第432話 一人の男としての決意

「でもまさかずっと一緒にいて、ずっと一緒にモニタリング調査してきたケンセーが犯人だったなんてな。灯台下とうだいもと暗しとはよく言ったもんだ。犯人はヤス、ってか?」


「なはは、そのネタはちょっと古すぎだよ。私たちはセーヤくんの知識がベースだからすぐに分かるけど、外ではもうちょっと控えたほうがいいよ? 特にここはセーヤくんが元いた世界とは文化的に違う異世界なんだし、同時通訳している基礎系S級チート『サイマルティニアスインタープリター』ちゃんだって現地語に訳すの大変なんだからね?」


「む、そ、そうなのか?」

 当たり前に訳してくれてたから、まったく考えたことなかったけど――。


「うーんと、そうだね。例えばだけど、異世界転生して最初のころ『タイタニック』って言って『炊いた肉』って伝わったことがあったでしょ?」


「あー確か初日だな。初めてウヅキと出会って『月華草』を取りに行くときにそんな会話をしたような覚えがある。うわっ、なんだかすごく懐かしいぞ」


 もちろん現実世界ではまだ半月ちょいだし、その後も意識世界で数か月しか経ってはいない。

 その意識世界での日々は――現実世界の時間の流れに沿っているからだろうか――数日ほどに圧縮されたような不思議な感覚があった。


 だけど異世界転生してからこっち次から次へとSS級と連戦しただろ?


 さらにはディリンデンに行って、帝都に行って、エルフ村に行って、アストラル界にまで行って。

 あっちこっち行ったり来たりして。


 なんかもう人生の密度が濃すぎて濃すぎて、体感で1年くらい経ってる気がするんだよな。

 ふぅ、俺の異世界転生が濃密すぎる件に関して……。


 まぁそれはそれで置いておいてだ。

 ケンセーが言葉を続ける。


「これはほんと苦心の翻訳だよね。まったくもう、好き放題しゃべるセーヤくんの言葉を、一瞬でうまいこと同時通訳する『サイマルティニアスインタープリター』の苦労がしのばれるよ……」


「あ、はい。今後はもう少し気を付けることにするよ……」


 おかしいな。

 今はクールに容疑者を追い詰める探偵の場面だっていうのに、当の容疑チートのケンセーから気を使われたりダメだしされる俺ってなんなの?

 チートのみんな、しまらないマスターでごめんね……。


「まぁそれは別にいいんだけど。それで、やる時はやる、やらない時はびみょーなセーヤくんは、いつ私が怪しいって気付いたのかな?」


 ケンセーが一瞬、浮かべたはかなげな表情。

 それを見た俺は一瞬で気持ちをまじめモードに切り替えると同時に、ここは絶対に誠実に答えないといけない場面だとなんとなく直感したのだった。


 もちろんケンセーのもつ認識に干渉するチートの効果ってわけじゃない。

 ケンセーという一人の少女に向き合う、それは麻奈志漏まなしろ誠也という一人の男としての決意だった。


「気付いたのは2週目のモニタリングが終わった時だ。2年S組の全チートっ子をモニタリングしたはずが、実はケンセーだけは調査してないってことに気がついたんだ」


「……そういえば急に私を見つめてきたと思ったら、ちょっと不自然な感じで可愛いって褒めてくれたよね。そっかぁ、あの時に気づいてたのかぁ。セーヤくんに褒められて嬉しくて舞い上がっちゃってたよ。あーあ、失敗しっぱい」


 苦笑いするケンセー。


「そのことに気づいたらすぐだったよ。だって偽ケンセーには怪しいところがいっぱいあったから。運動は何をやらせてもダメダメへっぽこなところとか、『剣聖』のイメージとはかけ離れているところとか」


 それこそ疑わしいところを上げればきりがない。


「たはは……もうちょっと動けるかなと思ったんだけど、思った以上にダメダメでした。あの運動音痴だけは、ちょっと想定外だったんだよね」


 可愛らしくテヘペロをするケンセー。


 今まではこういう所作の一つ一つで俺の心がからめとられ、コントロールされていたのだろう。

 今もそんな意図はケンセーにはないだろうに、しかし自然とケンセーの魅力に引きずり込まれるような感覚があった。

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