第91話 ランニングだって適度にやらないと体壊すぞ!

 ―――ナユタ家


 紆余曲折のドタバタの後に何とか全員コタツに戻った面々は今現在改めて緊急会議を開きなおしている。


 少し前にナユタ妻たちにボコボコにされた後に縄でぐるぐる巻きにされたニャルラトホテプも加わり今現在は原因の究明中だ。


「被告人、何か言い残すことはあるのじゃ?」


「…だーかーらー!私じゃないってば!

 起こること全部私のせいにしないでよ!

 あとさゆり!さっきから首筋にちょっと包丁の先が掠ってる!」


「でもニャルさんじゃないならナユタ君は誰に襲われたの?」


 笑顔を崩さすそう言うさゆりは付与効果バリバリの包丁をニャルに向けたまま笑っている。


 なお目は笑っていない。


 案外ナユタが絡むと一番の過激派は彼女なのかもしれない。


 しかし今回本当に心当たりのないニャルは特にどうすることもできずに嫌な顔をするばかりだった。


「落ち着いてって!そもそも私だってナユタと仲いいんだからさすがに魂誘拐とか笑えないことしないって!」


「…う~んそれは確かにそうかな」


 ようやく包丁を降ろし向かいに戻ったさゆりを見てニャルラトホテプはため息とともにその場に全員に話しかける。


「どっちかというとそっちの眷属の方が危険神物きけんじんぶつでしょ!」


「私は我が神を崇拝しておりますのでそのようなことは。

 私ごときがあの方に及ぶとも思えません」


「…そうかなぁ…あいつ案外詰めが甘いからなぁ」


「……ん…ナユタ…戻らない?」


 煽り合うニャルラトホテプとニグラスだがその間に挟まれた涙声のアサトに中断を余儀なくされる。


 泣きそうなアサトの表情を見たニャルラトホテプはコタツから立ち上がり縄の間から伸ばした手でアサトの頭をポンポンする。


「あいつはすぐにやられるような奴じゃないでしょ。

 なんたってあんたを正面から撫でたやつなんだから。

 分かったらしゃきっとする!さっさとあいつ見つけるよ」


 ニャルラトホテプの言葉を聞いたアサトは両手で顔をグシグシと拭った後に頷く。


 そしてその様子を見た周りの神たちもまた少し微笑むのだった。


 少しだけ殺伐とした空気の弛緩したのを感じ取ったニャルラトホテプは「やれやれ」と面倒くさそうにコタツに腰を下ろす。


「…で?とりあえずこんだけ神がいるんだから少しくらい手掛かりはないの?」


「あったらおぬしに飛び掛かったりしておらんのじゃ」


「そうね、お姉ちゃんや私、ネムトやクロネがいても何も気が付かなかった」


「私も近場に居りましたが他の神の力は感じられませんでした」


「…近場っていうか天井裏じゃろ?」


 クロネに指摘されたニグラスが「あそこに門を置いておりますので」と応えていたそのときニャルラトホテプがあることに気が付き首を傾げる。


「…ていうか一つ気づいたんだけどさ…ベルは?

 ナユタの状態に一番敏感なのあの子でしょ?契約状態なんだから」


ニャルラトホテプの生み出した魔導書リベルギウスはナユタと魂の契約状態にある。


 故にナユタの身に何かあれば真っ先にリアクションをするのは彼女だ。


 …もっともそれは一緒にいればの話だが。


 ニャルラトホホテプのその疑問に返す様に静かにネムトがコタツを指さす。


 それを見たニャルラトホテプはコタツの布団をあげ首を下げた。


 そこには…


「………Zzz…」


 気持ちよさそうに眠っているリベルギウスの姿があった。


 見つけたニャルラトホテプはため息とともにリベルギウスを引っ張り出し膝上にのせて頬を叩く。


 パチリと目を開くリベルギウス。


「父。睡眠妨害」


「…あんたねぇ。

……まぁいいわ。それよりベル、ナユタとの契約の状態は?」


「……魂の接続。切断確認」


「…要するにナユタの魂がないから契約自体も無効にされてる…と」


「つまり…結局ナユタ君の行方の手掛かりは無しだね…」


「はぁ…」とその場にいた神たちが何度目かわからないため息をしていると、

 その様子を見たリベルギウスが口を開く。


「…?マスターの行方?」


「なんで?」という雰囲気で首を右に傾げるリベルギウスを見たニャルラトホテプが呆れたように現状を伝えた。


 しかしそれを聞いたリベルギウスをは今度は首を左に傾げた。


「マスター所在。把握」


「「「「「「「「 はっ? 」」」」」」」」


 突然のその言葉に皆腰を浮かせて追及する。


「ベルちゃん、ナユタ君がどこにいるか知ってるの!?」


「肯定」


「それで?今あいつはどこに?」


「夢」


「…夢?」


「夢の中」


 ツァトグアの問いにそう返すリベルギウス。


 その言葉を聞いた一同は脱力したように腰を下ろす。


「それは夢の中でナユタを見ただけじゃの」


 クロネがそういうがそれにリベルギウスは珍しくムキになったように反応した。


「否定。マスター本人」


 いつも通りの無表情だが「がおー!」両腕をあげて威嚇するリベルギウス。


 その様子を見てニャルラトホテプは彼女の頭をポンポンしながらしゃべる。


「あのねぇ…いくら何でもそれはないぞ娘よ~。

 他人の夢に入るとかなら魔術で何とかなるけど魂を夢の中に入れる神だなんて…

 …そんな…神…」


話ながらだんだんと途切れていくニャルラトホテプの言葉を不自然に思った周りの神たちが彼女を見ると真剣な表情で顎に手を当てて考え込んでおり小さくその口からは

「…いやいや…ありえないでしょ…」と呟く声が聞こえた。


 そんな彼女は少しして何とも言えない表情でナユタ妻たちの方へと顔を向ける。


「あのさ…なんかいつもと違うところとかなかった?

 なんでもいいから何かなかった?」 


 ニャルラトホテプのその問いに思い当たることを探す彼女たちの中で唯一顔をあげたさゆりがポケットに手を入れながら口を開いた。


「…そういえば寝てるナユタ君の手にが…」


 そう言いながらポケットから手を出したさゆりが持っていたのは1枚の羽根。


 翠色で鮮やかな明るい羽だった。


「…それちょっと貸して」


 さゆりから翡翠の羽を受け取るニャルラトホテプだが少し眺めた後に、

 自身の顔を手の平で隠しげんなりとした声を漏らした。


「……さすがっていうか…なんていうか…ナユタアイツほんとすごいわね。

 一番ありえない可能性を綺麗に引き当ててるわ。生きた奇跡だわあいつ」


「…何を言っておるのじゃ?」


「いや…犯人分かった。これはそいつの羽。

 ……信じらんないけどね」


「……ほんと!?犯人分かったの!?」


 驚きと一緒にその場にいた一同が騒がしくなるがニャルラトホテプは頭痛を収めたいのか頭を押さえている。


「…はぁ…ニグラス…これなんの羽かわかる?」


「商品として羽毛なども扱っているのです。分からないということは…」


 羽を受け取りいろいろな角度から観察するニグラスだが少しして首を傾げる。


「…これは…鳥の羽ではない?…いえ…外宇宙中の羽を知る私でも見覚えはない?」


「まぁ…ないでしょうね…それ『眠りの大帝』の羽だもの」


「……『眠りの大帝』!?

 あの神は既に数千年表舞台に出ていない伝説に近い存在、それがなぜ?」


「…よねぇ…そればっかりは分かんないわ」


「…んむぅ…だれのこと?」


「勿体ぶってないでさっさと誰がやったか教えなさいよ!」


「誰が旦那様を攫ったのですか?」


 お互いにナユタを攫った存在のことを知っている2柱は自然に話しているがそれを知らないアサトやクロネ達は早く教えるように催促をする。


そして催促を受けたニャルラトホテプはため息を吐きながらその神物じんぶつの名を皆に告げた。


「名前は『ヒュプノス』。

 夢の覇者にして世界の裏側に座するもの。日の光当たらぬ外宇宙の神よ」




 ◆◆◆◆◆




 ――到る夢


 今日何度目かわからない黄金の扉を開けた俺は首を傾げる。


「…ありゃ?これ…門か?」


 黄金の扉を開けた先にあったもの。


 それは黄金の門だった。


 扉の同じ紋様の描かれた巨大な門。


 その空間にはそれしかなかった。


 …まさかこんな感じでどんどんマトリョーシカ方式で続くとかないよな?


 そんな考えを脳裏に過ぎらせつつ俺が門に近づくと大きな門が軋む音を響かせて開いていく。


 そこには今までとは違った感じの空間。


 清廉な雰囲気の漂う物静かな森の中のようだった。


 …とりあえず扉はないな!


 俺が足を踏み入れて新しい扉がないことを確認し終えたそのとき、

 いつの間にか目の前に現れていた女性が目に入る。


 身長はさゆりより少し高いくらいで大人ネムトより少し低い程度。


 髪は美しい翡翠色の髪を後ろは短く前は切りそろえてもみあげのあたりは腰のあたりまで伸ばすというあんまり見ない感じの髪型だ。


 そして頭には雛罌粟のティアラを乗せている。


 恰好は何かの儀式に使われそうなローブを纏っているが、

 逆にそれしか着ていないのかローブの下の肢体がそこそこ露わになっていた。


 しかし彼女はそれを気にする様子はなくこちらに歩み寄ってきた。


「どうだったかなボクの繋げた夢の回廊は?」


「…んー…もうちょっとマイルドで優しい夢とか選べなかったの?」


「いやぁ…さすがに道を繋げるだけでも手間でね。

 誰かの夢を思い通りにするなんてとんでもなく時間がかかるから…。

 それにそこはボクじゃなくて君の運次第だろう?」


「あー…そう言われると何も言えないな」


 自然に話した感じだとそれほど人見知りをしないタイプらしいし、

 のんびり話していても気に障るとかそういう神ではなさそうだな。


「んで?俺を呼んだのは君…だよな?」


「そうだよ外宇宙統一創造神ナユタ・アムリタ・ヘブンズホール・ネ…」


「ごめんナユタでいいからそのクソネーム呼ばないで」


「……じゃあナユタで。それとまだ名乗ってなかったよね?

 ボクはヒュプノス。夢の神、よろしく」


「よろしくなヒュプノス」


「うん、よろしく。……で、早速だけどボクに聞きたいこと…あるよね?」


「勿論だ」


 ついに至った終着っぽい夢の中。


 俺は俺をここまで呼び出した神に在ったら言おうと思っていた言葉を口から吐く。


「……お茶とかない?ずっと歩いてきたからのどが渇いて」


「…うんうん、そうだろう そうd…はい?」


「ない?」


 至極当然のことを言ったはずなのだが相手は何やら唖然とした様子。


 そこそこのドリームマラソンだったから水分補給したいの。


 しばらく開いた口が塞がらないといった感じだった彼女だが、

 間を置くと何やら呆れたような顔になり指を『パチンッ!』と鳴らして白いテーブルと椅子を出す。


「……まぁ、いいか。じゃあいったんお茶にして後で話そう」


「おー助かるよヒュプノス」


「調子狂うなぁ」


 何やら『お手上げ!』といった感じで両腕を天に上げ背を向けるヒュプノス。


 どうしたんだろう?何かあったんだろうか?


 いまいち彼女の反応の理由がわからなかった俺はとりあえずおいでおいでしている彼女に誘われてテーブルへと着くのだった。

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