第81話 どこでバレたんですか

「何も驚くことはないよ。アンタの事はその肩に乗ってる神獣で判別できる」


 ここまで大人しくしていたスタンが、キセルで指されるとピッと跳ねた。


 どうやら始めの町からストーキングされていたようだ。情報やり手ババア怖い。


「な、なんのことでしょうか……」


「エルフの奴隷を解放したことも、妙ちくりんな召喚獣を与えたことも、領主を失墜させたこともちゃーーんと知ってるよ」


 ほぼ全てである。


 メネウはこれをどう切り抜けるかを考えた。このままでは謎の仮面ドキドキ戦場出張編になってしまう。


 しかし、嘘でごまかせる範囲ではない。


 そもそも風の一家にはしっかり聞きつけておいて欲しいために隙のある作戦にはしてあるのだ。だから、こうして他に知る人がいるのも仕方がない。


「……でも、それ、他の人には言いませんよね」


 命が危うくなるのは分かるはずである。それ相応のことはしてきたから、メネウも保身は考える。


「言ったところで誰が信じるのさ。これはアンタをずっと監視してきたあたしだから言える台詞さね」


 リングはキセルの灰を灰皿に落とすと、丸い背中を更に丸めて頭を下げた。


「この通りだ。あたしはマギカルジアに期待してる。女が少しでも長生きできる世界にしたいのさ。その為に、うちの馬鹿国王を、戦争を止めて欲しい」


 リングが頭をあげる。その目が鋭く光っていた。


「あたしの目が黒いうちはこの町を風の一家の好きにゃさせないよ。だけどね、それはこの国全土って訳じゃない。……国王も大方唆されたクチさ」


 忌々しい、と吐き捨てる。


 詳しく話を聞くと、やはり20数年前から風の一家は勢いを増したという。


「大方『薬屋』として戦場の兵士に違法魔法薬を投入しているはずさね。マギカルジアの魔法と対等に競り合っていること自体がもうおかしい。まだ兵士だけだろうが、徴兵された国民にまで投与するようになったら……最悪、食糧が消える」


 恐ろしい話である。メネウは腕を組んで考え込んだ。


 正義は我にあり、だ。別に割り込んで膠着状態の戦争を終結させることは難しくない。メネウにとっては、だが。


「違法魔法薬のサンプルはあります?」


「あぁ、入手しておいた。この国では緩くやっているようだね、簡単だったよ」


 リングが懐から取り出した瓶を受け取って、メネウはそれを仕舞った。


「いいでしょう、俺は行きます。ただ、仲間に説明するのと準備に2日いただきますが」


「構わないさ。行くときはここへ来な、ペガサス馬車を出してやる」


「ペガサスいるんですか?!」


 メネウの目が輝いた。


 エルフ、ドワーフ、ときて今度はペガサスである。浪漫を感じて目がギラギラしていた。


「そ、そんなに珍しいもんじゃないよ。家畜化した神獣さね。金があれば買えるが、権力が無ければ悪目立ちするって一品だ」


「乗せてもらえるならなんでもいいです!」


 リングがやや引いている。引きながらも、一応は報酬の話をしてくれた。


「今後どの商業ギルドでも名前を出せばギルドマスターに目通りできるようにする。あとはそうさね、この国では二割り増しで薬を買わせてもらうよ」


 中々に太っ腹である。


 不思議そうにしていると、リングはにやりと笑った。


「何もおかしかないさね。あたしはアンタに依頼を出したんだ、報酬はつきものだよ」


 脅した訳では無い、と。それだけ切羽詰まっていたのだろう。


 女性にとっては、マギカルジアは一縷の望みなのだろう。それだけ若くして死ぬ人が多いのだ。


 医療技術の発展は即ち魔法技術の発展なのがこの世界。それならば必至になるのも仕方ない。


「謎の仮面Z、承りました」


 メネウは笑って胸を叩くと、幾ばくかは安心したらしい。


 リングに別れを告げてギルドを出たメネウは、夕暮れの空を見上げて呟いた。


「さて、ちゃんと大人しないとな」


 ギルドの前にはラルフとトット、モフセンが待っていた。宿屋が決まって、先にモフセンがギルドの用事を済ませていたのだろう。


「あ、メネウさーん!お疲れ様です、お宿とりましたよ」


 トットがメネウを見つけて手を振る。


 笑ってそれに応じたメネウは、近づいてトットの頭を撫でた。


 ラルフとモフセンに視線を配ると、大方察しはついているのだろう。


「よーし、とりあえず宿行ってから飯食いに行くかぁ」


「美味しそうなお店も見つけておきました!」


 カノンがキャンと吠える。彼の鼻で探したのかもしれない。


「んじゃ飯はそこ行こう。モフセンって肉平気?」


「おんしらあれだけ道中も肉ばっかりだったのにまだ食うのか」


 ワシは煮物が食いたい、とぼやいているがたぶん店に行けば何かしらあるだろう。


 宿屋は大通りに面している、小さめの二階建ての宿だった。


 気立ての良さそうな旦那さんと奥さんで経営しているらしい。長いことやっかいになりますと告げて、人数分の金貨を払った。客はメネウたちだけで、それで客室はいっぱいらしい。


「ここ、朝ごはんが美味しいらしいんです」


「なるほど……」


 冒険者ギルドででも紹介してもらったのだろう。


 ついでにアトリエを作る許可も貰い、夕飯を食べに出かけた。


 幸いにも食堂では野菜や魚の煮物も扱っていて(海辺の町なので当然でもある)モフセンの胃にも優しいメニューもあったようだ。


 トットは新鮮な魚に目を輝かせていた。肉だけでなく魚もよく食べる良い子だ。


 野菜についてはお察しであるが、最初の頃より体も逞しくなってきた。良いことである。


 そんな子供を戦場に駆り出す気にはなれないメネウは、その日の夜、全員をアトリエに集めて話を切り出した。


「トットを置いて戦争に行きます」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る