第508話 ちび太

「「ハヅキっ!?」」


 ビクゥ!?

 その声を聞いた瞬間、一瞬にして身体を離した俺とウヅキ。


「うにゅ? まなしー、いっしょ?」

 そう言いながらドアを開けて入ってきたのはもちろんハヅキだった。


「は、ハヅキ。こんな時間にどうしたの?」

 ウヅキが平然を装って言おうとして――声が完全に裏返っていた。

 どう贔屓目ひいきめに見ても、何か隠そうとしているのが丸出しだった。


 夜も遅くて眠そうなハヅキの瞳が、俺とウヅキの顔を2度行ったり来たりする。

 そしてぽんと可愛く手を打った。


「うにゅ、おとなのじかん?」

「どこでそういう言葉を覚えてくるの!?」

「うにゅ?」


 これは間違いない、さてはハヅキになにか吹き込んでいる奴がいるな?

 早急さっきゅうに突きとめてとっちめないと、純真無垢なハヅキがオマセな生意気ティーンに育ってしまうぞ。


 それはさておき。

 

「どうしたんだこんな時間に? すごく眠そうだぞ?」

 俺は改めてハヅキに問いかけた。


「うにゅ、あの、おねぇ。ねようと、したら、ぬいぐるみ、て、とれた……」

 悲しそうに言ってハヅキが差し出したのは、片腕がもげて中綿が顔を出した愛用のぬいぐるみだった。


 初めて俺が来た時にも持っていた、年季が入ってボロボロになった猫のぬいぐるみだ(第17話「俺の求める理想のハーレム」、第175話「お絵かき」)。

 当時からなんども修繕した跡があったけど、ついに壊れちゃったんだな……。


「かなりボロボロだし、いっそ新しいの買おうか?」

「ううん、かわない」


「おっと遠慮ならいらないぞ? なにせ今の俺にはちゃんとお金があるんだ」


 そう!

 今の俺は街に行くお小遣いとしてウヅキに200円を貰っていたころの、甲斐性なしで無職のヒモではないのだ……!


 ひよこ鑑定で稼いだ500万に加え、俺は大公になったんだから色々お金も入ってくるはず……えっと、年貢とか税金とか?


 でもあれって国を発展させるために集めて使うお金だよな?

 大公の給料もそこから出るのかな?

 そもそも給料制なのか?


 ……ごめん、正直よくわかってないです。


 ああそうだ、まんじゅうのロイヤリティが入って来るって話もあったと思うんだけど、あれどうなったのかな?

 商品はそろそろ完成しているのかな?

 全サラリーマン憧れの、夢の不労所得だからな。

 今度サーシャに進捗しんちょく具合でも聞いてみよう。


 でも。

 お人形の問題はお金ではないようだった。


「ううん、ちびた、おかあさんの、かたみ、だから」

 そう少し目を伏せながら言ったハヅキ。


「そっか……お母さんの形見なら、その子じゃないといけないよな」

「うにゅ……」


 あとちび太って言うんだなそのぬいぐるみ。

 小さいからちび太、可愛い名前じゃないか。


「とりあえずは応急処置でい付けておきますね。ハヅキちょっと借りるね」

「うにゅ、おねがい、します」


 ウヅキは裁縫さいほうセットを取り出すと、とれてしまった肩から先を縫い付け始めた。

 何度も直した経験があるのだろう、手慣れた様子で縫い付けていくんだけれど。

 ぬいぐるみは生地が透けるくらいに薄くなってる箇所があったり、当て布をしてあったり、中綿もぺたんこだったりと、ここまでボロボロだともう長くはもたなそうだな。


 買いなおすのがだめなら、古いぬいぐるみを修繕か手直ししてくれるリペア専門の職人でもいないか、これも今度サーシャかココにでも聞いてみるか。

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