にテントを立てて野営している。兵に動きはなく、炊き出しの煙が両軍から上がっていた。


 酔い止めで何とか持ち直したモフセンとラルフとうなずき合って、手筈通りに仮面を付ける。御者が驚いた声をあげた。


「予め聞いてはいましたが……メネウさんたち、ですよね?」


 メネウがちっちっと指を立てて揺らす。妙にイラッとくることだけは御者にも分かった。


「ここからは謎の仮面XYZさ」


 そうして丘を飛ぶように駆けて降りていった。


 メネウたちは両軍の真ん中外側の位置に立った。


 ハヒノフ平原という広大な平原は、今は収穫が終わって見事に何もない。背中には広大なヴァラ森林がある。


「寝起きドッキリといえば、水だと思うんだよね」


 もはや2人は突っ込まない。


 メネウはスケッチブックに筆を滑らせる。


 暗澹たる雨雲、雷雲を描く。黒の濃淡の隙間に激しく煌めく雷が見え、今にも鳴り出しそうだ。


 今日は快晴である。戦争に雨天中止は無いが、とかく火は扱い難くなるだろう。


 さらにいえば、今はちょうど飯時である。人間は『食わねば戦えない』のだ。


「雷雲召喚!」


 完成した禍々しい空を、そのままそっくり青空のキャンバスの上に具現化する。実に楽しそうな様子に、モフセンがメネウを横目に見やる。


 素直そうな性格と顔をしているのに、残酷なことを、と思っている顔だが、メネウは純粋そうな顔でモフセンを見た。


 子供の残虐さに似ているかもしれない。しかし、これは分かっている人間の目である。


 なんとも言えなくなって、モフセンは視線を土砂降りの戦場に移した。


 叩きつけるような雨が降っている。水音が体の芯を揺らすような大雨だ。時折稲妻が空を切り裂き、誰もいない平地に落ちている。


 メネウは稲妻を描き足して、こんな雨の中人が群がり守ろうとするテントを食糧か武器の入った場所だと推測し、そこを狙って落としていった。


 これで両軍の食糧は大方ダメになったと思っていいだろう。


「やれやれ、酷なことを」


「人が生きてればまた食物は作れるよ」


「そうじゃの。目指せ犠牲ゼロじゃしの」


 メネウが魔法を使わないのは、魔法は現象を起こしてしまうが、具現化は細かなコントロールが効くからだ。人には絶対に当たらない雷を描いて具現化すれば、それはその通りになる。


 謎の仮面Xことラルフは剣に手を掛けて出番を待っていた。


 まずはメネウによって両軍の持久力を削ぎ、飯を食わせない事である程度無力化する。


 次はまた、メネウによる両軍の分断作戦である。


「一度やってみたかったんだ、神の鉄槌ってやつ」


 ワクワクした声で言わないでほしい。


 メネウは何やら筆をかまえて距離を測っているようだった。


 両軍を文字通り、物理的に分断する。そうする事で戦争そのものをできなくする。


「なんたらの壁、ってやつはできないけど、これで十分でしょう。虚仮威しにもなるし」


 メネウはパースを取り終わると、両軍の間、ちょうど連日ぶつかり合っていただろう荒れた土地に降る、無数の巨大な槍を空に出るように描いた。


 大人が5人腕を伸ばして抱えるような槍をスケッチブックを覆うほど描くと、雷雲を消してしまった代わりにそれを降らせた。


「な、なんだあれは?!」


「マギカルジアの攻撃か?!全軍退けぇー!!」


 ナダーア軍が混乱に突き落とされている反対側では、マギカルジア軍もまた、狂乱していた。


「あんな魔法、あり得ないぞ!」


「くそ、ナダーアにはあんな魔法があるのか?!逃げろ!死ぬぞ!」


 死にはしないのだが、雷雲の後に空に浮かぶ巨大槍の群れを見たら普通はそう考えるはずである。


「少し揺れるよ。……鉄槌召喚!」


 少し、どころでは無い。


 地面を裂くような槍が幾百と空に現れ、一斉に降ってくる。


 メネウはこの槍に両軍の分断を願っている。土地は無事なのだが、傍目にはそれは分からない。


 叩きつけるような揺れが五分以上続いて、止んだ時には両軍を分断する鉄の壁ができていた。


「カノン。……じゃあ、お二人とも。よろしく」


「承った」


「承知」


 メネウは巨大化したカノンに跨り、槍の上を目指して空を駆け上がっていく。


 残された2人は、それぞれの陣営の方へと向かって走っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る