□1日目 違和感

 10月3日。その日はとても平凡な一日だった。


 いつも通りの時間に起きて、遅刻せずに学校に着いて。数学、古典、日本史、英語表現という辛い午前中をこなし、昼休みをはさんで眠気と闘いながら残りの2時間を過ごした。


 やっと 6時間目が終わり、時守深夜は足早に学校を出て家へ向かった。


 来週の火曜日からは中間考査が控えている。深夜が所属する、特別強豪なわけでもないバドミントン部はもちろん休みで、面倒だと思いながらも家に帰ったら何の勉強をしようかと考えていた。


 家までは徒歩20分。最初は人通りの多い通りを行くが、だんだん人が少なくなってゆく。


 今日も通りには同じ高校生がたくさん歩いていて、大人の姿もちらほら見える。いつも通りの光景、のはずなのだけれど。


(何か、違う・・・?)


 漠然と違和感だけが湧いてきた。

 この違和感の正体は何だろう。どこか頭の隅で嫌な予感がする。足は変わらず動かしながら横目で辺りを観察してみる。


 高校生たちはいつも通り何人かで喋りながら歩いている。会話の内容まではわからないけれど、表情は明るくて、暗い話をしているわけではなさそうだ。

 一人で歩く高校生は音楽を聴いていたり、スマホをいじっている人もいる。

 高校生に混じってちらほら歩く大人たちはたいてい何もせず、家路を急いでいる。


 特に何もいつもと変わらない気がするけれど・・・。強いて言うなら少しだけ、いつもより-解放感、があるような。


(何でだろう・・・)


 いつもとの違いははわかったものの、その原因はわからない。そもそもいつもとの違いが解放感で正しいのかもわからないのだが。


 そうこうしているうちに人通りの少ない道に入ってゆく。ここから出会うのはもう身内と言ってもいいくらいの関係の人々だ。


「あれ、深夜。おはよ」

「あぁ、美波。久しぶりだな」


 水守美波とは生まれたときからの付き合いだ。深夜の方が数ヶ月前に生まれて、どちらも親が働いていたから同じ人に預けられて育った。高校で離れて会うことは減ったけれど、中学校まではずっと同じ学校で、家が近い事もあってよくセットで扱われていた。そこは面倒ではあったけれど、性別は関係なく気の置けない仲である。


「ねえ、今日ちょっとおかしくない? 何でかな、微妙に違和感がして。そんなにいつもとは違わないんだけど、妙に引っかかるんだよ」


 深夜ははっとして美波を見つめた。


「美波もか? 俺もそう思うんだ。朝は気づかなかったけど、帰ってくるときに何か変な感じがした。俺はその違いは、開放感? みたいな感じのものなのかなって思ったんだけど」


「やっぱり深夜も!? よかった、じゃあ気のせいじゃないんだ。でも私はどっちかっていうと、不安を感じたよ。顔いっぱいが不安っていうわけじゃないんだけど、隅っこにちらっと覗く気がした」


「不安と開放感、か・・・。パッと見、関連はない気がするんだけどな」


「そうだよね・・・。何でだろう? お父さんならわかるかな・・・」


「そうかも、しれないな。じゃあお互い帰ったら聞いてみようか」


「そうだね、そうしよう!」


 美波は少しだけ表情を明るくして去っていった。


 それからは誰とも出会うことなく、家に着いた。二階建てのごく普通の一軒家だ。


「ただいま」

「おかえりー」


 母親の暁音がリビングからひょっこり顔を出す。靴を脱ぐのももどかしく、深夜は声を張り上げた。


「母さん、今日外出た? 何かおかしいと思ったことなかった?」


「今日はどこにも行ってないのよ〜。特におかしいこともなかったし。どうしたの、そんなに慌てて」


「そうか・・・。実は、帰ってくるときに何となく変な感じがしてさ。さっき美波に会ったんだけど、美波もそう言ってたんだ」


 変なこと、と聞いて、暁音の表情はすぐに引き締まった。厳しい声で尋ねてくる。


「どんなことなの? 具体的には?」


「俺は歩いてる人の中にちょっと解放感がある気がしたんだ。でも美波は不安を感じたって言ってた。でも母さんは何も感じてないのか・・・」


「私が感じてなくても別に不思議じゃないわ。私はもう"時守"は引退したんだから」


 深夜ははっと絶句した。暁音はまっすぐ深夜の目を見つめていた。


「わかっているでしょう。あなたが"時守"を引き継いだ時点で私の力はほとんどなくなっているのよ。そうでなくても今の"時守"はあなたなんだから、あなたたちが解決すべきよ」


 深夜は何も口に出せなかった。暁音の言うことは正しくて、何も反論する事はできなかった。何より暁音は深夜のことを思ってそう言っていることは明らかだった。


「・・・わかったよ」


 ただそれだけ呟いて、深夜は自分の部屋へと向かった。

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