第2話 チップ

 刻まれた数字とアルファベット。


 I-1。


 それは家電に見せかけた軍事用有機人形ミリタリーオーガニックドールのことだった。 

 通常、その下に一二桁のシリーズ番号が印字されている。

 だが、このチップにはそれがなかった。

 ゴミとして運ばれてきた機械の女の中から取り出したチップ。

 それをシドは上着の内ポケットにしまい込んだ。

 ジンの呆れた顔が思い浮かぶ。

 壊れて動かなくなった機械の女を倉庫の奥に隠して、二人は仕事に戻っていた。


 仕事が終わった後、これからどうするか相談することにしていたが、シドはもう決めていた。

 これ以上このチップに関わってはいけない。

 誰もがそう直感で理解する。

 だから、女はクラッシャーにかけて、このチップも破壊する。

 そうして全てなかったことにすればいい。

 それが一番安全だと思う一方で、もし既にチップを取り出したことがバレていたら、そんなことは無駄な気がした。


「まさか、なぁ……」

 シドは自分の語った噂を思い出していた。


 旧式の有機人形を狩る人形。


 人形に意思はない。

 あるように見えてもそれはプログラムによるものだ。

 なら、誰かが人形にそういう感情なり使命をプログラムしたことになる。


 旧式を狩る理由。


 それは恐らく個人の意思ではない。

 もっと大きな……


 シリーズ番号のない旧式の人形。


 その存在はある場所を指していた。

 今はもうそんな古い人形は存在しないはずだし、随分昔にここで全てクラッシャーにかけられたと聞いたことがある。

 ジンやシドが生まれるずっと前の昔の話だ。

 彼らはもう骨董の部類に入ってもおかしくない代物だ。

 それがまだ存在するなら、何かが起こっている。

 それもとてつもなくヤバイ何かが。


 恐らく政府が関わっていると見て間違いはないだろうと思われた。

 もし政府でないなら、最下層でうごめくマフィア絡みだろう。

 そのどちらかしかありえなかった。

 だが、どちらにしろジンやシドの手に負える問題ではない。


 だから、早くこのチップを手放さなければならないことは必至だった。

 なのに、シドにはそれができないでいた。

 ジンはマフィア絡みだと思っている。

 政府である可能性を彼は知らない。

 どちらが相手でもヤバイことには変わりないが、まだマフィアの方がいくらかマシだった。


 逃げ道はある。

 マフィアはアークを持てない。

 アークが使えるのは政府の、しかもごく限られた人間だけだ。


 Wizard魔法使いと呼ばれる政府の人間だけが持てる、武器や様々な機器を呼び出せる携帯型装置。

 それをアークという。


 マフィアや一般の人間が持てるのはワンズという、アークに比べると遥かに性能も呼び出せる機器の数や種類も限られるものだ。

 おまけに武器コードに制限があって、それはどんなに機械に精通した人間でも破ることのできないもので、誰にも改造ができないようになっていた。

 だから、政府を相手に喧嘩を仕掛ける者はいない。

 くそっ、と吐き捨て、シドは仕事場からこっそり離れ、急いである部屋へと向かった。


「ラオジェッ」

 ドアを荒々しくノックすると、不機嫌そうな女が面倒そうにドアを開けて中に通す。


「何の用なの? 悪い話ならお断りだからね」

 そう言いながらソファにゆったりと腰を下ろして煙草に火を点ける。

 その向かいに腰を下ろしながら、シドはポケットからチップとメモリーを取り出して見せた。

 途端にラオジェの表情が曇る。


「人形はどこ?」

「十三番倉庫の奥。あの壊れた扉の前の床下。あそこなら見つからないだろ」

「そうね。でも、そう長くは隠せないわよ?」

「分かってる」

「それに、これで四つ目なのよ」

「四つ?」

「ええ。あなたで二人目ね。あとの三つはバルが持ち込んで来たわ」

「バルがっ?」

「バルは私に託して行った。これに関わりたくないからって。三体目を見つけた時に全部まとめてここに持ち込んで来たの。それまでは自分で持ってたのね。バルは三体とも全てが同じ人形で、同じ型番を持ってたのが気になったようよ」

 そう言ってラオジェは一度席を立って、奥の部屋から小さな箱を持って戻って来た。


 その中から同じチップ、同じメモリーが三つ、テーブルに並べられた。

 シドのとそれは全く同じだった。


 これまでにも同じような傷を負って運ばれて来た人形は幾つもあった。

 どれもチップを半分欠かしていたが、シリーズ番号はあったし、型番もバラバラだった。

 あの人形と同じ人形をシドも、恐らくあの反応ではジンも見たことがなかった。

 バルが当番の時にたまたま三体も同じものを見つけたのか。

 だが、それにしてはおかしかった。

 確率的にそんなことがありえるとは思えなかったのだ。


「バルはどこでそれを?」

「都市で見つけたらしいわ。こっそり出かけてるのよ、バルは。妹さんがいるんですって。彼女が病気だとたまたま知って、それで出かけてるの。自分から望んでここに来たみたいだけど、やっぱり家族が病気だと聞いては仕方ないわね」

「都市で何が起こってるんだ?」

「さあ? でも、人形狩りについては私も知りたいところね。だから、バルは私に内緒で情報をくれる。私はバルが抜け出してることを内緒にしてる」

「俺に話していいのか?」

「ええ。取引するんだもの。その為に良い関係を築いておきたいもの」

 にっこり笑むラオジェにシドは苦笑せざるをえなかった。

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