第140話 《天狼咆哮》―ライラプス・オーバーロード―

「言葉は分かるはずだぜ? 低級の妖魔ですら使えるんだ、SS級の『幻想種ファンタズマゴリア』が分からないはずないもんな?」


 言って、カウンターをもろに喰らって崩れ落ち、地面に這いつくばったまま怒りの形相で睨み上げる《シュプリームウルフ》の鼻っ面へと、俺は日本刀クサナギを突きつける。


「グルぅッっっ、ガグぅゥッ……!」


 怒りのまま飛びかかろうとしたのだろう。

 しかしその身体はというと意志に反してわずかにピクリとしただけだった。


「おっと、もうしばらくは無理はしない方がいいと思うぞ。なんせ脳がガッツリ揺れてんだ。しばらくは満足に手足を動かすことすらできないはずだ」


「ぐぅ……っ、愚かな人ぞく……め、が……」

「やっぱ喋れるんだな」


「ガルルルルルッッッ!」

「だからそう睨むなって。でも、ふむ……どうしたもんかな……」


 俺は少し思案する。

 というのも、今回のは言ってみれば対処療法にすぎないからだ。

 根本原因を取り除かなければ、結局また荷馬車が襲われる繰り返しになるだけだ。


 なんとなくなんだけどさ、こいつは多分悪いやつじゃないんじゃないか? って気がするんだよな。

 《シュプリームウルフ》は昔から人間と共存してきたみたいだし、壊滅させられた輸送部隊に死者がでていなかったことが、俺はずっと気になっていた。


 そして実際に戦ってみてよく分かった。


 こいつは掛け値なしに強い、SS級ってのは伊達じゃない。

 これだけの戦闘力をもってすれば、護衛部隊の一人や二人その気になればいつでも殺せたはずなのだ。


 なのにこいつは積み荷を破壊しただけで終わりで、敗走する部隊を追うことすらしなかったのだ。

 つまり最初から殺す気なんてさらさら無かったってことだ。


 何らかの襲ってきた理由があるはずで、そいつを解決してやれば安全になるはず、ってのが俺の考えなのだった。


 《シュプリームウルフ》さえ襲ってこなければ、野盗程度ならばトラヴィスの護衛団なら十分に対処できるだろう。

 そうなれば安全安心で万々歳だ。


 もうここまで乗りかかった船だし、なんだったら俺が困りごとの手助けしてもいい。


 ってなわけで。

 どうにかして《シュプリームウルフ》とコミュニケーションを取れないかと俺は考えていたわけだった。


「そう言う意味ではサーシャが落っこちてくれたのは、結果的にはラッキーだったな」

「やりましたの! セーヤ様に褒められましたわ! ふふっ、あれは言うなれば転進! 戦略的転落なのですわ!」

「ごめん、ちょっとなに言ってるか分からないかな……」


 なぜかドヤ顔ってるサーシャはさておいてだ。


「なぁ、仲良くしようぜ? 俺は別にお前とケンカしたいわけじゃないんだよ。せっかく言葉が通じるんだ。まずは平和裏へいわりに話し合おう」

 これは俺の本心からの言葉だったんだけど、


「こうやって目の前にやいばを突きつけておいて、平和だの話し合いだなどと、どの口が言うか……!」

「……まぁ、確かに」

 言われてみればその通りである。


 ぼこってうずくまっている相手に、刀を突きつけて見下ろしておいて、交渉も話し合いもあったもんじゃない。

 これじゃただの脅迫だ。


「なら、これでいいかな――」

 言いながら、俺が突きつけていた日本刀クサナギを引こうとした時だった。


 突如、《シュプリームウルフ》が日本刀クサナギを掴んだかと思うと、自らの喉もとにザクッと引き刺したのは――!


「お前、何を――っ」

 そも、もうこんな元気に動けるようになってたのかよ……!

 なんつー驚異的な回復力だ……!


 あとこれは完全な言い訳なんだけど、サーシャにくっつかれて反応が遅れてしまった。

 いやほら、なんだかんだでね?

 平らな板の中にも、かすかな女の子の柔らかみを感じてしまったというか?


 存在しないからこそ、探し当てた砂漠の小さなオアシスに得も言われぬ感動を覚えてしまったというか……はい、ごめんなさい、ちょっと油断してました。


「くっ、くく……愚かな人族よ、見るがいい。我らの『固有神聖』を――」

「なっ、『固有神聖』……だと……!」


 ちょっと待て、《シュプリームウルフ》の『固有神聖』は《群体分身ミラージュファング》じゃなかったのか!?


「とくと味わうがいい――月の満ちた夜、生死にかかわる大けがを負うことで発動する《シュプリームウルフ》の神なる力を――!」

「く……っ!」


てんしたる神なる祖よ――」

 それは太古の神狼しんろうこいねがう、夜天に舞う星のうた――!


はるかき子たる我に、その御力みちから一握ひとにぎりを授けたまえ――! 《天狼咆哮ライラプス・オーバーロード》――!!」


 祝詞いのりが終わった瞬間だった。

「な――っ!」


 《シュプリームウルフ》の姿が一瞬ボヤけたかと思うと、


「グォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンン!!」


 地の底から響くような大咆哮とともに、その身体がみるみる巨大に膨れ上がりはじめたのだ――!


 慌てて日本刀クサナギを引っこ抜くと、俺はサーシャを抱えて飛びすさった!


「でかいな、おい……」

 全長は約15メートル、二階建て一軒家の屋根の上まであるようなそのサイズは、《神焉竜しんえんりゅう》ともタメを張るビッグサイズで。


「負けそうになったら巨大化とか、戦隊モノじゃねぇんだからよ……」

 そんな、思わずこぼれてしまった俺の愚痴を拾ったのはサーシャだった。


「せんたい……センタイ……はっ、洗体! うわさに聞く女性の身体で自らの身体を洗ってもらうという殿方のイケナイ性癖のことですわね!」

 ……もの凄い斜め上方向に。


「ちげーよ! こんな大変な時にいきなり何言ってんの!? そもそもよくそんなアレな言葉を知ってるな? おまえ、一応お嬢様だろ!?」

「ふふっ、これも上に立つものに求められるたしなみというものですわ」


「堂々と胸張って支離滅裂しりめつれつなこと言ってんじゃねぇ……俺の故郷のテレビ……はわかんないか、演劇でのお約束のことだよ」


「セーヤ様の故郷では洗体がお約束、と……これはとても大事なことですので、心のメモ帳に花丸チェックですわね」

 サーシャがふむふむと頷いた。


「……サーシャはさ、すごく素敵な女の子なんだけど、時々人の話を聞かない所が玉に瑕かな!」

「すごく素敵だなんて……もうセーヤ様ったら、こんな時におだてて……いやんいやんですわ!」


「頼むから、頼むから少しでいいんで俺の話を聞いてくれ……!」


「そんなことよりセーヤ様、来ますわよ!」

「ええっ!? なんでさも俺に問題があるかのような流れに!?」


 しかしながら、今はふざけている場合ではない。

 ツッコミたい気持ちをグッと胸にしまう。


 眼前には、さっきまでとは逆に俺たちをのことを見下ろす《シュプリームウルフ》がいて。

 既に知覚系S級チート『龍眼』は、その力が完全に測定不能であることを告げていた。


「つまりこれがSS級『幻想種』《シュプリームウルフ》の本領発揮ってことか……!」


 見上げた先には、巨大にすぎる白銀の狼。

 思い起こされるのは、殺されるという恐怖を味わわされた先日の《神焉竜》との戦いだ。


「俺、また恐竜みたいなのと戦わないといけないの……? それマジで言ってんの?」


「ワオーーーーーーーーーーーーンンンン!!!」

 月明かりだけが頼りの夜の平原に、天狼ライラプスの咆哮が響き渡った――。

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