第181話 や、やりやがった……!こいつ本当にやりやがった……!

「や、やりやがった……!」


 こいつ本当にやりやがった……!

 《神焉竜しんえんりゅう》のやつ、幼い女の子を拉致ってきやがった……!


 真っ白なワンピースが目に鮮やかな幼気いたいけな女の子を、かどわかしてきやがった……!!


「お、おおおおオチケツ、いやオチツケ俺!」


 すーー、はーー。

 まずは深呼吸をして、よし、冷静になるんだ。


「……まだ焦る時間帯じゃないはずだ。前提として過去ってのは変えられない、大切なのは未来志向じゃあないか。そうだよ、起こってしまったもんは仕方ない、大切なのはその後どうするかだろう……!?」


 女の子を拉致った後に最初にすべきこと、と言えば……、


「どないせぇっちゅうねん!?」

 自分で自分にツッコんだわ!


「そうだ警察――はこの世界にあるのかな? あ、駐留騎士団! いや《聖処女騎士団ジャンヌ・ダルク》のナイアにまずは連絡をして、どうにかうまいこと取り計らってもらって……、ってダメだ、ナイアは今帝都だった。サーシャ……に迷惑かけるのは気が引けるし……。えっと、他になにかないかなないかな……」


 なにより一番の問題は《神焉竜しんえんりゅう》が素直に出頭してくれるかどうかだけど、それはこの際仕方がない。

 まずは被害者である幼女の解放、それができれば御の字とするべきだろう。


「だって《神焉竜しんえんりゅう》が人間の法なんかに従うわけがないもん!」


 その気になれば、城塞都市ディリンデンを鼻歌交じりに消し炭にしかねないやつだ。

 そうするとやはり、《神焉竜こいつ》の保護責任者である俺に最後は全責任が降りかかってくるってこと……?

 おう、なんてこった……。


「さようなら、俺の明るく楽しいモテモテハーレム異世界生活……」

 そしてこんにちは、暗くて辛いムサクル監獄生活……。


 ガックシ……。

 俺はがっくりとうなだれた……。


 そんな暗い未来を志向する傷心の俺に声をかけたのは、


主様ぬしさまは勘違いしておるのじゃ」

 当の《神焉竜しんえんりゅう》だった。


「なにをどうも勘違いしようがないだろ……? おまえ、よりにもよってこんな小さい子を拉致ってくるなんて……。子供への犯罪は一番ダメなんだぞ……」


「うにゅ、ちがう、ひろった」

 またもやハヅキが訂正をしてくるけれど、


「拾ったって言われてもなぁ……」

 盗ったんじゃない拾ったんだってのは、典型的な犯罪者の言い訳というか。


 そもそも女の子ってその辺に普通に落ちてるものなの?

 俺が童貞だから機会がなかっただけで、もしかして世間様では女の子は拾うものなの?


「なわけがないよね、うん。現実逃避はやめよう……」


主様ぬしさま、この子は文字通り拾ったのじゃよ。森に落ちておったから、持って帰ってきたのじゃ。つまり行き倒れなのじゃ」

「ひとだすけ」


「行き倒れを人助け……?  それならうん、ひとまずは安心……なのかな? どうなんだろう……? 占有離脱女の子収得経験のない童貞の俺には、よくわかんないや……。っていうか、ハヅキ――」


 俺は「森は危ないから入っちゃダメだって言っただろう?」と言いかけて、しかし言わずに踏みとどまった。


 なぜならここは大事な教育の場面だと直感したからだ。

 ハヅキの将来の為にもここは甘さを捨てて心を鬼にし、厳しく言って聞かせなければならない。

 甘やかすだけが教育ではないのだ……!


 よし、俺はやるぞ!

 俺は屈んで自分の目線をハヅキの目線に合わせると、


「ハヅキ、森は怖い妖魔もいるし迷子になったりしても危ないからなー。ハヅキのこと心配すぎて俺も気が気じゃなくなるから、あんまり入っちゃダメだからなー」


 うん、厳しく言った、これ以上なく厳しく言ったぞ!


 いやー教育というのはほんと心苦しいもんだね。

 こうやって厳しく教育することを通じて、俺もまた一歩、人間として男として成長できた気がするよ。


 しかし俺が教育者としての満足感に浸っていられたのはわずかな間だった。

 というのも――、


「そのことなら大丈夫なのじゃ」

 《神焉竜しんえんりゅう》が、


「なにせ南方大森林の東側1/3は、既に主様ぬしさまの領地となったからの」

 超自慢げに言ったからだ――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る