第75話 金の竜対策

「で、どうする?」


 メネウが起きたのは翌日の朝だった。


 食糧も何も持ったまま眠ってしまったために、ラルフとトットとモフセンはヴァルドゥングの案内で果物や木の実を食べて凌いだ。


 今後このような展開が無いとも限らない、それぞれ食糧は携行する事を決めていた。


 朝はメネウが起きたのでワイバーンのシチューとパンという豪華な内容である。野菜も多めなのでモフセンにも食べやすかったようだ。


 カノンとスタンもよく食べた。魔力切れの影響は永続召喚でも多少なりと出るらしい。


 そして、全員がたらふく食べ終わった後のセリフが先のものである。


「そうじゃの、また……ヴァルドゥングと言ったか。木の竜がおらん間に金の竜が来て仕舞えば二の舞だろうしの」


「いちいち戻ってくるわけにもいくまい」


 モフセンにラルフが続ける。


 昨日倒した金の竜は、ヴァルドゥングが本体でヴァルさんが付いて来ていたのと同じようなもので、自分の一部を別の物体に憑依召喚させていたに過ぎないだろう。時間が経過すれば本体に力が戻るはずだ。


 金の竜の本拠地に乗り込んで倒してしまうのは、世界のバランスとしてよろしくない。五行と陰陽が正しいバランスを保つ事で世界は成り立っている。何が欠けても良いことはない。


 しかし、金の竜にとってそれは些細なことのようだった。ヴァルドゥングの本体を倒そうとしたことからもそれは明白だ。


 話し合ってどうこうという段階を超えてしまっている。


 果たしてどうしようか、と悩んでいると、ヴァルドゥングが鎌首を持ち上げた。


「主人よ。異変の元には気付いているのだろう」


「うん。何とかするつもり、まだ何も分からないけどね」


「ならば、我をこの地に融合させてくれ。トットがいればできる」


 ヴァルドゥングの申し出に目を丸くした。


「ゆ、融合って!そんなことしたらヴァルドゥングはどうなるのさ……!」


「案ずるな、一時的なものだ。トットの調合道具を飲み込んで分かっているが、此奴は中々面白い術を使う」


 メネウたちの視線がトットに集まる。


 トットが頭をかいて赤面した顔を俯ける。何が何だかわかっていない様子だが、褒められているようだとは察しているらしい。


「……融合と分離の錬金術か」


 ラルフは覚えがあるのかそう呟いた。


「そうだ。我は現象。存在では無い。風はどこで吹いても風なように、木がどこにあっても木なように、我は一度大地に融合しても我であり、元に戻ってもまた我である」


 メネウはそれでも何か言いたそうにしていたが、ヴァルドゥングはその目の前にぬいぐるみの体を落とした。


「意識の大半はこちらに移してもらう。異変の解決は見届けねばならない。今思えば、我が金に狂ったのも異変のせいかもしれんのだ」


 確かに、今はそこまで金に執着しているように見えない。


 巨体のまま大人しく木の虚の中に横たわっている。


「金の竜も目覚めさせねばならぬし、他の竜もおかしくなっている可能性がある。我は同行するぞ。力が必要ならば、この姿をまた描き召喚してくれれば良い」


「木の竜、ヴァルドゥングよ。儂らの村を守るためにも、大地と同化し侵食を防ぐのは賛成じゃ。しかし、お主はそれでいいのか」


「言ったはずだ。我は存在にあらず。姿はどうでも、我は我なのだから問題はない」


 メネウたち人間にとって、体を他のものと融合させるという感覚が無いのでゾッとするのだが、ヴァルドゥングは決めてしまっている。


 ならばもう、それを尊重するしか無いだろう。


 具体的な方策を話し合って、一同は外に出た。


 まずはスタンを巨大化させ、その背にメネウとトットが乗って飛び立つ。


 トットが持っている10枚の魔法陣のうちの1枚、融合をスタンの背に置いた。風で飛ばされないように両手で支えている。


 目下には大樹に寄り添うヴァルドゥングがいた。視界にヴァラ森林全てを収める高さまで登っているので、拳はどの大きさに見える。


「いくよ、トット」


「はい!」


 トットの後ろに立ったメネウが、魔力を譲渡し始めた。


 光る元素の道を通って、メネウの杖からトットの背中へと魔力が流れ込む。


 トットはそれをそのまま魔法陣に込めた。


 超人的な魔力制御である。


「行きます!ヴァルさん!……融合!」


 トットの魔法陣が光り、その光が目下の大地に反映されて同じ模様が浮かび上がる。


 ヴァラ森林の中心にいるヴァルドゥングが、首を天に向けて一声吼えた。


 人間離れした人間2人の魔力を吸ってなお足りない。その足りない分を自身で補っている。


 ヴァルドゥングの体に地中から蔦が伸びて絡みつく。


 みるみるうちに草に覆われ、大岩のように丸くなったヴァルドゥングの姿は、自然の一部のように静かで雄大だ。これで大地との融合は完了した。


 滅多なことでは地質を変えられるような事にはならないだろう。


「モフセン、お願い」


「あいわかった」


 スタンに乗って降りてきたメネウの言葉を受けて、モフセンはヴァルドゥングの体と大樹に結界を張った。


 大地に印を刻んで永続的に効くようにしたものだ。要石を埋めるのはラルフの仕事である。


 ヴァルドゥングと大樹を中心に、溜め込んでいた貴金属から魔石を取り出し、それを要石にモフセンが結界を張る。


 これで無防備になるヴァルドゥングの体も一応は安全である。


「さて、仕上げだ」


 メネウはヴァルさんぬいぐるみをヴァルドゥングのそばに置くと、杖でぬいぐるみを軽くトントンと叩いた。


「召喚」


 ぬいぐるみがもぞりと動く。棉の羽を動かし、トットの背に張り付いた。


「助かったぞ、トット、メネウ。ラルフとモフセンも礼を言う」


 気の抜ける光景だが、記憶は正しく引き継がれているようでメネウはほっとした。


「おかえりなさい、ヴァルさん!」


 トットが嬉しそうにぬいぐるみに抱きつく。


 ずっと背負っていたからか、トットにとってはこちらの姿の方がヴァルドゥングなのだろう。ヴァルドゥングを抱いたまま、トットは眠そうに目をこすった。


 ラルフ以外は全員ヘトヘトである。モフセンにはまだ余裕があるが、昨夜の見張りもあって釣られて欠伸をこぼした。


 率先してラルフが寝床や食事を整えてやると、皆飯を食ってすぐに寝てしまう。


 ラルフはカノンとヴァルさんと共に、一晩寝ずの番をした。

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