天空のイカロスチルドレン~雁の巣高校航空戦競技部物語~

むげんゆう

プロローグ

第1話

プロローグ 舞い降りた紅い彗星


 万象の根源にまで届くかのような深い蒼穹の空が、練り上げられた麺麭の生地のように重たい雲に覆われていく。


 その生々しく重たい雲の中を強引に突き進むのは濃緑の地に赤い彗星のラインが走る小型のプロペラ機。機体は二人乗りで後部には機銃が装備されていた。


「追跡、振り切ったみたいです!」


 後部座席から愛らしい少女の声が。彼女の座席は後方を向いており、後方の監視と機銃の操作は彼女の担当だ。


「わかりました!このまま(この雲を使って)目標に接近します!」


「了解です!」


 応答する凛とした声の操縦者もまた少女。彼女は自身の直感を信じ、雲の中で激しく揺れる機体を制動しつつ直進させる。


 一方、地上には対空車両が一両と高射砲が二門。その砲門は大空を睨んでいたが、特に相手を見つけていたわけではない。


 やがて太陽を遮っていた分厚い雲の切れ間から、眩しい太陽の光が、鋭い刃のように大空を裂く。上空を見張っていた少女は、思わず右手を日差しに向けていた。


「雲が急に晴れて……」


 その閃光と共に、一直線に赤い翼が降下してきたことに気がついた。まるで一筋の星が現れたかのように見えてしまう。


「赤い……彗星?!」


 地上から空を見上げていた者が思わず感嘆の声を漏らしてしまう。だが直ぐに我に返って無線で応援を呼び、設置されていた対空砲に向って走る。


「て……て、敵機接近!敵機接近!!直ちに撃退して!」


 報告を聞いて慌てて進路を変える青い翼たち。同時に地上から高射砲が火を噴き、青と黄色の鮮やかな花が咲き乱れる。


 だが地上からは豪雨を逆さにしたように見える猛烈な対空砲火も、隙を突いて舞い降りた赤い彗星を阻むことはできなかった。


「クソっ!あの雲に隠れてやがった!」


「あんなに派手な色してるのに気付かないなんて!!」


「いいから急げ!!」


 だが全速力で戻ろうと焦る青い翼、F4Uコルセアたちに、疾風の如き銀翼が突如として舞い降りて襲い掛かる。


「邪魔はさせねえよ!」


 太陽を背にして稲妻のように急降下し、背後への注意を怠っていた相手を一機撃墜。気が付いて追撃してきた機体もあったが、今度は時間をずらして現れた緑色の機体がその機体を葬ってしまう。


 奇襲を掛けた銀色の翼は四式戦闘機疾風。そしてその僚機は紫電二一型、即ち紫電改であった。


『行けぇ!赤い彗星の紗菜、これが全国デビューだ!』


『ありがとう隼人くん!!』


 銀翼の疾風からの激励に応えるためにも、赤い彗星の紗菜は地上にかかる赤い鉄橋、その中心に設置されていた赤い立方体目掛けて飛んでいく。


 地上からM19対空自走砲の対空機銃が、逆さの夕立の如き勢いで発射されるが、降下する赤い彗星に対応できずにあらぬ方向に飛んでいく。


 赤い彗星と呼ばれたその機体は、まさしくその名のとおり旧日本海軍が開発した艦上爆撃機彗星、その一二型であった。


 当時製造、整備に難があったと言われる水冷式エンジンのアツタ三二型は、現代の技術で復元された高精度の部品と安定した高品質の燃料、そして腕利きぞろいの整備課の万全の整備あって、250kg爆弾を抱えながらもすこぶる快調。十全にその本来の性能を発揮していた。


「照準……セット!」


 彗星の操縦者、辰星紗菜は正面風防から突き出た望遠鏡型の射爆照準器越しに目標に照準を合わせていた。あとは目標目掛けてヘルダイブあるのみである。


「いきます!!」


「了解です!!」


 角度を55度に傾けて一気に降下していく。高度計がめまぐるしく回り、機体高度が一気に下がっていく。


「(高度)1500!」


 彗星がダイブブレーキを展開し速度を落とす。対空砲火を振り切るためにはできるだけ高速を維持した方が良いが、速度がありすぎると今度は制御が利かずにそのまま地面に激突してしまう。

 故に爆弾を投下し、かつ水平飛行に移るためには、制動可能な速度でなければならないのだ。


「500!」


「行けぇっ!!」


 機体の高度が500mを切って400mになろうかというところで標的目掛けて250kg爆弾が投下された。爆弾は高高度の水平飛行からの投下に比べれば速度は落ちるが、急降下爆撃は標的に近づきつつ軌道も制御できるので、はるかに命中率が高いのだ。


『当たって!!』


 純真な乙女たちの祈りが捧げられた黒い一撃は風を切り裂きながら標的に向って、意思あるかのように突進していく。


 そして投下と同時に操縦士は地上への衝突を避けるために機首を水平に上げて離脱の態勢に。


 彗星の機体と乗員二人に通常の6倍以上の重力が圧し掛かり、重力という巨人は万物にわけ隔てなく無慈悲に乙女二人の頭を乱暴に膝にまで押さえつけようとする。


(ぐっ!)


 同時に着弾した爆弾の閃光と衝撃波が追ってくるが、命中したかは前を見る操縦士は直接目にすることはできない。確認するのは後部の観測員の役目。そしてその結果は……。


「やりましたぁ!命中!命中です!!」


 紗菜が思わず後ろを振り向くと、黒煙の柱が湧き上がるようにそびえているのが見えた。250kg爆弾は赤い鉄橋の中央に正確に命中し、赤い立方体を見事に吹き飛ばしていたのだ。


「やりました!!ゴールポイント、粉砕してます!!」


「よかったぁ!」


 同時に味方から歓喜の声が飛び交う。


『試合終了!雁の巣高校の勝利!!』


 スタンドの巨大モニターに示されると、今度は客席から割れんばかりの大歓声が。


「やったな紗菜!」


 併走した銀の翼の戦闘機から賞賛の言葉が。


「ありがとう隼人くん!」


 並走する同胞に満面の笑顔を浮かべて手を振り返す乙女たち。


 程なく、所属を問わず集合の飛行場に次々着陸していく。乙女たちの彗星も無事に着陸して自陣に向う。停止したところで先に戻っていたチームメイトたちが彼女たちを周りを囲んだ。


「紗菜ちゃんやった!」


「先輩最高!」


 駆け寄ってきたチームメイトにもみくちゃにされるポニーテールの少女紗菜。


「よっし、まずは初戦突破だ!」


『おおーー!!』


 疾風から降りた少年が吼えると、皆で勝利を喜び続ける。


(私たち、勝ったんだ……初めての全国大会で!)


 思わず目に涙を浮かべて空を見上げる紗菜。その空は果てなく青く、そして美しかった……。

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