第92話 夢は目覚めるからこそ夢なんだ
―――ナユタ家
犯人が判明したことにより事態がようやく進展したナユタ家一同の会議は終局を迎えようとしていた。。
「……ん…その神…名前初めて聞いた…」
「ヒュプノス…別名『
夢を自由自在に操る強力な力を持った神で、
夢の中なら最強だけど他者との干渉を好まずに基本夢の中にいるから無害。
実際手掛かりないとあたしも忘れてたし」
「何でそんな神がナユタを攫ったのじゃ!」
「はっきり言っておく。わかんない。
さっきもいったけどあの神はすべてに干渉しない…はずだったんだけどなぁ。
何故かあの神の琴線にナユタがひっかかったんだろうなぁ。
ナユタ…さすがというかなんというか」
感心したように「うんうん」頷くニャルラトホテプだが隣で立ち上がったヨルトの肘が顎に直撃し後ろに倒れる。
後ろで悶絶するニャルラトホテプの図。
「要するにどうしてナユタを攫ったか分からないってことでしょ!
だったら早く助けないとナユタがどんな目にあってるかわからないじゃない!」
「そうですね旦那様がいくら強くても夢の中ではおそらくその神にはかなわないでしょうし…ひどい目にあってないでしょうか?」
「……ん…案外仲良くなってるかも…」
「あ、アサトちゃん…さすがにそれは…」
「………ないと言い切れないのがなんともなのじゃ」
ナユタの身に何か起こってるいるのではと心配を重ねる妻たち。
――ちなみに…。
「『グビッグビッ!』…ふー!生き返る~。
ヒュプノス、もう一杯貰ってもいいか?」
「いいけどさ、紅茶を一気飲みはどうかと思うよナユタ」
「悪い悪い、あんまり美味しかったもんだからつい」
「……なら…まぁいいけど」
――件の張本人は現在、攫った犯人と紅茶を嗜んでいるのだった。
「皆さんそれよりも問題は今おそらく我が神が夢の中にいるということだと」
場に割り込み喋ったニグラスの言葉に皆顔を見合わせる。
ただ夢に入るだけならいざ知らずヒュプノスの作った空間は特殊であり、
夢の入り口は彼女にしか生み出せない。
「一か八か適当に門を開いてその夢につながるようにやってみるのじゃ?」
「そうね、なら一番運がいいさゆりがやってみたらどうかしら?」
「わ、わかった…やってみる!」
「…いやいやそんな簡単に出来たら誰も苦労は…」
焦ってうまく頭の回っていないナユタ妻組。
その様子を見たニャルラトホテプが「むりむり」と顔の前で手を横に振るが、
今回はその行動が功を奏した。
「……………あっ!繋がった!」
「…うっそぉ!?」
驚いて飛び起きるニャルラトホテプがリベルギウスを抱きかかえてさゆりの開いた門へと歩み寄る。
そして開いた門にリベルギウスの上半身を短い時間突っ込んだ後に戻す。
無言で頷くリベルギウス。
どうやら門が繋がったのは本当にナユタの歩いた夢の回廊だったらしい。
「ええぇぇ…」とドン引きのニャルラトホテプ。
「さすがです」と拍手するニグラス。
「そろそろやることないな」とコタツに戻り横になるツァトグア。
そして完全武装したネムトを筆頭にその門へとナユタ妻たちが乗り込んでいく。
なお、ニャルラトホテプとニグラスは開いている門の維持のために留守番となった。
ネムト、アサト、ヨルト、と一人ずつ門へと入って行っていたが次に入ろうとしていたクロネがふと門の前で少しだけ考え込んでいるさゆりを視界に収める。
「…さゆり?どうかしたのじゃ?」
「…えっと…ううん、何でもない。多分気のせいだと思うから」
「…?そうかの?」
「うん。いこクロネさん、ナユタ君を取り返しに!」
「のじゃ!」
「おー!」と仲良く門に飛び込んださゆりとクロネだが、
この時さゆりが考え込んでいた内容はこの後誰にも触れられることはない。
彼女が開いた門が偶然つながったものではなく、
ヒュプノスでもない第3者によってつなげられたことに。
影から見守っていた2つの存在は門へと彼女たちが消えた後、
すっとその場から消えたのだった。
◆◆◆◆◆
―――ヒュプノスの夢。
休憩を終えた俺は改めてヒュプノスに現状の確認というか目的の様なものを聞く。
「えっと…それで何でヒュプノスは俺をここに連れてきたんだ?」
当然の疑問。
だけどそれを聞かれたヒュプノスは何故か「ほっ」としたように胸元に手を当てて嬉しそうにしている。
「…ようやくそこに辿り着いてくれたよ。もう触れられないんじゃないかと…。
それでボクがどうして君をここに連れてきたかだよね。
ボクはね君の過去の夢を見たんだ。君が壊れる原因になった夢を」
ヒュプノスは立ち上がりこちらを真っ直ぐに見ながら手の平を出してくる。
「あんなにも悲しくてつらい目にあったんだ。
もう現実にいなくてもいいんじゃないか…と思って君をここに連れてきた。
夢の中ならなんだってできる。夢の内なら君を傷つけるものもない。
だからナユタ、ボクと一緒に夢の中で仲良く暮らさないかい?」
唐突なお誘い。
だがどう考えてもただの誘いではない。
現実の世界を捨てて夢の中で暮らそうというお誘い。
俺はそのお誘いにちょっぴり感心しながらも彼女の申し出に返答する。
「いや帰るよ俺は」
はっきりきっぱりとお断りの言葉を継げるがヒュプノスはそれが気に入らなかったのか顔をしかめる。
「…何故だい?
現実はつらいことばかりなのに…君が大切だった人たちはもういないのに」
「亡くなった人が還らないのは当たり前だしな。それはしょうがない」
「夢の中なら亡くなった人とも一緒に暮らせるよ?」
「確かに可能かもしれないな」
「だったら」
「けどそれはもう大切だった人たちじゃない。…ただの思い出だ。
それに亡くしたものも沢山あるけどさ、俺今大切な奥さん5柱もいるから夢に現を抜かすことはできないんだ。だから悪いけどそのお誘いはお断りだ」
「……そうか」
きっぱりと言い切った俺。
そしてその返事を聞いたヒュプノスは少し顔を下げる。
だがすぐに覇気のある表情へと思ると背から翡翠色の6翼を広げて強力な力を周囲に漏らす。
「…だったら仕方ない。
君には無理やりにでもこの夢の中に永遠に残ってもらうよ!」
凄まじい力を狂気じみた表情とともにこちらに広げるヒュプノスだが、
俺は特にすることもないのでその場で「おー…はねおっきい」とかやっている。
するとそれまでこちらに迫っていたヒュプノスが怪訝な表情とともにこちらに問いかけてきた。
「……どうして逃げないの?」
「…えっ?にげないといけないの?」
「…捕まったら無理やりここにいなきゃいけなくなるんだよ?」
困惑の表情で問いかけてくるヒュプノスだが俺は人を…じゃない、
神を見る目は結構あるんでな!ヒュプノスが危ない神じゃないことは分かっている。
「いやだって…ヒュプノスはそんなことしないだろうし…」
「……どうして?ボクと君はまだ知り合ったばかりだろう?」
「だってさっきヒュプノスさ、俺の過去の夢を見たっていってたじゃん。
それって両親が殺された時の夢のことだろ?」
「…そうだよ」
「そん時にヒュプノスさ、『悲しい夢』って言ってくれたじゃん」
「…当たり前だろ?親しい誰かが死んだんだ、悲しいに決まってる」
「ところがどっこい俺の現状持っている友神が、
それを見たらどんな反応するとともう?多分あいつらなら…」
・怠惰神『それは悲しいですね。これはもう悲しくて堕落するしかないですね!
そんなあなたにこの商品!これは…(中略)』
・血吸神『なんてことです!床に散らかった血が勿体ない!』
・惰眠神『馬鹿野郎!そんなことより睡眠だ!』
・無貌神『それは悲し…えっ?2人?…ならセーフセーフ!
2桁ならちょい悲しいかもな!』
「…てな感じのリアクションをします」
「……それは…なんというか…君…碌な友神に恵まれていないね」
「言っててちょっと涙出てきた」
俺の話を聞いてドン引きのヒュプノス。
やはりあいつらに比べればまともな感性を持ってくれている。
「…だからさ、『悲しい』と思ってくれるくらい優しいヒュプノスはそんなことしない…と俺は思う」
「………ふう……」
俺の話を聞き終えたヒュプノスは何やら力の抜けたようにため息をついて羽を仕舞い、漏らしていた力を納めて再び椅子に腰かける。
「…………やっぱりこういうのは慣れないな」
「慣れちゃいけないんだよ多分」
「ははっそれもそうかもね…ねぇナユタ」
「なんだ?」
「今ここにいるボクはね本当のボクじゃないんだ。
夢の中で思い描いた理想の自分…それを服のように着ているだけなんだよ。
本当のボクは臆病でね。誰かと話す勇気も向かい合って話すこともできやしない臆病者なんだ。だからこうして着ぐるみを着て自分の領域で籠っているんだ」
自嘲気味な表情で自身の手を見るヒュプノス。
そこにはずっと抱いていたであろう自身への嫌悪感がありありと現れていた。
「…それでいつも通り誰かの夢を巡っていたらさ、とても悲しい夢に出会ったんだ。辛くて悲しい終わりの夢。
でもその夢の持ち主の君は楽しいそうに笑いながら生きていた。
どんな神に出会ってもどんな目にあっても。
だからボクは…君とならここで暮らせるんじゃないかと思ったんだ…勝手だけどね」
「それで俺をここに呼んだ…と」
心の内を明かしてくれたヒュプノス。
なら俺も精一杯応えるとしよう。
「よし、じゃあヒュプノスは今から俺の友達な」
「えっ?」
「いやか?」
「…いやそうじゃないけど……いいの?」
「ヒュプノスなら大歓迎だよ。
んで、時間はかかってもいいからさ…俺の家に遊びに来てくれよ」
「…でもボクは」
「臆病だから出てきにくい…だろ?
無理はしなくていいから。で、何年、何十年、何百年かかってもいいから、
俺んちに遊びに来てくれよ。友達として歓迎するからさ」
目を閉じてしばらく考え込んだ後に、
ゆっくりと目を開いてどこか困ったような表情をする。
「…はは…強引だなぁ君は。……でもわかったよ。
頑張ってみる。勇気を出して君のところに遊びに行けるように」
彼女はそれでもどこか嬉しそうに笑う。
これで彼女の孤独がいつか和らぐだろう。
もしあんまりうちに来れないなら俺が迎えに行ってもいいしな。
いろいろな問題もようやく片付きこの夢ツアーも終わりを迎えた。
「……さてそれじゃあ君が帰れるように門を…」
そうヒュプノスが言いかけたそのとき、後ろで閉まっていた黄金の門が激しい激突音とともに砕け散る。
そしてその砕けた門の位置から現れたのは…うちの奥さんたちでした。
…おや?迎えに来てくれたのかな?
そう思い話しかけようとするのだが…何やら雰囲気がおかしいことに気が付く。
「「「「「 誘拐犯…コロス! 」」」」」
物凄い殺気を的な何かを放ちヒュプノスを睨んでいる我が妻たち。
やだ…すごく怖い。
あまり現状が理解できていないが少なくともこのままではヒュプノスが危ないことは分かるので妻たちを止めようとする。
…が、それよりも先に残像を残した速度でアサトが動く。
見える!私にも見えるぞ!…とかやってる場合じゃない!
音速でヒュプノスへのドロップキックをしているアサトの前に思わず飛び出る。
「アサト…スト…ぐっふぇ!」
横腹に鋭いドロップキックが突き刺さり、
くの字に折れ曲がった俺は水切りの石のように地面をバウンドして飛んでいく。
でもこれアサトが一瞬で手加減してくれたな。
だってまだ俺原型が残ってるもの。
成長したね…。
ようやく勢いが収まり地面で『波に運ばれて砂浜に打ち上げられた魚』状態の俺の周りに我が妻たちが集まる。
俺が魚になったことで怒りは一時的に収まったらしい。
ダメージが深刻で意識が朦朧とするがヒュプノスが襲われないように最後の力を振り絞ってメッセージをアサトに伝える。
「…アサト…ヒュプノス…悪い奴…チガウ…ナッカーマ…」
「…ん…わかった」
返事を聞いた俺は安心して意識を失うのでした。
…ところで夢の中で寝ると夢は見られるのですか?教えてヒュプノス。
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