議論
@gero_pig
序章/召喚
1
【議論】ぎ ろん [1]( 名 ) スル
それぞれの考えを述べて論じあうこと。また、その内容。 「 -をたたかわす」
昼下がり、休日の教室。七月だけれど、しっかり蒸し暑い。
依然、八人は困惑していた。皆が一様に口を
教壇の上から眺める景色は、実にシュールなものである。整然と並べられた机に座る、“借りてきた猫”な八人の生徒。彼らは教室の前方に陣取っている。そしてそれを監視するように教室後方部に腰を下ろす、十人の生徒。前方の八人とは打って変わって、彼らからはまるで不安げな感情が読み取れぬのは、その顔を縁日のお面で覆ってしまっているからだけではないだろう。
ドラえもん、アンパンマン、仮面ライダー、ピカチュウ、プ―さん、ミッキー、ひょっとこ、キティちゃん、
お面をつけた十人の生徒の様子は、腕を組んだり、椅子の後ろ足だけでバランスをとってみたりとまるで自然体だからだ。お面の奥から気だるそうな
「話を続ける」
私は教師よろしく、チョークで黒板に文字を書き殴り、それを読み上げた。
「“必要悪”、という言葉を知っているか?」
私は眼下の八人に対して問うた。
【必要悪】ひつ ようあく -えう- [3]
ない方が望ましいが、組織などの運営上また社会生活上、やむをえず必要とされる物事。
その言葉を知っているかどうかに関わらず、八人の反応は皆同じである。それはつまり、誰もなにも反応をしないということだ。私は構わず話を続けた。
「聞いたこともあるかもしれんが、この
【苛▽め・虐▽め】いじめ いぢめ [0]
自分より弱い立場にある者を、肉体的・精神的に苦しめること。 「陰湿な-」 「学校での-が問題になっている」
「学校中に横行する劣悪なイジメ。鬱病や不登校、あまつさえ自殺者も珍しくない、それはそれは凄惨な状態であったそうだ。果たしてどういう思考回路をしていたのか私にはまったく理解できないが、当時のイジメっ子たちはまるで競うようにエスカレートしていくのが常だったそうだ。イジメのターゲットを泣かせたら偉い。不登校にさせたらもっと偉い。自殺させたら、優勝。“僕が考えた最強のイジメ選手権”とでも言うべきか……、まあ、今となっては眉唾物の都市伝説だがな」
そう言って私は苦笑とともに溜息を吐き捨てて、あえて一度間を置いた。緊張と緩和の緩急によって八人の表情がどう移り変わるか、そこを観察したかった。しかし、依然八人の表情に明るさが差すことはなかった。
「――そこで、当時の生徒会は苦悩の末に考えた。『ひとつの社会がある限り、イジメが起きるのは仕方がない。これはもはやどうしようもない。そのかわり皆できちんと話し合って、ただ一人だけがイジメられるようにしよう。一人だけが泣くかわりに、その他の全員が笑って過ごせる法律をこの学校に創ろう――』と」
八人の表情が、より一層強く深く曇っていくのを私は感じていた。
「入学から三ヶ月が経った。そろそろ同級生たちの人となりも理解できてきた頃だろう。一学年、四学級に二人ずつ。君たち八人の学級代表は、選考委員というわけだ。誰をイジメるか。いや、“誰がイジメられるに相応しいか”」
相変わらず反応の薄い八人を尻目に、私はわざとらしく足音を立てながら教壇の上を右に左にと往復した。
「私は大真面目である!!」
ピンと張った人差し指を、空気を弾くように高く掲げた。張り上げた大声が教室に響き渡る。
「現にこの法律が整備されて以降、我が敬愛中学校での不登校者、自殺者の数は激減した。それが一人の不幸の上に成り立った見せかけの数字であることには私は異論を挟まない。だが、好き放題に荒れ果てたこの学校にはそれが必要だったのだ。必要悪であったのだ」
私は足を止め、今度は静かに両手を教卓の上に置いた。
「申し遅れたが、私は今年の選考会議の立会人を務める三年の本郷真紀だ。言うまでもなく、君たち八人は学年全員の命運を握っている。君たちの腹一つで、地獄を見る生徒が決まるのだ。果たして誰のことをイジメるか、数時間でも数十時間でも。気の済むまで熱い議論を交わして欲しい」
これは――
私が立会人として目の当たりにした、人がその感情を余すことなく曝け出した、少し非現実的な、とある議論の記憶である。
【議論】ぎ ろん [1]( 名 ) スル
それぞれの考えを述べて論じあうこと。また、その内容。 「 -をたたかわす」
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