第208話 勝者の義務

 ――と、そこへ、

「トワ!」

 壁際で戦いを見守っていたハヅキがタッタと走り寄ってきた。


「ハヅキ……あの、私は……」

 ハヅキの顔を見て何ごとか言いかけて言いよどんだトワに、


「トワ! ぶじ、よかった!」

 走ってきた勢いそのままに、がばっと抱き着くハヅキ。


「よかった! トワ! ぶじ! ぶじ!」


 そして抱き着いたまま、無事でよかったと繰り返す。


「……残念ながら完膚なきまでにやられてしまいまして、まったくもって無事ではないのですが――」

 口ではそう言いながらも、トワは優しくハヅキを抱き返していた。


 ……まったく、身体は正直だな。


「はぁ……半身たる《スサノオ》はスクラップにされてしまい、つまり私は使命を果たすことなく負けてしまったわけですが。でも今は肩の荷がおりて、こうしてハヅキもいてくれて。……ええ、今の私は、最後にとてもいい気分になることができました――」


「うにゅ、トワ……」

「ハヅキ……」


 互いに名前を呼んでぎゅっと抱きしめあう2人の幼女。


「うんうん、実にいいシーンじゃないか……!」

 気が付くと家族系A級チート『娘とその友だちを見守るお父さん』が発動していた。

 だから俺はお父さんじゃない――なんてツッコミは今はなしだ。


 2人の幼女が紡ぐ尊いひと時を、俺は目を細めながらほっこり優しく見守っていたのだった――。


 幼女たちのハグが解け、ハヅキも少し落ち着きを取り戻したところで、


「ところでトワ、さっき『最後』って言ったよな? あれってどういう意味なんだ?」

 俺はちょっと気になったことを切り出した。


「深い意味はありません、そのままの意味ですよ。《スサノオ》が破壊された今、生体コアとしての私の役目も終わりましたから」


「ならさ、これからは普通の幼女として俺たちと一緒に――」

 そんな当たり障りのない俺の提案は、しかし――、


「いいえ、理不尽をこれでもかと押し付ける誰かさんのせいで、なんかもう色々と疲れちゃいました。私もいい加減お休みしたいんです。ですから、この身体は仮人格に――トワに譲るといたしましょう」


 言って、トワはその真紅に染まった――しかし今はもう攻撃的な雰囲気を全く感じさせないその両の目を、スッと閉じようとする――。


「ちょ、待ってくれ!」

 それを俺は慌てて呼び止めた。


「……なんでしょう?」

「なぁ――お前とはもう会えないのか?」


「さっきも言いましたが、私は《スサノオ》の半身――《スサノオ》を起動するための生体コアです。《スサノオ》が破壊された今、私の役目も終わりなのですよ」


「そう、か――」


「納得いただけたようでなによりです。さて、と。《神滅覇王しんめつはおう》がこれから何を為すのか。どんな未来を紡ぐのか。トワと一緒に、トワの心の片隅で見守らせてもらうといたしましょう――」


「あ、トワ……」

「心配しないでハヅキ。あなたがトワと名付けたもう一人の私は、主人格わたしの眠りとともに再び目を覚まします。主人格わたしではなく、その子こそがあなたのお友達のトワなのですよ――」


「うにゅ、むずかしい……トワは、トワ……」

「ふふっ、そんなにも私たちのことを思ってくれて、ありがとう、ハヅキ」


 ……多分だけどあの目が完全に閉じられた瞬間、この子は居なくなってしまうのだろう。


 だから俺には、トワ=《スサノオ》を破壊した俺には、


「……最後にさ、一つだけ質問をいいかな?」


 勝ち残った者として、どうしても聞いておかなければならないことがあった――。

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