第3話

 放課後。後ろに振り向いた隼人が尋ねてきた。


「なあ、本当に来てくれるのか?」 


「うん。大丈夫」


 紗菜は目下のところ友人はできておらず、かといって急いで寮に戻る理由も無いので、隼人の誘いを承諾することに。


「ありがとう。向こうの格納庫に部室があるから靴履いたら反対側に来てくれ」


 紗菜は隼人に連れられて航空戦競技部の活動拠点であるという格納庫に向う。格納庫は校舎とは校庭(滑走路)を隔てた対岸にあり、その校舎に匹敵するほど巨大であった。


「すごい……。広くて大きい……」


 校庭を横断して格納庫に到着すると、隼人は扉を開けて中に入る。隼人が入り口付近だけ照明が点けたが、その真下だけでなく奥まで、プロペラを装備した飛行機が複数並べられていた。


「実は今日はさ、うちに参加してる部員の大半が他の活動に専念する日なんだ」


「じゃ、じゃあ他に人は……」


「もしかしたら来ないかもしれない」


 隼人の声が格納庫の奥まで響く。他に人の気配は無く、扉が閉まってしまえば中で何が起きても外から察する事はできないだろう。


「……」


「ん?どうしたの?」


「……あ、何でもありません」


 紗菜は他に誰も来ないかもしれないと聞かされて、一瞬足が止まってしまったが、とにかくついていくことに。


「部室はもう少し奥にあるんだ」


「は、はい……」


 緊張しながら隼人の後をついていく紗菜。変な心配はするなと事前に言われていても、実際に同い年の男子と二人きりという状況になってしまうと、鼓動が高まってしまう。

 何せ紗菜は中学校からこの方、同年代の男子とは隔離された環境で育ってきたのでほとんど免疫がないのだから当然と言えば当然なのだ。


「部室はこの扉の先だから」


「……」


 この戸の先に入れば、完全に外から隔絶されてしまう事になる。声を挙げたとしても、もはや誰からも気付かれないのは間違いない。もし隼人が豹変してしまえば逃れる術は無いだろう。しかし紗菜は隼人を、彼の瞳を信じて部屋に入った。


「し、失礼します!」


 部屋の中は電気が点いておらず真っ暗。隼人は戸を閉めて明かりを点けると古びた折りたたみ式の長机にパイプ椅子が並び、さらに年季の入ったソファが鎮座。移動式黒板には大量の書き込みがされていた。


(そんなに埃っぽくない)


 見る限り机にも椅子にも埃は被っておらず、机の上には複数の生徒たちが残していた様々な小物類、それも真新しかったりするか日常的に扱われているものが置かれている。


 本棚には飛行機が表紙の雑誌や書籍が並んでいたが、こちらも掃除が行き届いているらしく埃が溜まっている様子もない。


 さらにジェル式の消臭剤の減り方や、主に女性用と思しきの消臭スプレーの匂いも残っているので、この部室はきちんと複数の部員、それも十数人規模で使われているのは間違いないと、紗菜は察した。


(やっぱり私をだましているわけじゃないんだ)


 噂話やネットに雑誌で仕入れた知識から“もしかして”を想像していた紗菜だったが、隼人はとりあえず下心あって連れてきたわけではなさそうだと改めて安堵していた。


「じゃあ立ってても疲れるだろうからとりあえず座って。コーヒーと紅茶と緑茶はどれにする?」


「こ、紅茶で……」


 冷蔵庫に入っていた麦茶ポッドを取り出して紙コップに注ぐ隼人。液体の色が赤っぽいので、水出しの紅茶なのだろうか。しかしもしもこの中に睡眠薬が仕込まれていたら、などと不安が過ぎったがそんなのは邪推だと考え事ごと口に含む。


「あ、美味しい……」


 口の中に穏やかな紅茶の味がゆっくりと広がった。 


「ああ。鹿児島の学校から貰った知覧の紅茶なんだ。美味しいだろ?」


「う、うん」


 変に警戒しすぎていたからか、思い切り気が抜けてしまう紗菜。そこへ一気に眠気が襲ってきてしまう。


(あ、これって……)


 脳裏に罠だったのではとの考えが過ぎったが、それよりも心地よさが勝ってしまって瞼が重たく閉じられてしまう。そしてそのまま一気に眠り込んでしまったのだった。

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