ジンとシド

第1話 孤塔の少年達

 どこまでも砂礫が広がる中、遥か彼方に蜃気楼のように浮かぶ都市を臨んでその塔はそびえ立っていた。

 そこへ真っ直ぐに伸びる一本のレール。

 その起点が都市のどこにあるのか、塔の住人は誰も知らない。

 ただ、小さな無数の窓から時折来る列車を見つめ、そして去って行く空の列車を見送るばかりだった。


 この塔は廃棄工場で、都市で不用となったガラクタの、いわゆる墓地だった。

 クラッシャーの無機質で単調な音が響く中、ジンは久々にやって来た列車の中を覗いて溜め息を吐いた。


「チッ、やりにくいのが来たぜ」

 配線の覗く壊れた機械に混じって、それはあった。

 薄汚れた布に包まれた姿を見、ジンは近くで作業をしていたシドを呼んだ。

「またか……」

 ジンと並んで列車を覗き込んだシドは、少し困った風に帽子を脱いで頭を掻いた。

 どこからどう見ても若い女にしか見えないが、それは確かに家電だった。


 ここ最近、こういうリアルな機械が列車に必ず一体は乗って来る。壊れないというのが売りの『彼ら』は、明らかに誰かに壊されてここにやって来る。

 同じ傷を負い、ある部品を半分欠かして。


「一体都市まちで何が起こってンだ?」

 シドはその女を抱きかかえて列車から降ろし、片隅に横たえると他のガラクタを降ろし始めた。

「さっさと降ろしちまおう。バルにまた文句言われるぜ」

 シドに言われ、ジンは女を一瞥して列車のガラクタを降ろしにかかった。


 ここで働いているのは数人の人間で、都市から遠く離れたこんな場所で生活しながら働いているのだから、皆それぞれがワケありだった。

 中には刑務所から脱走してここに逃げ込んだ者もいれば、身寄りがないからここにいるという者もいる。


 長い長い戦争があった。

 急激に人口が増加した時期もあったが、今はその戦争で人口は以前の五分の一にも満たないくらいに急激に減った。


 高層ビルのほとんどがカラになり、ゴーストタウンがあちこちにできた。

 ここもそんな戦争の遺跡のようなものだ。

 大規模なゴーストタウンがこの塔に食われたのだ。

 半径数百キロに渡って砂漠が広がり、ぽつんとこの塔とどこからか伸びるレールが一本あるだけで、周辺にあった建物等は全てこの塔がガラクタとして処理してきた。


 戦争の影響で磁場が歪み、ここには公衆電波メジャーウェーブが届かない。その為、ここにはテレビもラヂオもない、世界から切り離された孤塔と化している。


「昔の有機人形オーガニックドールを狩る有機人形がいるらしいな」

 ガラクタを全て降ろし終え、去って行く列車を見送ってシドが女を振り返った。

 都市では以前から囁かれていた噂らしいが、ここにその噂が届くには時間がかかる。

「人形が人形を狩るのか? なんで?」

「さあな。俺も詳しいことは知らねぇ。だが、ここに来るヤツを見てるとその噂は本当だと信じたくなる」

 確かに、とジンが頷きかけた時、軋んだ音が僅かにした。


「助ケテ……」


 ガラスの瞳を見開いて、錆びついた声を上げたのは、完全に停止ショートしたと思っていた女だった。

「まだ動くのか……」

 シドとジンは驚いて駆け寄る。


「チップ、届ケテ……メモリー、地図マップ、知ラセテ……」

 女は軋む手で胸を指差して、しばらく宙を見つめていたが、やがてこと切れた。

 アイスブルーの瞳に光が消え、それが人間の眼球ではないことが分かる。

 先程まで人間だった女は、その辺に転がるガラクタと同じになってしまった。


「温かい……」

 ジンは女を支えていた腕に、女の温もりを感じていた。

 機械なのに冷たくなく、硬くない。それは不思議な違和感だった。

「稼動してれば熱を帯びるからな」

 シドは淡々と女を見つめ、腰につけていたバックからドライバーを取り出した。


「何すんだ?」

「メモリーだのチップだの言ってただろ。そいつを取り出すんだよ」

「報せに行くのか?」

「いや。俺はここから出られないし、出るつもりもない。おまけにこういうことには関わりを持ちたくないって主義なんでね」

「ならなんで?」

「中を見りゃ何が起こってるか分かるかもしれねぇだろ? それにそういうのは高く売れるしな」

 でも、とジンはシドの手元を見つめる。

 すでに女の胸は開けられ、メモリーが取り出されるところだった。


「胸にチップがないな。腰にもないなら頭か? 旧式だな、こりゃ」

「シド……ヤバイ話だったらどうすんだよ?」

「ここに送られて来るんだ。そうヤバイ話じゃないだろ。だってここのゴミは政府の検閲を抜けて来るって話だぜ?」

「でも途中で乗せたかもしれないじゃないか」

「あの列車、あれでも暗号パス付きだぞ?」

「パスなんか誰だって開けられるよ。俺だってキー忘れた時、自分で開けてるしさぁ」

「まあ、無理な話じゃないが……」

 その手元が嬉しそうに何かを取り出し、あった、と取り出したものをジンの前にかざした。


 半分に欠けたチップ。

 それを見たジンは片手で頭を抱えた。

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