第141話 わ、わたくしのファーストキス、なのですわ……
「やるしかねぇか……!」
決意の言葉は、自分自身を奮い立たせるためのものだった。
再び恐竜サイズの敵を前にして、俺の中に恐怖心が芽生え始めていたからだ。
《
それがチラチラと顏を見せ始めたのだ。
《神焉竜》を想起させる巨大な敵に対するそんな怯のような恐怖心はしかし、小さな火種のままでそれ以上は大きくなりはしなかった。
「きっとさっきのサーシャのコントで、肩の力が抜けたおかげだな……」
あのおかげで、なんかもうスッと気が楽になったのは間違いない。
「こんな状況でいつも通りに振る舞えるってのが、上に立つ者に必要な資質なんだろうな……」
内容はあまりにアレでナニな、ぶっちゃけただの下ネタだったけれど、うん、本当に頼りになる凄い女の子だよ、サーシャは……!
「よし、ここは俺に任せてサーシャは離れていてくれ――って言っても無理か!」
「はい、これだけ広範囲に派手に暴れまわられては、安全な場所と言われても――」
「ほんとにやりたい放題、暴れたい放題しやがって!」
《
低木は手当たり次第に引き倒され、岩は投げ飛ばされるものもあれば、粉々に砕かれたものもあって。
大地はいたるところがえぐれて地肌がむき出しになっているしで、街道の周りは本当に酷いありさまだった。
「この子、もしかして我を失って――」
「みたいだな、くう――ッッ!」
刹那、サーシャを守るように前に出た俺は、襲いくる強烈な突進からの爪撃を、
「おおおおおおおぉぉぉぉぉらぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!」
ギャギャギーーーーンンッッ!!
渾身の力でもって
「いっ、てぇ……!」
なんせ圧倒的巨体を使っての猛突進からの攻撃だ。
その質量兵器まがいの攻撃を無理やりに弾き返したことで、俺の両の手はジンジンと痺れてしまって、半ば感覚がなくなってしまっている。
「さすがにこれを直で受け止めるのはきっついな……!」
「セーヤ様!」
「俺は大丈夫だ! それよりサーシャは自分の身を最優先に守ってくれ! 正直、全力集中しないと抑えきれる自信がないんだ! 周りを気遣っている余力はないから!」
言って、特に痺れの大きかった左手をパタパタと振って、痺れを逃がす。
まだ完全には戻ってないが、戦闘に支障はない。
これくらいなら戦っているうちにすぐに元に戻るだろう。
そんな俺の姿を見たサーシャが呟いた。
「やはりセーヤ様、使えませんのね、あの黄金の力は……」
「やはりって……、もしかして気付いてたのか」
「だってここにたどり着くまでもピンチの連続でしたのに、事ここに至っても、たったの一度もあの黄金の力を使う素振りすらお見せにならないのですもの。そんなの、何か使えない理由があると思うのは当然ですわ」
「……よく見てるんだな」
俺としては普通の感想というか、そこまで変な意味を込めたつもりはなかったんだけど、
「それはもう、み、未来の……つ、妻として
なぜか慌てた様子のサーシャが、早口&ところどころ小声でガーッとまくしたててくる。
「……? 途中ちょっと小声で聞きとれなかったんだけど、ごめん今なんて――おっと!」
会話を中断すると、俺は慌ててサーシャをお姫様抱っこして、大きく後ろに飛びのいた――!
遅れて巨大な爪の横薙ぎが、俺たちのいた場所を駆け抜ける。
さらに右に左に前へ後ろへと、俺はステップを切って追撃を回避していく。
ラブコメ系A級チート『お姫様だっこ』がまたもや発動して、抱かれたサーシャが俺の胸にキュッと頭をよせながら、ほわーって感じに惚けているんだけど、今の俺にそれを気にしている余裕なんてありはしない。
サーシャを抱っこしたまま逃げ回りながら、
「さっきの話だけどさ……悪い、騙すつもりはなかったんだ。で、正直言うと《
俺は腕の中のサーシャに、素直に打ち明けた。
そう。
俺はあの時に感じた燃え盛る太陽のごとき灼熱の情動を、今は
SS級のような強大な敵と戦うことが《
「セーヤ様が謝る必要はありませんわ。《神焉竜》すら
「……そう言ってくれるとありがたい。よし、ここらで下ろすから、あとはうまいこと隠れながらやり過ごしてくれ。なに、たかが狼一匹だ。たとえ《
近くには村があるとクリスさんは言っていた。
暴走状態のこいつがその村を襲わない保証はない――。
「だからここで俺が、こいつを止めねぇとな……!」
「セーヤ様」
「ん?」
覚悟を新たにした俺が耳にしたのは、いつになく真剣なサーシャの声。
そしてサーシャの方を振り向いた瞬間、
「ちゅ――」
口もとに触れた温かい感触。
「今のって――」
一瞬で離れた――でも確かに触れたその温もりは――、
「わ、わたくしのファーストキス、なのですわ……セーヤ様のご武運をお祈りいたします。どうか御無事で――」
「おう……おうよ! 任せとけ!」
信頼のこもったサーシャの言葉が、想いが、温もりが――、俺の背中を強く、強く強く! 後押ししてくれる――!
既に俺の心の中に、恐怖心なんてものは微塵も残っていなかった。
「――さて行こうか『剣聖』。俺とお前が最強だってことをサーシャに、そしてこの世界にとくと見せつけてやろうぜ?」
不敵に言ってのけると、俺は巨大な白狼へと真っ直ぐに突っ込んでいった――!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます